礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

将軍たちはどちらをむいているのかわからない(湯浅倉平)

2020-01-29 02:46:59 | コラムと名言

◎将軍たちはどちらをむいているのかわからない(湯浅倉平)

 迫水久常の『機関銃下の首相官邸』(恒文社、一九六四)から、「一刻も早く安全地域へ」の章を紹介している。本日は、その二回目。

 内聞官房では、各大臣に対して至急参内するように要請していたので、私が宮内省にはいったときには、既に、数人の閣僚がきていた。軍のほうでも軍事参議官などの長老を召集したとみえて、真崎〔甚三郎〕大将、荒木〔貞夫〕大将などの顔も見えていた。東溜の間〈ヒガシタマリノマ〉などにそれぞれ参集していた、私はそのなかに、近衛師団長橋本〔虎之助〕中将の顔をみいだした。とたんに私は、中将が以前陸軍次官であってよく存じ上げているし、正義感の強い、誠実な人であることを知っていたので、この橋本中将に事実をうちあけて、総理の遺骸をひきとることについて、警衛するという名目で、官邸の日本間のほう、すなわち、総理のかくれているほうに近衛師団の兵力をいれてもらい、うまく総理を救いだす方法はないものかと考えたので、そのことを湯浅〔倉平〕宮相にお話してみた。しかし、宮相は沈痛な面もちで、「近衛師団長も独断では、措置がとれないでしょう。きっと上のほうに指揮を求めると思うが、あすこにいる将軍たち(と将軍たちの集っている部屋の方を指さして)はいったい、どちらをむいているのかわからないから非常に危険ではないだろうか」といわれた。そういわれてみれば、そのとおりで、私はいまさらのように、軍部内に蜂起部隊に対する同情的な考え方をするものが多いということについて認識をあらたにし、うかつなことはできないと戒心したのであった。
 私は、そこで、福田〔耕〕秘書官に電話して、しばらく宮中にとどまって様子をみることを告げた。閣僚もだんだんと集ってきたが、肝心の内務大臣後藤文夫氏の姿がみえない。内閣書記官長の白根竹介氏も、首相官邸の裏門前の官舎にいるはずであるが、事件発生後、まったく連絡がつかない。参集者殊に軍人の人数は、どんどんとふえる。なるほど、陸軍省も参謀本部も、部隊によって占領されているので、軍部の首脳部は、みなここに集ってきている。宮中の二、三の部隊は、まったく陸軍の本部となったようである。私はこの軍人のところに顔をだすと、多くの人は総理の悔みをいうが、なかには大きな声で、「岡田首相が軍のいうとおりにしないから、こういうことがおこるのだ、けしからんのは岡田首相だ」という者もある。杉山元〈ゲン〉大将が私に丁重にあいさつされた。【以下、次回】

*このブログの人気記事 2020・1・29(なぜか3位に穂積八束)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする