礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

連合国の要請は自ら進み勇んで之をなすべし(朝比奈宗源)

2020-01-03 03:33:20 | コラムと名言

◎連合国の要請は自ら進み勇んで之をなすべし(朝比奈宗源)

 雑誌『光』の第一巻第一号(一九四五年一〇月)から、朝比奈宗源(あさひな・そうげん)のエッセイ「立処みな真なり」を紹介している。本日は、その後半。
 昨日、紹介した部分のあと、次のように続く。

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 我国は無倏件降伏し、連合国の占領下にある。完全な主権もなければ自由も元よりない。国民すべてが囚人の如き立場にある。それを思ふとたまらぬ気持もするが、こゝが大切である。宗教的な見方からすれば人間そのものが元から有限な窮屈なものなのだ。いかなる権力者も富者も、或は死に或は病〈ヤマイ〉に其の他の自己の意志や希望に反する不可避な事象に束縛されてゐるのだ。その前には人間界に幅をきかす権力や財力など全く無力だ。人間が得意だ失意だと云つて騒ぐのも、その限られた世界でのことだ。一歩神や仏の世界、この束縛や運命を脱却した世界から見れば、皆夢の中の出来事である。この神仏の世界が分らぬ人程気の毒なものはない。古来我国民は仏教の信仰によつてこの人生観を深く懐き、戦ひながらも敵味方を越えた、優しい同情と理解とをもつてゐた。それが近来は薄くなつた。それだけ人生の見方が浅くなり、只現実への執着一点張りとなつて、高いものへの思慕もなく自己犠牲の精神も弱まり、今次の如き大破綻をした。今こそ宗教的生活を反省すべきではなからうか。そこには必然因縁の神秘さを感じ、あらゆるものへの感謝となり、一切があるべき因縁の必然性をもつて見られるから、敗けても自己の因縁の拙さを思つて他を恨まない。この諦観が大切である。それを敗戦の衝動をいつまでも忘れず、くよくよと思ひつゞづけ、敵の寝苜をかいても復讐すると云ふやうな浅い考へでは我国も救はれず国民も浮ばれない。連合国も将来の世界平和を念とし、我国への対策も再び戦ふべき要素の培はれないやうにと、あらゆる組織や機構の改廃を企画してゐるが、それは当然でもあり又我国として従来思つても自らの手で除去することの出来なかつた病弊を、連合国の力によつて除いてもらひ、我国運の前途に健全性を加へると思へるものも多々ある。聖上陛下は閑職の余儀なきを聞こし召されて、四方〈ヨモ〉の海みなはらからと思ふ世にの明治天皇御製を御朗詠になつて、御なげき遊ばされたと承るが、我国の伝統は決して好戦的ではない。平和であり大和である。一時病的現象として軍国主義が現はれたが、今次の終戦によつて本来の姿に復つた〈カエッタ〉のだ。我国民は連合国の指示を素直に受取つて、誠実に世界平和の建設に協力すべきである。それには軍備撤廃によつて丸裸になつたことを、逆縁とは云へ深い啓示を含むものと解して終戦の大詔を人類の戦争の終止符たらしめ、人類に真実の平和をもたらす使徒たるの意気で、平和な世界建設に挺身すべきである。宗教的信念に立脚する者の世界観が,自分より他人の幸福を、民族よりも全人類の幸福を重んずる慈悲博愛を理想とする以上、その政治も経済も感謝と奉仕があつて強制や搾取のないことを目標とすべきは勿論である。こゝは我国の再建も救済もこの自覚に立つて、連合国の要請も余儀なくなく之を受入れるでなく、自ら進み勇んでなすべきであると云ふに止める。古人云く、随処に主となれば、立処みな真なりと、この意味に外ならない。(九、二七)(鎌倉円覚寺住職)

 朝比奈宗源は、最後に、臨済宗の開祖・臨済義玄禅師の言葉「随処に主となれば、立処みな真なり」を引用している。この言葉は、「いつどこにあっても、主体性さえ持っていれば、正しく自在に行動できる」というほどの意味である。朝比奈は、この言葉を踏まえながら、「政治も経済も感謝と奉仕があつて強制や搾取のないことを目標とすべきは勿論である。こゝは我国の再建も救済もこの自覚に立つて、連合国の要請も余儀なくなく之を受入れるでなく、自ら進み勇んでなすべきである」と説いている。この宗教家が、どんな時局にも、やすやすと適応できる資質を備えていたことを示すものと言えよう。
 雑誌『光』の第一巻第一号の紹介は、このあとも続けるが、明日は、いったん話題を変える。

*このブログの人気記事 2020・1・3(なぜか10位に野村万蔵)

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