大阪市西成区の南海天下茶屋駅1階に天牛堺書店という本屋さんがありました。駅の真下にあり、本だけでなく文具も売っているので、私も仕事帰りに時々寄っては、本や文具を買っていました。いつも使う手帳も毎年ここで買っていました。この書店は、新刊書だけでなく中古本も扱っています。店の真ん中に新刊本、両端に中古本が並べられていました。中古本の値段は、単行本が200円、新書・文庫が100円均一だったと思います。新しい本が出た時は新刊書、お金がない時は中古本という様に、どちらも楽しめるので、いつも大勢のお客さんで賑わっていました。
ところが、1月28日に急に店じまいしてしまいました。店のシャッターはずっと下りたままです。駅の1階には書店の他にもテナントが数店舗入居していますが、書店が中央部にあるので、あたりは急に閑散としてしまいました。「改装工事で臨時休業するのかな?」と思っていましたが違いました。実はこの日に、天牛堺書店は大阪地裁堺支部に自己破産を申し立てたのです。堺市に本社を構え、大阪府下南部を中心に10数店舗を展開し、最盛期の1998年には年商28億円を叩き出していた同書店も、21世紀に入るとネット通販拡大の影響をもろに受け、2018年には年商18億円にまで減少していました。数年前からは金融機関も経営支援に乗り出していた様ですが、その甲斐もなく、16億円余の負債を抱え、今回の自己破産申立てに至りました。
しかし、事態はそれだけで終わりませんでした。シャッターに貼られた破産宣告の貼り紙の横に、誰かが付箋とペンをシャッターに張り付け、自由にメッセージを掲示できるようにしたのです。それ以降、シャッターには大小様々な惜別のメッセージカードが貼られるようになりました。その中から幾つか紹介します。
●本屋がなくなるって残念。本屋は「知識の泉」ですから。去年の暮、「3年日記」を買ったのが、最後の買物になってしまいました。毎日、日記を書くたびに「天牛・天下茶屋店」を思い出すことになりました。「京阪神・便利情報地図」など、この店で買い、今も役立っています。「天牛・天下茶屋店」ありがとう。店員の方、ご苦労さん お世話になりました。
●高校時代、いつも図書館でかりた本を手に持って帰る私に天牛堺書店の店長さんが「おかえり」「いつも遅いね」とあいさつしてくれました。当時はお金がなくて新刊はなかなか買えなかったけれど、古本コーナーで読みたい本をみつけたり、店長さんと「この本はおもしろかった」「この本は私も読んだ」と本について話しながら帰ることのできる毎日が楽しくて、よりいっそう本が大好きになりました。今では、私は東大阪市の中学校で教員をしながら図書室の担当をしています。天牛堺書店で新刊をチェックしたり、自分が学生時代に買った本を寄贈したりして、本を増やし、毎日たくさんの生徒が利用しに来ます。「どうやって、こんな読みたい本ばかり入るの?」と生徒が聞いてくれるとき、天牛堺書店さんのポップやレイアウトを参考にさせていただいたおかげだと思っています。とてもさみしいことですが、いままでお世話になりました。ありがとうございました。
●1月28日、いつものように前を通るとシャッターがおりている。珍しくお休み?と思い近づいてみると閉店を知らせる悲しい張り紙が・・・突然のことに呆然としてしまう。すぐに家族に知らせるとみんなショックを受ける。毎日朝夕前を通って、少し時間があれば古本コーナーから文具コーナーまでぐるっと見て回るのが好きだった。掘り出し物を100円で入手したり、便利な文具を発見したり、毎日発売日に雑誌を買って帰ったり・・・。天下茶屋での生活に彩りを添えてくれていた天牛堺書店。突然のお別れから数日経った今も、さみしく悲しい気持ちは消えません。繁華街のメガ書店やカフェ併設のおしゃれ書店よりも、天牛堺書店が大好きでした。感謝とさみしさでいっぱいです。再開の日が必ず、早く、来ますように(以上引用)
それに、通販業者にとっては、書籍も単なる金儲けの道具に過ぎません。いかに安いコストで、客に早く届けるか。それが至上命題であり、本の中身なんて二の次、三の次です。そのしわ寄せは必ず宅配業者に行きます。私も宅急便の物流センターで商品仕分けに携わった事がありますが、どんどん仕分けラインに本が流れてくる中で、本に愛着なんて一切持てませんでした。宅配業者も口では「丁寧な荷扱い」を強調しますが、実際に要求されるのは、あくまでも仕分けのスピードです。アマゾンの物流センターでは更に酷く、多くの労働者がバタバタと過労や熱中症で倒れています。
天牛堺書店が中古本を扱う事が出来たのも、「古書・専門書の目利き力には定評があり、国立大学の図書館や研究室などの取引実績も有し」ていたからこそです(参考記事)。そんな貴重な街の本屋さんが、今その歴史を閉じようとしています。
やがて店のシャッターからはメッセージカードも剥がされ、破産宣告の貼り紙だけが貼られた状態になりました。ところが、今度は誰かが、このメッセージカードの存在を報じた産経新聞の写真と記事本文を、シャッターに張り出しました。今もなお、それらの写真はシャッターに貼られたままになっており、通りすがりの人が次々と立ち止まり、目を通して行かれます。これだけ愛された書店なのですから、必ずや再建は可能だと信じています。