2/8 派遣法改正し”労働者保護法”に 志位委員長が質問/衆院予算委員会(全編)
・共産党:「蟹工船」ブームで1万人新規入党(毎日新聞)
http://mainichi.jp/photo/news/20080901k0000m010040000c.html
・共産党、新規党員増加 「蟹工船」「資本論」ブームで?(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080803/stt0808032127002-n1.htm
以前にこのブログでも取り上げた「蟹工船」ブームですが、その影響が徐々に現実政治の分野にも及んできたようです。昨年来、共産党の新入党者が毎月千人のペースで増え続け、20~30歳代の党員比率も上昇しているのだとか。
この共産党の人気回復については、私も勿論知っていました。前述のブームも然る事ながら、日払い派遣の実態を告発した今年2月の国会質問(上記動画)が反響を呼び、若者の間で、改めて共産党を見直す動きが広がっている事については。しかし、つい最近までは、それでもまだまだ一部の若者に限られた動きだと思っていました。
それが、最近は左派系メディアだけでなく、「諸君」「正論」などの右派系メディアや、「そこまで言って委員会」などのネットウヨクご用達TV番組までが、共産党の事を取り上げ始め、後者に至っては党本部の取材まで行ったとか。共産党ブームの話題を取り上げたブログも、こんなに多岐に渡るとは、正直言って、思ってもみませんでした(下記リンク参照)。
http://www.blog-headline.com/themes/0080/000608/
しかし、私はこのブームについては、「歴史の必然」だと思う反面、少し「上滑り」の感もあるように、思えてならないのです。
「歴史の必然」だと思う理由については、今更言うまでもないでしょう。「ベルリンの壁」崩壊からこの方ずっと言われ続けてきた「米国、保守、資本主義の勝利」が、いずれも嘘っぱちでしか無かった事が、今も日に日に明らかになりつつあるのですから。
イラク・アフガンでの「対テロ戦争」の惨めな失敗や、サブプライム・ローン問題に見られる資本主義の腐朽性、新自由主義の暴走による格差・貧困の拡大、地球温暖化問題でも露になった米国の国家エゴ、安倍・福田の遁走劇が指し示す保守政治の行き詰まりと改憲策動の一頓挫、反グローバリズム・反貧困運動の広がりや、南米・ドイツなどでの左翼勢力の拡大など、事例の枚挙には事欠きません。
つまり、かつての旧ソ連・東欧や今の中国・北朝鮮の様な「スターリン官僚独裁」の旧来「社会主義」も、「ブルジョア独裁」の今の資本主義も、どちらも機能しなくなっているのです。
そして、それを乗り越えるのは、やはり左翼を置いて他にはないでしょう。何故なら、旧来「社会主義」の悪弊を論うだけで、国家主義・資本主義・帝国主義への批判の目を一切持たない右翼では、先に挙げた資本主義の諸矛盾を解決する事は出来ないからです。勿論、彼の人たちも自民党政治を批判はしますが、その内容たるや、「今のやり方では生ぬるい」という反動的なものでしかありません。最近も、某極右泡沫政党が共産党ブームに対抗して、何やら反貧困運動の真似事をやり始めたそうですが、それも所詮は「生長の家」の二番煎じでしか無い。
寧ろ今後問題になって来るのは、この旧来「社会主義」の悪弊を克服した左翼の出現が待たれる時代に、今の日本共産党が、「果たして本当にその期待に応えられるレベルに達しているか」という事ではないでしょうか。
確かに、今の日本の国会に議席を持つ政党の中で、ワーキングプアや経済的・社会的弱者の問題について、最も正面切って取り上げているのは共産党なので、同党にそれらの人たちの支持が一定集まりだしているのは事実です。しかし、それが70年代の革新自治体の時代や90年代の「旧社会党の受け皿」として機能しかけた時期の様に、誰の目にも明らかな党勢・支持率拡大となって現れてこないのは、一体何故でしょうか。先に紹介した党員数の増加にしても、やっと昨年辺りからようやく、それまでの停滞を抜け出して増勢に転じつつあるというのでは、格差社会の弊害はもっと以前から露になっていたのですから、寧ろ「遅きに失した」と言うべきものではないでしょうか。
勿論、全てに渡って大政党に有利な現行選挙制度の下で、「自民か民主か」の保守二大政党制キャンペーンが長年に渡って張られてきたというハンディは在ります。それより遥か以前からの反共風土の影響も在るでしょう。しかし、それだけが「遅きに失した」理由ではないと、私は思います。
その理由の第1は、党の外交政策、なかんずく中国や北朝鮮の人権問題に対する党の煮え切らない態度にあると、私は考えています。有権者が共産党支持にまだまだ二の足を踏む最大の理由も、やはり此処にあるのではないでしょうか。
確かに、かつての中国・北朝鮮の党からの内政干渉とは、共産党は闘いました。しかし、それはあくまでも党に直接累が及ぶ問題に限っての事です。それとは直接関係の無い、例えば脱北者救援やチベット人権問題について、党が主体性を発揮して行動を起こす事は殆どありません。しかし、それでは有権者からすれば、「やはり同じ穴の狢だったのか」という事にしか成りません。
勿論、今のネオコン・ブッシュや政府・自民党・「救う会」の路線が、中国・北朝鮮を仮想敵に見立て、それとの対抗で改憲・右傾化・新自由主義を徒に煽るものでしかない事は、言うまでもありません。共産党がそんな路線とは相容れないのは当然です。しかし、それならそれで、「救う会」とは別に、「人権を守る」という左派としての立場からのアプローチが、当然在って然るべきではないでしょうか。
その理由の第2は、党の体質問題、取り分け民主集中制への過度の固執があると思います。
確かに、今の自民党や民主党の様に、党幹部の言っている事やっている事がてんでバラバラでは、有権者に対して政党として余りにも無責任であるとは言えます。また、党内議論の全てを何でもかんでも外部にオープンにする必要もありません。権力に対する防衛の観点も当然必要です。
しかし、それらを考慮に入れても、今の様なシャンシャン大会では、本当に党内民主主義が機能しているのか、疑問に思われても仕方が無いのではないでしょうか。第一、これだけインターネットで党員も意見を自由に発信出来る様に成ると、いくら幹部が民主集中制で縛りを掛けても、限界があると思われます。それなら一層の事、ある程度議論をオープンにして透明性を確保した方が、議論も闊達に行われ、尚且つ「雨降って地固まる」という風になるのではないでしょうか。
その理由の第3は、民主的代案のアプローチに関わる問題です。共産党が格差・貧困の問題に最も積極的に取り組んできた政党の一つである事は確かですが、今後は、その立場をもっと大衆に分かりやすくアプローチする能力が、求められているような気がして成りません。
試しに、今の有権者の中で、「格差・貧困が資本主義のグローバル競争によるもの」であり、「自分たちも財界から搾取されながら、同時により貧しい第三世界の民衆搾取に加担している」事や、「だからこそ、最終的には全世界の貧しき者の団結で、新自由主義を乗り越えるしか解放の道は無い」事を、どれだけの人が「自分の言葉で」理解しているでしょうか。多分、理解している人はまだまだ少ないのが実情でしょう。
勿論、感覚的には殆どの人が理解しているでしょう。今の生活や労働の在り方が、「およそ人間尊重とはかけ離れたもの」である事ぐらい、誰しも気付いてはいます。しかし、何故そうなるのかが分かっていないからこそ、石原・小泉・安倍・麻生・民主党みたいな紛い物に、みんな易々と騙されるのです。
以上、今後共産党が乗り越えなければならない課題について、取り上えず思いつくまま3つほど書きました。共産党を支持するが故に、今回は敢えて耳の痛い事も書かせてもらいました。これらの課題を克服できた時こそ、「蟹工船・共産党ブーム」が単なる一過性のブームに終わらず、「歴史の必然」に変わるでしょう。そうでなければ、かつての70年代や90年代と同様に、一過性のブームで終わってしまう事でしょう。
それが単に共産党一党の敗北に止まるなら、まだ良いのです。しかし、現実にはそれだけに止まらず、最悪の場合、麻生や、それよりもっと反動的なトンデモな政治家が、格差社会への不満を吸収して、台頭してくる可能性があります。その時こそが本当の「危険な兆候」(上記産経記事に登場の右翼言論人の言葉)なのです。
そういう意味では、今回のブームは、日本の政治・社会を革新的な方向で打開し、党も更に飛躍できる可能性をも秘めた絶好の機会であると共に、大衆の不満を左翼が昇華出来ずに、和製ナチスに掠め取られる危険性をも同時に秘めたものであるとも、言えるのではないでしょうか。
・共産党:「蟹工船」ブームで1万人新規入党(毎日新聞)
http://mainichi.jp/photo/news/20080901k0000m010040000c.html
・共産党、新規党員増加 「蟹工船」「資本論」ブームで?(産経新聞)
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080803/stt0808032127002-n1.htm
以前にこのブログでも取り上げた「蟹工船」ブームですが、その影響が徐々に現実政治の分野にも及んできたようです。昨年来、共産党の新入党者が毎月千人のペースで増え続け、20~30歳代の党員比率も上昇しているのだとか。
この共産党の人気回復については、私も勿論知っていました。前述のブームも然る事ながら、日払い派遣の実態を告発した今年2月の国会質問(上記動画)が反響を呼び、若者の間で、改めて共産党を見直す動きが広がっている事については。しかし、つい最近までは、それでもまだまだ一部の若者に限られた動きだと思っていました。
それが、最近は左派系メディアだけでなく、「諸君」「正論」などの右派系メディアや、「そこまで言って委員会」などのネットウヨクご用達TV番組までが、共産党の事を取り上げ始め、後者に至っては党本部の取材まで行ったとか。共産党ブームの話題を取り上げたブログも、こんなに多岐に渡るとは、正直言って、思ってもみませんでした(下記リンク参照)。
http://www.blog-headline.com/themes/0080/000608/
しかし、私はこのブームについては、「歴史の必然」だと思う反面、少し「上滑り」の感もあるように、思えてならないのです。
「歴史の必然」だと思う理由については、今更言うまでもないでしょう。「ベルリンの壁」崩壊からこの方ずっと言われ続けてきた「米国、保守、資本主義の勝利」が、いずれも嘘っぱちでしか無かった事が、今も日に日に明らかになりつつあるのですから。
イラク・アフガンでの「対テロ戦争」の惨めな失敗や、サブプライム・ローン問題に見られる資本主義の腐朽性、新自由主義の暴走による格差・貧困の拡大、地球温暖化問題でも露になった米国の国家エゴ、安倍・福田の遁走劇が指し示す保守政治の行き詰まりと改憲策動の一頓挫、反グローバリズム・反貧困運動の広がりや、南米・ドイツなどでの左翼勢力の拡大など、事例の枚挙には事欠きません。
つまり、かつての旧ソ連・東欧や今の中国・北朝鮮の様な「スターリン官僚独裁」の旧来「社会主義」も、「ブルジョア独裁」の今の資本主義も、どちらも機能しなくなっているのです。
そして、それを乗り越えるのは、やはり左翼を置いて他にはないでしょう。何故なら、旧来「社会主義」の悪弊を論うだけで、国家主義・資本主義・帝国主義への批判の目を一切持たない右翼では、先に挙げた資本主義の諸矛盾を解決する事は出来ないからです。勿論、彼の人たちも自民党政治を批判はしますが、その内容たるや、「今のやり方では生ぬるい」という反動的なものでしかありません。最近も、某極右泡沫政党が共産党ブームに対抗して、何やら反貧困運動の真似事をやり始めたそうですが、それも所詮は「生長の家」の二番煎じでしか無い。
寧ろ今後問題になって来るのは、この旧来「社会主義」の悪弊を克服した左翼の出現が待たれる時代に、今の日本共産党が、「果たして本当にその期待に応えられるレベルに達しているか」という事ではないでしょうか。
確かに、今の日本の国会に議席を持つ政党の中で、ワーキングプアや経済的・社会的弱者の問題について、最も正面切って取り上げているのは共産党なので、同党にそれらの人たちの支持が一定集まりだしているのは事実です。しかし、それが70年代の革新自治体の時代や90年代の「旧社会党の受け皿」として機能しかけた時期の様に、誰の目にも明らかな党勢・支持率拡大となって現れてこないのは、一体何故でしょうか。先に紹介した党員数の増加にしても、やっと昨年辺りからようやく、それまでの停滞を抜け出して増勢に転じつつあるというのでは、格差社会の弊害はもっと以前から露になっていたのですから、寧ろ「遅きに失した」と言うべきものではないでしょうか。
勿論、全てに渡って大政党に有利な現行選挙制度の下で、「自民か民主か」の保守二大政党制キャンペーンが長年に渡って張られてきたというハンディは在ります。それより遥か以前からの反共風土の影響も在るでしょう。しかし、それだけが「遅きに失した」理由ではないと、私は思います。
その理由の第1は、党の外交政策、なかんずく中国や北朝鮮の人権問題に対する党の煮え切らない態度にあると、私は考えています。有権者が共産党支持にまだまだ二の足を踏む最大の理由も、やはり此処にあるのではないでしょうか。
確かに、かつての中国・北朝鮮の党からの内政干渉とは、共産党は闘いました。しかし、それはあくまでも党に直接累が及ぶ問題に限っての事です。それとは直接関係の無い、例えば脱北者救援やチベット人権問題について、党が主体性を発揮して行動を起こす事は殆どありません。しかし、それでは有権者からすれば、「やはり同じ穴の狢だったのか」という事にしか成りません。
勿論、今のネオコン・ブッシュや政府・自民党・「救う会」の路線が、中国・北朝鮮を仮想敵に見立て、それとの対抗で改憲・右傾化・新自由主義を徒に煽るものでしかない事は、言うまでもありません。共産党がそんな路線とは相容れないのは当然です。しかし、それならそれで、「救う会」とは別に、「人権を守る」という左派としての立場からのアプローチが、当然在って然るべきではないでしょうか。
その理由の第2は、党の体質問題、取り分け民主集中制への過度の固執があると思います。
確かに、今の自民党や民主党の様に、党幹部の言っている事やっている事がてんでバラバラでは、有権者に対して政党として余りにも無責任であるとは言えます。また、党内議論の全てを何でもかんでも外部にオープンにする必要もありません。権力に対する防衛の観点も当然必要です。
しかし、それらを考慮に入れても、今の様なシャンシャン大会では、本当に党内民主主義が機能しているのか、疑問に思われても仕方が無いのではないでしょうか。第一、これだけインターネットで党員も意見を自由に発信出来る様に成ると、いくら幹部が民主集中制で縛りを掛けても、限界があると思われます。それなら一層の事、ある程度議論をオープンにして透明性を確保した方が、議論も闊達に行われ、尚且つ「雨降って地固まる」という風になるのではないでしょうか。
その理由の第3は、民主的代案のアプローチに関わる問題です。共産党が格差・貧困の問題に最も積極的に取り組んできた政党の一つである事は確かですが、今後は、その立場をもっと大衆に分かりやすくアプローチする能力が、求められているような気がして成りません。
試しに、今の有権者の中で、「格差・貧困が資本主義のグローバル競争によるもの」であり、「自分たちも財界から搾取されながら、同時により貧しい第三世界の民衆搾取に加担している」事や、「だからこそ、最終的には全世界の貧しき者の団結で、新自由主義を乗り越えるしか解放の道は無い」事を、どれだけの人が「自分の言葉で」理解しているでしょうか。多分、理解している人はまだまだ少ないのが実情でしょう。
勿論、感覚的には殆どの人が理解しているでしょう。今の生活や労働の在り方が、「およそ人間尊重とはかけ離れたもの」である事ぐらい、誰しも気付いてはいます。しかし、何故そうなるのかが分かっていないからこそ、石原・小泉・安倍・麻生・民主党みたいな紛い物に、みんな易々と騙されるのです。
以上、今後共産党が乗り越えなければならない課題について、取り上えず思いつくまま3つほど書きました。共産党を支持するが故に、今回は敢えて耳の痛い事も書かせてもらいました。これらの課題を克服できた時こそ、「蟹工船・共産党ブーム」が単なる一過性のブームに終わらず、「歴史の必然」に変わるでしょう。そうでなければ、かつての70年代や90年代と同様に、一過性のブームで終わってしまう事でしょう。
それが単に共産党一党の敗北に止まるなら、まだ良いのです。しかし、現実にはそれだけに止まらず、最悪の場合、麻生や、それよりもっと反動的なトンデモな政治家が、格差社会への不満を吸収して、台頭してくる可能性があります。その時こそが本当の「危険な兆候」(上記産経記事に登場の右翼言論人の言葉)なのです。
そういう意味では、今回のブームは、日本の政治・社会を革新的な方向で打開し、党も更に飛躍できる可能性をも秘めた絶好の機会であると共に、大衆の不満を左翼が昇華出来ずに、和製ナチスに掠め取られる危険性をも同時に秘めたものであるとも、言えるのではないでしょうか。
「理由の第1」とも関連しますが、20世紀的・スターリン的な一国変革論を清算・超克し、マルクスの原点に立ち返った世界革命論(=世界規模の変革論)で理論や実践を再構築することがどうしても求められていると思います。
資本のグローバル化が強制している脱一国主義を、社会変革の戦略としてしっかりと自覚・具体化することです。
この点を欠落させたままに民族自決主義や一国変革論の古い歌を繰り返し続けているだけでは、左翼は人類に希望も展望を指し示せないでしょう。
ただ、北朝鮮問題については、あえて大枠では正しい方向を示していると思います。
拉致問題、核問題でも、二国間協議、そして6っカ国協議を通じて平和的。外交的な解決を歓迎していることは評価してもよろしいのではないですか?
>拉致問題、核問題でも、二国間協議、そして6っカ国協議を通じて平和的。外交的な解決を歓迎していることは評価してもよろしいのではないですか?(南雲和夫さん)
でも、脱北者救援にも、拉致被害者支援にも、党として組織的には一切取り組んでいません。個人の党員レベルでは、現にそういう活動にも取り組まれている人は、少なからず居られますが。
「二国間協議・六カ国協議を通して日朝間の懸案を平和的解決」も結構ですが、それと併せて、北朝鮮問題に関わる問題で、実際に被害に遭われた方に、まずは救援の手を差し伸べるのが、革新政党・左翼政党としての当然の責務ではないでしょうか。
これは、何も「今の救う会の路線への賛同」を意味するのではありません。北朝鮮経済制裁や日米安保・歴史問題への評価については、別に棚上げで結構。それどころか、私は別に「反・救う会」でも構わないと思います。
でも、我々はあくまでも左翼としての立場から、脱北者・拉致被害者の人権救済に取り組む。それが結果的に「別個に進んで共に撃つ」という形になっても、それはそれで構わない。その事で被害者の方たちの人権救済に結びつくのであれば―そういう考え方は出来ないのでしょうか?
二国間協議にしろ六カ国協議にしろ、いずれも国家レベルの話でしょう。それとは別に、人権を侵害されている民衆が今も現に存在しています。その民衆を置き去りにしたままで良いのですか?―という事です。
これを反グローバル運動の例に置き換えて見ると、二国間協議や六カ国協議に相当するのが、先の洞爺湖サミットです。そこでも地球温暖化問題が話し合われました。しかし、それとは別に、燃料高騰や食糧難に苦しむ民衆は現に存在するのですから、地球温暖化防止策や反グローバル運動の進め方については一致しなくても、まずは困っている民衆の救援に取り組むべきではないか、という事です。
勿論、「救う会」が隠し持っている靖国史観だとかネオコン礼賛とかに、同調しなければならない謂れなぞ、毫も在りません。そこは堂々と一線を引けば良い。
でも、現に北朝鮮民衆や拉致被害者の人権が侵害されているのですから、その問題に対して、「弱者救済・人権擁護・人民解放」という左翼本来の立場から、我々にも出来る事がもっとあるのではないでしょうか。
例えば、高政美(千葉優美子)さんの裁判支援や、山本美保さん失踪事件の真相究明に取り組むのは、たとえ反ネオコン・反ネオリベ・アンチ靖国史観・日朝国交正常化支持の立場からでも、人権救済の一点で取り組める訳でしょう。
それを、共産党サイドは、北朝鮮問題となると直ぐに、二言目には「日朝協議」とか「平和的解決」の美名を持ち出してきて、「国家の論理」に逃げ込んでしまう。それでは、幾らワーキングプア問題で、政府・財界による「国家の論理」「資本の論理」に対して、「社会的弱者の生存権要求」という「民衆の論理」を突きつけていても、民衆から見れば所詮は「ダブル・スタンダード」でしかない。
そこをクリアしない限り、共産党の真の党勢飛躍は無いのでは。今の国民の中にある「共産党アレルギー」は、単に戦前からの反共意識や、旧ソ連・中国・北朝鮮へのマイナス・イメージだけに起因するのではないと思います。
そして、これは逆に言えば、そこさえクリア出来れば、つまり帝国主義・資本主義・右翼反動勢力の犯罪行為に対してと同等に、「左翼・社会主義」によって引き起こされた犯罪行為に対しても真摯に向かい合う事が出来れば、本来「弱者救済・人権擁護・人民解放」が左翼の真骨頂なのですから、左翼や共産党が今までにない飛躍を勝ち取る事も、充分可能だと思うのですが。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-09-09/2008090903_01_0.html
・新人の上間明氏が初当選 西原町長選(琉球新報)
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-136032-storytopic-3.html
定数1の京都市議補選で共産党が自民党に大差で勝利、沖縄県西原町長選でも新人の野党統一候補が保守系現職に競り勝つ。先の衆院山口2区補選・参院選・沖縄県議選に続く勝利です。
「蟹工船」や「共産党」がブームになり、あの「2ちゃんねる」でも格差社会批判の投稿が徐々に増え、往時のネットウヨク一色の状況から次第に変わりつつあります。
その一方で、岩国市長選敗北や大阪府知事選での「小泉チルドレン」当選といった番狂わせもありましたが、それも私は一時の事だと思っています。一時期の小泉・安倍人気の様な。
過去、実際に橋下支持の人間と少し議論した事もありましたが、橋下支持の最大の理由というのが、精々が「でも彼なら何かやってくれるだろう」というものでしかない。その「何か」の具体的な中身や、「やってくれるだろう」の具体的根拠は何も無く。
中には「改革派だから」という者もいましたが、「ではどんな改革を、どういう風にしてするの?」と聞いていくと、具体的な事は何も答えられなくなる。所詮は風任せ。
ただ、そうは言ってもバックには権力・財界・マスコミがついているので、決して侮れない相手ではありますが。
今ですらこうなのだから、更に共産党が、「救う会」との違いを鮮明にした上で、党独自の立場からチベット人権問題や脱北者救援活動にも取り組むようになり、裏表無しの、真に弱者の味方になる事が出来れば、ワーキングプア問題では右翼や保守の出る幕なんて事実上無いのだから、飛躍的に支持が拡大するのに。
それは、核兵器廃絶や地球環境、人権抑圧などの今日的課題さえ「外交問題」の美名でブルジョア国家権力間の交渉に解決を委任してしまう自らの役割放棄への開き直りでしかない!
だから、諸問題解決に向けた自らの「実践」どころか、それらに対するまともな見解表明さえしようとしない無責任で逃避的な態度が常態化する。
例えば、同サイト「理論・政策・歴史」欄の「共産党指導部のサークル化・化石化・・不破・志位指導部の小ブルジョア政治の限界」(1)~(9)とか。
私は知識も浅く、調べてからコメントするほどの時間的猶予もないので、観点だけ少し提起してみたいのですが。
「共産党」は政党です。「政党として」やるべき仕事と、そうでないけれども党員がすすんでとりくむべき運動は区別されるのではないかという点です。
人権救済施策を要求し実現するのは党の仕事ですが、人権救済の運動は政党自体の仕事ではないのではないか。実際、「救う会」は政党ではありません。
チベットについても、他国の内政上の問題であるという一面をどうするかです。それが「政党として」は「憂慮する」といった声明にとどまる理由ではないかと思っています。日本の他の政党も、実際何かできているかというと、何もできていないのは、同様の理由ではないかと思います。
政党レベルではなく、市民運動としてチベットの人権を守る運動は大いにあっていいと思います。
ついでに民主集中制についての現場の実感としては、制度に問題があるというよりそれに浸かっている意識にこそ問題があると思います。「縛りをかけてるけどネットによりそれにも限界がくる」という見方は当たらないと思います。