わたしは今回の東日本大震災の被害をこうむった多くの市町村に伺ったことがあります(岩手県と宮城県)。
震災の直後は、ご連絡するのもはばかられると思っていましたが、そのうちに「怖くて様子が聞けない・・・」という気持ちになっていきました。
朝の散歩の途中で
でも、もう5カ月。お盆も来るし。
そして何よりそれまでの生活が一変してナイナイ尽くしの生活に陥り、半年経つと、前頭葉機能の低下がはっきりと検査でもキャッチできるタイミングになるのです。
ナイナイ尽くしの生活は、生きがいもなく、趣味を楽しむこともなく、交友もなければ運動もしない何もやらない生活です。よく世間では「硬くて、まじめな仕事一筋の人が退職して3年たつとボケる」というでしょう。あの立派な方が、退職後家から出ずにどこへも顔を見せない、家では新聞読みながら居眠りしている、そのような生活ぶりを想像してくださればいいと思います。
今回は、「やらない」というよりは「やれない」状況が起きてしまったのですが。
そこはよくよくわかります。
家や仕事や家族を失った高齢者の方々の心中を思うとその過酷さは想像を絶するものがあると思います。「何も考えられない。何もできない」これであたりまえでしょう。
避難所、そして仮設住宅と環境が整うとかえって直後にもまして日ごとに暗澹たる思いが迫ってきたかもわかりません。
私は「でも・・・」というしかありません。この上にさらに「ボケてしまう」ということはさせたくありませんから。もう保健師さんたちの出番だと思って、重い腰を上げました。
一番最初に電話をかけたのが、岩手県田野畑村。K保保健師さんにつながるまでドキドキ。
耳に飛び込んできたのは、明るく元気な笑顔までが想像できるような声でした。そこから続いたうれしい話を報告します。
「実は教室がもう動いているんです!
介護予防教室の『はつらつ教室』があったんです。田野畑では介護予防は二本柱。寝たきり予防と認知症予防。寝たきり予防には体操で、認知症予防にはみんなで集まって、ゲームや歌や右脳を使ってということが皆さんに浸透していたみたいです」
「あの後しばらくしたら、浜(当然大きな被害が出たところです)の皆さんの方から『やりたい。やらねば』という声が出てきたんですよ。びっくりもしましたがうれしかったです。」
「さっそく再開のめどをつけて、皆さん楽しまれています。『話して笑うことが大切だねえ』とこちらの言いたいことを言ってくれます。
先日は、『そろそろみんなで手仕事をしたいね。でもみんな流されて、針一本ないんだもんね』と話されていましたが、みんながいるせいでしょうか、暗くないんです。(私送りますから待っていてください!)
続けて被災地でないところも教室が再開されました」 「その他にも、仮設住宅の中の集会所を使って、遊ばせ上手な幼稚園の先生をやった方が、ゲームやレクや体操もやってくれています。
二週間に一回ですが、皆さんが楽しみにしてくださってるのと、やはり生活に変化が出てくるので、脳にはとてもいいと思います」
どうしてこんなにうまくいってるのかという質問に対するK保さんの答えです。
「エイジングライフ研究所の言うとおりにしたんですよね。
小さい村なので、教室はまとめてやりたかったのですが
①地区ごとに。隣近所で顔がわかるほうがいい。できれば歩ける範囲で。
②かくしゃく高齢者のいるところで、その方によく理解してもらって。
③ボランティアさんを意図的に引き込む。
④子ども会との交流も図る。
そのようにしました」ちょっと笑っているみたいでしたね。
「5回は保健センターがかかわって、パワーポイントや小冊子を使って、認知症予防の理解を深め、右脳を使う体験をしてもらい、その後自主活動、というパタンだったのですが、続いていたのです。
①②③④ともに必須条件だったことがよ~くわかりました。認知症予防って地域活動なんですね!」
身体を大事にがんばってくださいね。一番最初の電話がこんない素晴らしい電話で本当にうれしかったです。