「成人の日」です。
2022年4月から成人年齢は20歳から18歳に引き下げられましたが、「成人の日」に自治体によって行われる式典の対象の多くは20歳のまま、式典名も「成人式」ではなく「20日の集い」としているところが多いそうです。
(産経新聞配信2025年1月13日付「成人年齢18歳から3度目『成人の日』 18歳対象式は定着せず、専門家『意義考えて』」)
現状18歳で成人しても20歳まではできないことがあります。
できない理由はそれぞれもっともらしい理由が付けられています。
それを一概に否定しようとは思いませんが、結果的に全てを一人前扱いしないのは成人の先輩である大人の事情です。
大人の都合によって新成人を大人扱いしたりしなかったりで果たして祝日法に定める成人の日の主旨である「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝いはげます」ことになるのでしょうか。
セレモニーの意義についての議論は些末なこと、「成人とは」の本質を真剣に考えなければなりません。
大人の事情で中途半端なことを続けると「大人になり切れない中途半端な成人」が増えてしまうとオヤジは懸念しています。
中途半端な成人はその責を他責とし大人たちに求めます。
お互いが他責主義の中で責任を転嫁し合う世の中になったらと思うとゾッとします。

現在の世界情勢もまた他責主義で自らの正当性を主張し責任を相手に求めて転嫁し合っています。
その行く末を思うとゾッとするどころではありません。
2022年4月から成人年齢は20歳から18歳に引き下げられましたが、「成人の日」に自治体によって行われる式典の対象の多くは20歳のまま、式典名も「成人式」ではなく「20日の集い」としているところが多いそうです。
(産経新聞配信2025年1月13日付「成人年齢18歳から3度目『成人の日』 18歳対象式は定着せず、専門家『意義考えて』」)
現状18歳で成人しても20歳まではできないことがあります。
できない理由はそれぞれもっともらしい理由が付けられています。
それを一概に否定しようとは思いませんが、結果的に全てを一人前扱いしないのは成人の先輩である大人の事情です。
大人の都合によって新成人を大人扱いしたりしなかったりで果たして祝日法に定める成人の日の主旨である「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝いはげます」ことになるのでしょうか。
セレモニーの意義についての議論は些末なこと、「成人とは」の本質を真剣に考えなければなりません。
大人の事情で中途半端なことを続けると「大人になり切れない中途半端な成人」が増えてしまうとオヤジは懸念しています。
中途半端な成人はその責を他責とし大人たちに求めます。
お互いが他責主義の中で責任を転嫁し合う世の中になったらと思うとゾッとします。

現在の世界情勢もまた他責主義で自らの正当性を主張し責任を相手に求めて転嫁し合っています。
その行く末を思うとゾッとするどころではありません。
