小さな旅、大きな旅の写真物語(Virtual trips/travels)

京都や東京を本拠地として、自然の中や町を歩きながら、撮った写真をどんどん掲載します。いっしょに歩いているように。

東海道途中下車の旅-2 多治見 その6 (最終回)

2012-03-18 19:46:16 | 旅行
東海道途中下車の旅-2 多治見 その6(最終回)



民宝窯に入ります。
中に入ると、やっと人に会うことができました。




とんでもなく雑然と焼物がおいてあります。よくみれば面白いのですが、なんともメチャクチャです。おばさんが、窯を案内してくれるといいます。穴窯(土でまるく部屋を作る窯を穴窯というようです)ですが、ピンボケですみません。一年に一回も焚かないそうです。ほとんど趣味だと言っていました。


穴窯



となりの陶器の仕事場も動いているのか止まっているのか。 陶器は穴窯でないと焼けないとここでおそわりました。以前はマキ、重油になってガスになって、いまは電気炉。電気炉では本当の陶器は焼けないので、電気窯で使える陶器用土という昔とは違った土で焼くのだそうです。このおばさんとはとても突っ込んだ話をしました。当方も多治見の窯に弟子入りする可能性もあるから、特にこのような、いまにも廃業しそうな窯に御やっかいになるかもしれないので、真剣です。年収どれくらいあるのですかとか。ほとんど、入りと出がカスカスで、いつ廃業してもおかしくない状況のように見受けました。実際にこの地区で廃業する窯も少なくないのだそうです。昔は、ガンガン窯がたかれていたのでしょう。ここではトックリとオチョコの磁器を御店にどかっとおろしてもうけていたのでしょうが、お酒は飲まなくなるは、なかなか磁器がわれなくて、回転がわるくなるは、中国が安いものをどんどんつくるは、100円ショップのせとものがでまわるはで、注文が激減しているのだそうです。もともと多治見は実用品を多量につくる場所でしたから、そういうご時世にシフトして、その時代に適応できない窯がいっぱいあるのです。返品になった小さな焼き物のスプーンをいっぱいもらいました。これももってゆけ、あれももってゆけと親切なおばさんです。これは先代が手で書いた湯飲みです。といって、ごちゃごちゃの売り場から湯飲みを一つとりだして磨いています。そういわれると、とっても魅力的に見えて、1200円のところを1000円にまけろといって、買いました。もっとまけろといったら、奥に行ってお姉さんでしょうか、年上の方にきいたら、これは骨董的価値があるのだから、1000円以下では売れないといわれて、1000円ということになりました。



ここのワンちゃんは電気窯にしばられて、ワンワンほえますが、シッポが喜んでいます。久しぶりのお客さんがうれしいのでしょう。



なんとも雑然とした仕事場です。このおばさんのおかげで、とっても多治見の一面を知ることが出来ました。この状況ではここに弟子入りしても、とても当方の面倒を見る余裕はなさそうです。
とうとうオリベストリートを最後まで歩いてしまいました。最後のあたりに、このストリートではたった一軒のしゃれた外見のお店があります。前回来た時にこの店の前を通ったことを思い出しました。仙太郎窯というらしい。



中もきれいになっています。






この織部のお皿が2000円というのでびっくり。普段に使うお皿が2000円とは高いと思いますが、手書きの織部で2000円といえば安いですよ。5月に陶芸教室の生徒さん(当方も含めて)で、原宿で展覧会と即売会を開くことになっていますが、自分の作品に3000円の値段をつけようと思っていましたが、これを見て、とってもだめだ、500円にしようと大幅ダウンを考えてしまいました。今、500円のお皿を大量生産しています。期日が近くなったら、ブログに案内を載せましょう。500円でもダメだと思って300円になっているかもしれませんし、1000円になっているかもしれませんが、3000円はとうてい無理だ。



仙太郎窯は商売が上手なようです。大きくなる窯と衰退してゆく窯のどこにその分かれ道があるのでしょうか。





東海陶苑のウインドーです。ちゃんと飾れば、十分魅力的になるのに、まあ漫然と出来上がったディスプレイのような気がします。





オリベストリートの中ほどにある、公共のディスプレイです。ここも漫然と飾られています。平日だからでしょうか、オリベストリートを歩く観光客は当方しかいません。昼飯を食べるところも見当たりません。仕方なく、多治見駅に戻ります。ここからまたバスでセラミックパークへ、10分くらいかな。平日は入口までいってくれるバスがなくて、バス停から坂道をテクテク歩くはめになってしまいました。



セラミックパークは立派な建物です。



レストランクレイというフレンチレストランしかありません。一人でフレンチコースを食べることになってしまいました。



確かに出てくる食器は綺麗です。食事も美味しかった。こんな贅沢なランチを一人で食べるのは初めてです。



セラミックパークはこれでおしまいです。焼物は全て撮影禁止なので、どうしようもありません。
岐阜県陶磁器試験場の100年展というのをやっていました。人間国宝、加藤土師萌(ハジメ)、加藤孝造を輩出したとあります。岐阜にはこんなに沢山の加藤という人間国宝がいらっしゃったのかとびっくり。今は岐阜県セラミック研究所と名前を変えているそうです。とても魅力的焼物があり、とっても、とっても参考になりました。見終わって、この展覧会のカタログはありますかときいたら、一般の方には販売していませんと言われました。撮影禁止、カタログなし、本屋には焼物の本なし(日本一の陶磁器の生産量をほこる地域の駅前の本屋さんで、多治見の焼物をみるための案内書みたいのがありますかときいたら、ありません)。ホテルには焼物観光のパンフレットなし、いったいどうしろというのですか。東京から勉強に来ているのですよ。展覧会を見るのは、生のインプレッションを得るためにとても重要なのです。見たものの写真と記述がなければ、印象は消えてしまうのです。全く手がかりなし。多治見は情けない。バブルチックなセラミックパークを作っても、まったく焼物を愛する心が伝わってきません。岐阜県陶磁器試験場の展示も昔の作品と現代の作品では大違い。名前がセラミック研究所となって、内容もファーストフッドみたいになってしまった。インクジェットで焼物の印刷をする試み、そんなことはやって当然でしょ。問題は何を描くかでしょう。かっこばっかりだ。完全に頭にきて、日も高いうちに東京に帰ることにしました。
  本当は多治見のタイルを見に来たのですが、どこへいったらよいか手がかりがなく、陶磁器をみることになったのです。タイルと陶磁器とは作っているところが全く違うのです。幸兵衛窯の方にタイルはどこを見たらいいでしょうといったら、タイル展示館があるけど、どんな内容かは知りません。タイルは需要が減って大変でしょうといったら、そんなことないですよ、作るところが淘汰されて、残ったところはとても忙しいようですよと言っていました。なるほど、そうすると多治見の陶磁器も現在淘汰中なのでしょうか。窯が淘汰された暁に、多治見の次の世代が始まるのでしょうか。セラミック研究所から生まれたインクジェットの陶磁器が世の中を席巻するのでしょうか? 多治見さんしっかりやってくださいよ、大津の人が大津絵を知らず、多治見の人が焼物に愛情が無くて、いったいどうするのですか?



今回の戦利品。民宝窯さんで1000円でかった、手書きの茶碗といただいたウサギさんのスプーンと箸おき(いっぱいもらいました)。民宝窯さんありがとう、どれも愛用してますよ。

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