Newアート考察その3 立体による平面(ブリュック)と平面による立体(ザッキン)
ルート・ブリュック(スウェーデン生まれ、フィンランド国籍1916-1999)は陶板作家としてスタートし、晩年は細かい陶器のパーツ(タイル)を集合させた立体と平面のクロスオーバー作品を展開した。一般的には、彼女の蝶の陶板が人気です。
参考資料1 ルート・ブリュック
参考資料2 ルート・ブリュック 蝶
参考資料2 ルート・ブリュック 蝶たち
初期には絵画を陶板に描くことから始まり、次第に独自の陶板アートを作り上げてゆきました。蝶はお父さんが蝶の学者であったために、お父さんの残した蝶の資料を忠実に陶板に反映させていった結果です。よって、全て羽を広げた真上からの蝶の姿になっています。
当方の蝶の陶板は、架空の蝶ですが、飛び姿は高速連写の写真から起こしています。現代の写真技術で、過去の蝶の概念を覆そうとしているわけです。
筆者クロスオーバー展より
参考資料3 ルート・ブリュック 静物
参考資料3 ルート・ブリュック 魚の皿
参考資料3 ルート・ブリュック ノアの方舟
参考資料3 ルート・ブリュック ライオンに化けたロバ
参考資料3 ルート・ブリュック 鳥
さて、当方が今回話題にしようとしているのは、ブリュックの良く知られた陶板アートではなく、その後、晩年に向けて変化していった幾何学的陶板手法です。細かい陶器の立体パーツを集合させて、平面と立体の中間的造形を作っていったのです。このパーツはレゴ(LEGOプラスチック製の組み立てブロック玩具)の考え方に近い。ブリュックのパーツはLEGOのように単一ではなく、もっと種類も多く、色もさまざまである、しかし同じようなデザインを使い回している。当方の言っている、作家の晩年の理想である、原図形への集約に相当する。
ブリュックがこのようなパーツ作品に移行した理由の一つとして、セラミックの本質的問題がある。セラミックで大きな作品を作るのは困難が伴う。焼く前のセラミックの強度が自重に耐えられないからである。どうしてもパーツに分けて、組み立ててゆくことになる(ブロンズの原型も粘土であるが、芯棒をいれて補強して作る)。ブリュックの方法だと、自在に立体と平面をクロスオーバーでき、色も自在に付けられる。大きな作品も自由に作れる。 立体と平面、色を自由にクロスオーバーさせることが出来ると、作品は無限の可能性を持つ。 形ある物の存在感と、形ないものの表現を両立できる。
参考資料2 ルート・ブリュック 都市
参考資料2 ルート・ブリュック 黄金の深淵
参考資料2 ルート・ブリュック スイスタモ
参考資料2 ルート・ブリュック 流氷 フィンランド大統領私邸に飾られる最後の作品
参考資料3 ルート・ブリュック
参考資料3 ルート・ブリュック
参考資料4 ルート・ブリュック ジャイブル
参考資料4 ルート・ブリュック
参考資料1 ルート・ブリュック レリーフ
参考資料1 ルート・ブリュック ドバルダン
このパーツ化によるセラミック立体はブリュックに始まったわけではなく、フィンランドの先輩陶芸家であるビルゲル・カイピアイネン(フィンランド 1915ー 1988)は陶器のビーズを針金で連ねて立体を作るという手法で、平板から立体に飛び立っている。彼らはいずれもフィンランドの陶器所アラビア所属のアーティストでした。
参考資料5 ビルゲル・カイピアイネン
カイピアイネンは初期の作品にみられる、立体的平板からパーツ集合による完全な立体へ飛び出した。
参考資料5 ビルゲル・カイピアイネン
参考資料5 ビルゲル・カイピアイネン
平面、立体、色の自由な表現は人の頭脳の極限への挑戦であり、そう簡単に終点に到達できるはずはない。彼らがもっと長生きしたら、どのような展開が待っていたのだろうか。
こんな時に、ひょんなことで、彫刻家オシップ・ザッキン(ロシア、1890 - 1967)に出くわした。
参考資料6 オシップ・ザッキン
皆さんもご存じとおもいますが、なんでも鑑定団にこの2点のザッキンの絵が登場し、400万円の値が付けられました。フリーマーケットでおまけにただでもらった絵が400万円だったという話もショッキングですが、それ以上にザッキンの絵に仰天したのです。
いままで彼を知らなかったことは大きなショックでした。彼は2つの意味で当方に大きな衝撃を与えた。まず、かれが絵画のキュビズムの連中との交流から生まれた、キュビズムの匂いのある彫刻の強烈な印象である。キュビズムは立体を平面に分解して再構成することにより、二次元の絵画に3次元を取り込んだ。これは単に2次元の作家が3次元にあこがれてやったことではなく、実体から受ける印象をいくつのパーツにして、その再構成のなかで、印象を強く、あるいは多様性を与えることにより、全体を高次元に持ち込込むことが目的だった。ザッキンは彫刻において同じ目的で、3次元を2次元パーツに分解し、それを再構成することで、より高次元の空間を作り上げたと思うのだ。
2次元の絵画は3次元である立体の強さに引け目を感じるが、感情とか幻想とか目に見えないものを表すに彫刻より有利である。逆に彫刻は実体に近い立体を使う強みと共に、実体にないもの表現するに、かえって実体がブレーキをかけてしまう。それぞれに強みと弱みがある。ザッキン、ブリュック、カイピアイネンはそれぞれ違った方法で、絵画と彫刻の弱みを克服して、より高次なものを作ろうとしたと思われる。
参考資料7 オシップ・ザッキン 破壊された都市のマケット
参考資料7 オシップ・ザッキン 放蕩息子の帰還
参考資料7 オシップ・ザッキン 住処
参考資料7 オシップ・ザッキン 建築のために、あるいは柱廊
参考資料7 オシップ・ザッキン 母性
もう一つの衝撃は、彫刻家ザッキンの絵のうまさである。彼の絵はピカソと同様の衝撃を与える。さらにザッキンの絵をネットで探すうちに、彫刻家ヘンリー・ムーア(イギリス1898- 1986)の絵に出くわした。これまた魅力的である。彫刻家は実体の要素をすでに捉えていて容易に2次元に表すことが出来るに違いない。平面と立体を自由に行き来できるのだ。これはピカソでもできなかったことだ。ザッキンの絵の色使いも魅力的であり、彫刻家が決して色が使えないわけではないことを示している。しかし、ザッキンの彫刻に色は無い。
オシップ・ザッキン、ヘンリー・ムーア、ニキ・ド・サンファル、ルート・ブリュック、ビルゲル・カイピアイネンかれらがそれぞれ、立体と平面と色の狭間で何を考えていたのか? より高次な表現を探し求めていたことは間違いない。かれらが、2倍の寿命をあたえられたなら、どんな展開が待っていたのか?
参考資料7 オシップ・ザッキン 曲芸師
参考資料7 オシップ・ザッキン 眠れる美女
参考資料7 オシップ・ザッキン デモ
参考資料7 オシップ・ザッキン 線による顔
参考資料7 オシップ・ザッキン 演説家
参考資料8 ヘンリー・ムーア銅版画
参考資料8 ヘンリー・ムーア リトグラフ
参考資料8 ヘンリー・ムーア
参考資料8 ヘンリー・ムーア
ザッキンの彫刻と絵をみて、自分があまりにみすぼらしく力が抜けてしまう。今はただ<あきらめるな><あきらめるな>とつぶやきながら色立体を作り続けている。
しかし、気を取り直してみると、
当方のクロスオーバー展のあとに、何かをつかみかけたのに、なんだか先が見えないもやもやした霧の中の手探りであった。しかし、この考察が一条の光を与えたような気がする。セラミックとガラズのクロスオーバーは必然的に作品をパーツに分けてそれぞれの個性をぶつける方向を生み出した。この時にパーツに分けて、合体することは何か新しい表現を生む期待が生じた。
筆者クロスオーバー展より
ブリュックのパーツ手法は以前から知っており、今後の試みの中に入っていたが、ザッキンの登場で、明確に、平面、立体、色の三者のクロスオーバーの方向が見えてきた。<あきらめるな><あきらめるな>と前に進むのだ。さて、何が生まれるか?
参考資料1展覧会公式図録『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』東京ステーションギャラリー(2019年春)
参考資料2 ネット情報 ルート・ブリュック(Rut Bryk)の展覧会オフィシャルウェブサイト。東京ステーションギャラリー(2019年春)、
https://rutbryk.jp/
参考資料3 展覧会公式図録『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』で筆者撮影
参考資料4 ネット情報 展覧会公式図録『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000035843.html
参考資料5 魅惑のビルゲル・カイピアイネン(Birger Kaipiainen)展
https://www.fuku-ya.jp/blog/2013/10/23/1490/ 参考資料6 ネット情報 O・ザッキンの絵 2点|開運!なんでも鑑定団|テレビ東京
https://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/kaiun_db/otakara/20190813/03.html
参考資料7 パリ市立ザッキン美術館展 「ザッキン―彫刻と素描」展
参考資料8 ネット情報 絵画買取価格査定
https://kakakusatei.com/ossip-zadkine/guillaume.html
ルート・ブリュック(スウェーデン生まれ、フィンランド国籍1916-1999)は陶板作家としてスタートし、晩年は細かい陶器のパーツ(タイル)を集合させた立体と平面のクロスオーバー作品を展開した。一般的には、彼女の蝶の陶板が人気です。
参考資料1 ルート・ブリュック
参考資料2 ルート・ブリュック 蝶
参考資料2 ルート・ブリュック 蝶たち
初期には絵画を陶板に描くことから始まり、次第に独自の陶板アートを作り上げてゆきました。蝶はお父さんが蝶の学者であったために、お父さんの残した蝶の資料を忠実に陶板に反映させていった結果です。よって、全て羽を広げた真上からの蝶の姿になっています。
当方の蝶の陶板は、架空の蝶ですが、飛び姿は高速連写の写真から起こしています。現代の写真技術で、過去の蝶の概念を覆そうとしているわけです。
筆者クロスオーバー展より
参考資料3 ルート・ブリュック 静物
参考資料3 ルート・ブリュック 魚の皿
参考資料3 ルート・ブリュック ノアの方舟
参考資料3 ルート・ブリュック ライオンに化けたロバ
参考資料3 ルート・ブリュック 鳥
さて、当方が今回話題にしようとしているのは、ブリュックの良く知られた陶板アートではなく、その後、晩年に向けて変化していった幾何学的陶板手法です。細かい陶器の立体パーツを集合させて、平面と立体の中間的造形を作っていったのです。このパーツはレゴ(LEGOプラスチック製の組み立てブロック玩具)の考え方に近い。ブリュックのパーツはLEGOのように単一ではなく、もっと種類も多く、色もさまざまである、しかし同じようなデザインを使い回している。当方の言っている、作家の晩年の理想である、原図形への集約に相当する。
ブリュックがこのようなパーツ作品に移行した理由の一つとして、セラミックの本質的問題がある。セラミックで大きな作品を作るのは困難が伴う。焼く前のセラミックの強度が自重に耐えられないからである。どうしてもパーツに分けて、組み立ててゆくことになる(ブロンズの原型も粘土であるが、芯棒をいれて補強して作る)。ブリュックの方法だと、自在に立体と平面をクロスオーバーでき、色も自在に付けられる。大きな作品も自由に作れる。 立体と平面、色を自由にクロスオーバーさせることが出来ると、作品は無限の可能性を持つ。 形ある物の存在感と、形ないものの表現を両立できる。
参考資料2 ルート・ブリュック 都市
参考資料2 ルート・ブリュック 黄金の深淵
参考資料2 ルート・ブリュック スイスタモ
参考資料2 ルート・ブリュック 流氷 フィンランド大統領私邸に飾られる最後の作品
参考資料3 ルート・ブリュック
参考資料3 ルート・ブリュック
参考資料4 ルート・ブリュック ジャイブル
参考資料4 ルート・ブリュック
参考資料1 ルート・ブリュック レリーフ
参考資料1 ルート・ブリュック ドバルダン
このパーツ化によるセラミック立体はブリュックに始まったわけではなく、フィンランドの先輩陶芸家であるビルゲル・カイピアイネン(フィンランド 1915ー 1988)は陶器のビーズを針金で連ねて立体を作るという手法で、平板から立体に飛び立っている。彼らはいずれもフィンランドの陶器所アラビア所属のアーティストでした。
参考資料5 ビルゲル・カイピアイネン
カイピアイネンは初期の作品にみられる、立体的平板からパーツ集合による完全な立体へ飛び出した。
参考資料5 ビルゲル・カイピアイネン
参考資料5 ビルゲル・カイピアイネン
平面、立体、色の自由な表現は人の頭脳の極限への挑戦であり、そう簡単に終点に到達できるはずはない。彼らがもっと長生きしたら、どのような展開が待っていたのだろうか。
こんな時に、ひょんなことで、彫刻家オシップ・ザッキン(ロシア、1890 - 1967)に出くわした。
参考資料6 オシップ・ザッキン
皆さんもご存じとおもいますが、なんでも鑑定団にこの2点のザッキンの絵が登場し、400万円の値が付けられました。フリーマーケットでおまけにただでもらった絵が400万円だったという話もショッキングですが、それ以上にザッキンの絵に仰天したのです。
いままで彼を知らなかったことは大きなショックでした。彼は2つの意味で当方に大きな衝撃を与えた。まず、かれが絵画のキュビズムの連中との交流から生まれた、キュビズムの匂いのある彫刻の強烈な印象である。キュビズムは立体を平面に分解して再構成することにより、二次元の絵画に3次元を取り込んだ。これは単に2次元の作家が3次元にあこがれてやったことではなく、実体から受ける印象をいくつのパーツにして、その再構成のなかで、印象を強く、あるいは多様性を与えることにより、全体を高次元に持ち込込むことが目的だった。ザッキンは彫刻において同じ目的で、3次元を2次元パーツに分解し、それを再構成することで、より高次元の空間を作り上げたと思うのだ。
2次元の絵画は3次元である立体の強さに引け目を感じるが、感情とか幻想とか目に見えないものを表すに彫刻より有利である。逆に彫刻は実体に近い立体を使う強みと共に、実体にないもの表現するに、かえって実体がブレーキをかけてしまう。それぞれに強みと弱みがある。ザッキン、ブリュック、カイピアイネンはそれぞれ違った方法で、絵画と彫刻の弱みを克服して、より高次なものを作ろうとしたと思われる。
参考資料7 オシップ・ザッキン 破壊された都市のマケット
参考資料7 オシップ・ザッキン 放蕩息子の帰還
参考資料7 オシップ・ザッキン 住処
参考資料7 オシップ・ザッキン 建築のために、あるいは柱廊
参考資料7 オシップ・ザッキン 母性
もう一つの衝撃は、彫刻家ザッキンの絵のうまさである。彼の絵はピカソと同様の衝撃を与える。さらにザッキンの絵をネットで探すうちに、彫刻家ヘンリー・ムーア(イギリス1898- 1986)の絵に出くわした。これまた魅力的である。彫刻家は実体の要素をすでに捉えていて容易に2次元に表すことが出来るに違いない。平面と立体を自由に行き来できるのだ。これはピカソでもできなかったことだ。ザッキンの絵の色使いも魅力的であり、彫刻家が決して色が使えないわけではないことを示している。しかし、ザッキンの彫刻に色は無い。
オシップ・ザッキン、ヘンリー・ムーア、ニキ・ド・サンファル、ルート・ブリュック、ビルゲル・カイピアイネンかれらがそれぞれ、立体と平面と色の狭間で何を考えていたのか? より高次な表現を探し求めていたことは間違いない。かれらが、2倍の寿命をあたえられたなら、どんな展開が待っていたのか?
参考資料7 オシップ・ザッキン 曲芸師
参考資料7 オシップ・ザッキン 眠れる美女
参考資料7 オシップ・ザッキン デモ
参考資料7 オシップ・ザッキン 線による顔
参考資料7 オシップ・ザッキン 演説家
参考資料8 ヘンリー・ムーア銅版画
参考資料8 ヘンリー・ムーア リトグラフ
参考資料8 ヘンリー・ムーア
参考資料8 ヘンリー・ムーア
ザッキンの彫刻と絵をみて、自分があまりにみすぼらしく力が抜けてしまう。今はただ<あきらめるな><あきらめるな>とつぶやきながら色立体を作り続けている。
しかし、気を取り直してみると、
当方のクロスオーバー展のあとに、何かをつかみかけたのに、なんだか先が見えないもやもやした霧の中の手探りであった。しかし、この考察が一条の光を与えたような気がする。セラミックとガラズのクロスオーバーは必然的に作品をパーツに分けてそれぞれの個性をぶつける方向を生み出した。この時にパーツに分けて、合体することは何か新しい表現を生む期待が生じた。
筆者クロスオーバー展より
ブリュックのパーツ手法は以前から知っており、今後の試みの中に入っていたが、ザッキンの登場で、明確に、平面、立体、色の三者のクロスオーバーの方向が見えてきた。<あきらめるな><あきらめるな>と前に進むのだ。さて、何が生まれるか?
参考資料1展覧会公式図録『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』東京ステーションギャラリー(2019年春)
参考資料2 ネット情報 ルート・ブリュック(Rut Bryk)の展覧会オフィシャルウェブサイト。東京ステーションギャラリー(2019年春)、
https://rutbryk.jp/
参考資料3 展覧会公式図録『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』で筆者撮影
参考資料4 ネット情報 展覧会公式図録『ルート・ブリュック 蝶の軌跡』
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000008.000035843.html
参考資料5 魅惑のビルゲル・カイピアイネン(Birger Kaipiainen)展
https://www.fuku-ya.jp/blog/2013/10/23/1490/ 参考資料6 ネット情報 O・ザッキンの絵 2点|開運!なんでも鑑定団|テレビ東京
https://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/kaiun_db/otakara/20190813/03.html
参考資料7 パリ市立ザッキン美術館展 「ザッキン―彫刻と素描」展
参考資料8 ネット情報 絵画買取価格査定
https://kakakusatei.com/ossip-zadkine/guillaume.html
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