俳句の風景

写真と自作の俳句を掲載しています。

冬近し

2024-11-06 | 俳句・秋・時候

 

 

冬近し菜園に誰(た)もをらずして

 

 

 

 

 

 

立冬を目前にした頃をいう。

 

 

 

 

 

 

秋も終わりに近づくと、日差しも弱くなり、冬の到来が間近であることが実感させられる。

 

 

 

 

 

 

冬隣には、寒く厳しい冬に対して身構える緊張感が伴う。

 

 

 

 

 

 

いつも誰かいる菜園には人影がなかった。

冬が近いことが実感させられた。

 

 

 

 

 

球場の早点りけり冬隣

 

 

 

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秋の暮

2024-11-05 | 俳句・秋・時候

 

 

次々と家灯りけり秋の暮

 

 

 

 

 

 

秋の夕べ、夕暮れ時のことをいう。

 

 

 

 

 

 

清少納言の『枕草子』には、「秋は夕暮」とある。

秋で最も風情があるのは夕暮れであるという。

 

 

 

 

 

 

『新古今和歌集』の三夕の歌はことに有名で、寂しげにして「もののあはれ」の極みといわれている。

「暮の秋」は秋季の終わりを意味する。

 

 

 

 

 

 

「秋の日は釣瓶落し」といわれるように、あっという間に暮れていく。

そのため、家々は次々と灯されていった。

 

 

 

 

 

道歩く人もをらずや秋の暮

 

 

 

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秋深し・新蕎麦

2024-10-28 | 俳句・秋・時候

深大寺山門

 

 

秋深し門前に水流れゐて

 

 

 

 

 

 

晩秋の十月、秋もいよいよ深まった感じをいう。

 

 

 

無患子の実

 

 

 

大気は冷ややかに澄み、草木は紅葉を始め、寂寥の心持が深い。

 

 

 

 

 

 

「秋深む」は慣用的に用いられている。

 

 

 

 

 

 

東京都調布市の深大寺を訪れた。

門前には澄んだ湧水が流れ、秋の深まりを感じた。

 

 

 

とろろ蕎麦

 

 

美濃よりの人も交へて走り蕎麦

 

 

 

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二百二十日

2024-09-10 | 俳句・秋・時候

 

 

雲湧きて二百二十日の夕べかな

 

 

 

 

 

 

雑節の一つ。

立春から数えて二二〇日目にあたる日。

 

 

 

 

 

 

九月十一日頃で、今年は九月十日。

 

 

 

 

 

 

二百十日とともに台風が来襲することが多い厄日とされる。

 

 

 

 

 

 

夕方散策すると、台風は来ていないが、二百二十日の雲が湧いていた。

 

 

 

 

 

ひとり行く二百二十日の川堤

 

 

 

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白露

2024-09-07 | 俳句・秋・時候

 

 

白雲の流れてゐたる白露かな

 

 

 

 

 

 

二十四節気の一つで秋の三番目の節気。

陽暦九月七日頃に当たる。

 

 

 

 

 

 

露が凝って白くなるという意味である。

 

 

 

 

 

 

いまだ暑さが残る時期であるが、朝晩は空気が澄み始める。

 

 

 

 

 

 

今日は白露。

まだ残暑が厳しかったが、空には白雲が流れ、秋の気配が漂っていた。

 

 

 

 

 

畑道を風渡りたる白露かな

 

 

 

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