CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ)

神戸・岩国の最新情報を中心に紹介していきます。歴史や時事について調べた結果を紹介。

宇治橋三の間

2005年11月28日 06時04分25秒 | 宇治情報
宇治橋は僧道登により大化2年(646)に架橋された。
「橋姫」「橋合戦」など宇治橋に関する話題も多い。
三の間とは宇治橋西詰から三つ目の柱間に設けられた
出っ張りで古来よりここで汲んだ宇治川の水を茶の湯
に使用されている。
現在でも宇治茶祭りの際に汲み上げ式がある。
今年は10月2日午前9時から汲上式があった。
汲上用のつるべは太閤時代より数えて三代目。
平成8年の宇治橋竣工に合わせて新調された由。

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宇治茶の老舗上林(かんばやし)

2005年11月27日 08時12分22秒 | 宇治情報
将軍足利義満のころ茶頭取の上林掃部を始祖に
秀吉の時代には上林春松が現在の場所に居を構え
宇治茶の歴史とともに14代引き継がれてきている
入り口の長屋門は約250年前の建築物である。
東側は大正3年(1914)取り壊されたが修理を
重ねながら現存する。
昭和52年(1977)上林記念館としてお茶に関する
いろんな資料や貴重な品々が展示されるようになった。
その中でも呂宗(るそん)壷が有名である。
上林記念館に関する詳細はこちら
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平等院

2005年11月26日 06時52分30秒 | 宇治情報
私が小学校に通っていた昭和30年代の頃平等院の境内が
通学路となっていました。
その頃は拝観料はとられていなかった。
いろんな意味でなつかしい平等院に関する思い出があります。
その頃修復工事も施工されていたと思います。
平等院の創建は今から約960年前の永承7年(1052)関白
藤原頼通によるものです。
平等院は浄土宗のお寺ですが別名「光の寺」と呼ばれています。
自然光により阿弥陀如来や雲中供養菩薩像52躯などが様々な
表情に変わっていきます。
とにかく落ち着ける場所であります。
平等院の年中行事
1/1 修正会
3/2 関白頼通忌(鳳凰堂)
3月 春季彼岸会(浄土院)
5/26 頼政忌(墓前、扇の芝)
9月 秋季彼岸会(浄土院)
11/25 十夜会(浄土院)
12/31 除夜会(鳳凰堂、鐘楼)
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源氏モニュメント(紫式部像)

2005年11月25日 06時25分07秒 | 宇治情報
宇治川のたもとに写真の源氏モニュメントがあります。
源氏物語は紫式部が書いた54帖(巻)に及ぶ世界の3大
文学の1つである。
作者の紫式部(973?-1016?)は宮中に仕えた女官である
源氏物語は3部に分かれており第1帖「桐壺」から第33帖の
「藤浦葉」が光源氏の生誕から39歳まで第34帖「若菜上」
第41帖「幻」が39歳から52歳まで第42帖「匂宮」から
第54帖の「夢浮橋」光源氏の子薫と孫匂宮を取り巻く人々
の物語です。
45帖の「橋姫」から54帖の「夢浮橋」までの10帖は
宇治を主な舞台としている為宇治10帖と呼ばれています。
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最古の神社建築宇治上神社

2005年11月24日 06時11分57秒 | 宇治情報
2005-2-27の日経新聞の記事から要約報告。
宇治上神社の本殿に使われた木材を
年輪年代測定した結果1060年頃の建立と
判明した。
奈良文化財研究所と宇治教育委員会の調査。
これまでは建築様式から平安時代後期建立と
されており現存する神社建築で最古とされて
いたがこれで科学的に裏付けされた。
本殿には984年頃のものもあり前身となる
さらに古い建物が存在し転用された可能性も
ある。
拝殿は1215年頃に伐採した木材で建築された。
写真は2004-2-29撮影の宇治上神社本殿外観。
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宇治の情報

2004年06月12日 18時36分19秒 | 宇治情報
宇治

私の故郷宇治を紹介しています。

写真は現存日本最古の神社建築宇治上神社
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