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神戸大学 海事科学学部 深江丸の出航風景と進徳丸メモリアル on 2016-10-13

2016年10月29日 17時39分35秒 | 神戸情報
下記記載のように神戸大学 海事科学学部 深江丸は探査航海のため
神戸大学深江地区繋船池 深江丸係留岸壁を出航しました。
その時の様子を動画で紹介すると共に同日撮った神戸商船大学当時の
練習船「進徳丸」のメモリアル展示の写真を紹介します。


まず上の写真は係留中の深江丸です。
深江丸は昭和62年10月14日に建造された練習船で建造から29年
ですがJAMSTECの協力も得て海洋探査のための最新機器も積み込まれて
います。

2016年10月13日、11時に神戸大学海事科学学部の深江丸は深江を出航
しました。深江丸の出航の様子を動画で紹介します。
深江丸は鹿児島の鬼界カルデラの巨大マグマ溜まりのモニタリングや
エアーガンを使用した地層探査、マルチロービームによる測深など探査を
しながら往路は1200海里(2,200Km)鹿児島からの帰路は600海里
(1,100Km)の探査航海をして10月27日に深江に帰港の予定。
鬼界カルデラは7300年前に大噴火を起こしており神戸でも火山灰は10-20cm
位の層となって確認されています。
神戸でも爆発当時は50cmほどの堆積があったと推定されています。
今後100年で1%程度の確率で大噴火が起きる可能性があり、爆発による
日本の死者は1億人と予測されています。鬼界カルデラのマグマ溜まりは
40~100Km3と推定されています。
航海の安全と研究成果が出ることを祈っています。いってらっしゃい・・・・



神戸大学に平成27年(2015)10月1日に設置された海洋底探査センターが設置
されその事業の第1回目の探査航海となります。
上記海洋底探査センターについては下記サイトに概要が紹介されています。
 http://www.kobe-u.ac.jp/documents/info/usr/press/press_20150918-2.pdf


次に神戸商船大学当時の練習船「進徳丸」のメモリアル展示の話題に移ります。






上の3枚の写真(2016-10-13撮影)が現在の進徳丸メモリアル展示です。

大正13年(1924)2月25日神戸三菱造船所で建造され、神戸商戦大学の前身の
神戸高等商船学校の練習船として同年5月26日 生徒60名を含む乗員126名
で神戸港を出港139日の航海で横浜、室蘭からサンビドロ、ホノルルに寄港
神戸港に戻ってきました。戦前は4本マストの帆船で昭和16年の開戦までに
34回の練習航海(遠洋航海)を実施し有用な海事人材を世に送り出しました。

昭和16年(1941)第二次大戦真珠湾攻撃で開戦後は通信省海務院の管轄となり
昭和16年9月17日からの練習航海(35次)は42次まで8日~48日の
短期練習航海且つ国内の港のみの寄港地による訓練となった。
昭和19年7月から神戸三菱造船所においてバラストなどの陸揚げ後、
帆をとられ汽船練習船として改造された。
緊急物資の輸送船として石炭輸送に従事していた昭和20年7月24日-31日、
二見沖停泊中で米軍艦載機の攻撃を受け全焼した当時の公式記録も消滅。

昭和21年7月31日、引き上げられ再び修理、昭和22年5月30日汽船練習船
進徳丸はよみがえり戦後の商船大学の学生たちを
乗せ、昭和38年3月31日の引退まで世界の海を駆け巡りました。

昭和42年財団法人進徳丸保存会が結成され深江の神戸商船大学に陸揚げされ
余生を送った。
平成7年1月17日の阪神淡路大震災で大被害を被り解体されることとなった。
平成10年3月解体された跡地に進徳丸メモリアルが造られ現在に至っている。


上の写真は現地の説明板です。


上の写真は進徳丸の帆船及び汽船時代の仕様です。


上の写真は帆船時代の進徳丸です。

コメント
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