(真嘉比南公園にできた戦争遺跡碑。弾痕の残る石壁や発掘された銃剣、銃弾等も展示されている。)
連れ合いが入院をしている病院に毎日通っているが、その途中、新都心から真嘉比の街を通る。今は、区画整理で整然とした街並みが続いているが、私が沖縄に来た当時は、まだこの辺りはこんもりとした丘(大道森・だいどうむい)が連なっていた。
この付近は戦争当時、米軍によってハーフムーンと呼ばれ、少し西の今は新都心となったシュガーローフとともに、沖縄戦における最大の激戦地だった。2010年1月、ボランティアグループ・ガマフヤーがこの付近で遺骨収集や調査を続けており、1日だけだったが私も参加させていただいたことがある。少しシャベルで掘ると、遺骨や薬きょう、砲弾の破片などが次々と出てきた。戦後65年もたつというのに、こんなに多くの遺骨が放置されたままになっているのかと驚いたものだ。
具志堅さんたちはこの辺りの戦跡を保存するよう訴えられていたが、そのまま区画整理が進み、今は、もう当時の面影もない。ただ、この3月、新しくできた真嘉比南公園に戦争遺跡碑が建てられた。この碑には、碑文だけではなく、弾痕の残る石壁や銃弾、薬きょうや日本兵の水筒などもそのまま展示されている。
(碑には、付近で発掘された銃弾や銃剣、日本兵の水筒等が展示されている。)
・チョイさんのブログ「激戦地・真嘉比の丘(ハーフムーンヒル)で遺骨収集作業」(2010.1.10)
(大道森での遺骨収集作業 2010.1.10) (遺骨収集を続ける具志堅さん)