気ままに自転車ツーリング♪

70代になり60代からの散歩が中心となりました。50代は健康維持のため何かスポーツをと、消去法でサイクリングでした。

2 一億総「退屈に耐えられない」

2004-05-25 22:31:55 | 一億総○○
【意味】テレビが普及して以来、受動的な刺激を受けすぎたことにより、日常的な退屈な生活に耐えられない状況に国民(とりわけテレビとともにあった60歳以下の)があるということ。

【WEB検索結果】該当1件 goo:1件 yahoo:1件

【出典】26歳のハローワーク 「仮の自分」に彷徨う私たち

【主観的解釈】「退屈に耐えられない」というほど日本人は刺激に麻痺してきており、ちょっとやそっとのことで驚かなくなっている。感動しないのではなく、より刺激的なことに飢えているといった状態であろう。これはもう行き着く先は見えている。より衝撃的なできごとを待望している、デジャブなことは「退屈」の2文字で追い払う。
テレビに映し出されるこれでもかという新奇、珍奇などうでもいいことに釘付けになっている。その意味では911はどのような映画の1シーンを越えた滅多にない(あってはならない)事件だと思う。

【類義語】一億総「他人の不幸は蜜の味」、一億総刺激麻痺、一億総刺激待望、一億総感性鈍化

【反義語】?

【その他】バートランド・ラッセルの文章の中の「fruitful monotony」(実りある単調さ)
小此木啓吾が「モラトリアム人間」を書いた時代はせいぜい30歳に達しない程度の青年のことであった。しかし、いまや3,40代、いやそれ以上の世代をも含む人生のあり方を表す語になった。書かれた時代の若者がそのままモラトリアムを継続しているということか。
そこで、出典の内容の始めの言葉に行き着く。すなわち、『この世の中には2種類の人間・大人しかいないと思います。(中略)自分の好きな仕事、自分に向いている仕事で生活の糧を得ている人と、そうではない人のことです』



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