映画トピの記事を再掲。
「ALWAYS 三丁目の夕日」
『多くの映画館では今日で上映終了とのことで、
ぎりぎりの駆け込みレートショーで見てきました。
あの当時をうまく再現し良く出来ていましたね。
昭和33年頃だと私は淳之介君や一平君と同じ年頃
なのかなと思います。
私は全くの雪深い田舎でしたので都会の雰囲気というのは
わかりませんが、集団就職で故郷を出て行った先輩や
親戚のお兄さんが帰省しみやげ物なぞに都会の香りを
感じたものでした。
フラフープとか(富山?の)置き薬とかは懐かしいですね。
ノスタルジックで人情味の溢れるいい映画でした。』
19時過ぎに会社を出て久々の外食。さて、どこへと
悩むことなくガード下のキッチンに。生姜焼き定食にビール。
ここは入社頃に既にあったお店で、帰り際にもう30年から
営業してますよねとレジのおばさんに言うと、
そう、少しも変わっていないでしょう、と。
川崎駅でおりて京急ストアで缶ビールを。
川崎のダイス7階の東宝シネマで20時半からのレートショー。
終わり近く涙腺が緩むところなのだが、ビールのせいで
トイレを我慢することに神経がいっちゃって・・・
茶川竜之介と古行淳之介は芥川と吉行のモジリか。
「ALWAYS 三丁目の夕日」
『多くの映画館では今日で上映終了とのことで、
ぎりぎりの駆け込みレートショーで見てきました。
あの当時をうまく再現し良く出来ていましたね。
昭和33年頃だと私は淳之介君や一平君と同じ年頃
なのかなと思います。
私は全くの雪深い田舎でしたので都会の雰囲気というのは
わかりませんが、集団就職で故郷を出て行った先輩や
親戚のお兄さんが帰省しみやげ物なぞに都会の香りを
感じたものでした。
フラフープとか(富山?の)置き薬とかは懐かしいですね。
ノスタルジックで人情味の溢れるいい映画でした。』
19時過ぎに会社を出て久々の外食。さて、どこへと
悩むことなくガード下のキッチンに。生姜焼き定食にビール。
ここは入社頃に既にあったお店で、帰り際にもう30年から
営業してますよねとレジのおばさんに言うと、
そう、少しも変わっていないでしょう、と。
川崎駅でおりて京急ストアで缶ビールを。
川崎のダイス7階の東宝シネマで20時半からのレートショー。
終わり近く涙腺が緩むところなのだが、ビールのせいで
トイレを我慢することに神経がいっちゃって・・・
茶川竜之介と古行淳之介は芥川と吉行のモジリか。
三丁目の夕日、見たんですね。
映画は見ておりませんが、数年前まではビッグコミックを読んでいましたので、内容は良く知っています。西岸良平さんの漫画は、のほほんとしていて良いですよね。私も好きです。
私も外食メインの独身の頃、食堂においてあるマンガで
良く読んでいました。
ほのぼのとしたタッチの絵で仕事疲れを癒す効果が
ありました。
でも、修理工のお父さん役はちょっと恰好良すぎで。
でもCG(VFXというのですか)の出来具合が良く、
あの時代の街の雰囲気が違和感なく出ていたように
思います。
昨日でロードショーが終わりだと思っていましたが、
家内が近くの映画館でもまだやっているよ、
「50割」使えるのに、と。
昭和30年代は一番想い出が色濃く残っている時代です。
昭和33年は渋谷に住んでおり、駄菓子屋、当時米屋でしか売ってないプラッシー、板塀、人々の熱い空気などなど・・・ひとつひとつが懐かしくて仕方ありません。
昭和30年代のような勢いを数年前のサイゴンで感じました。
もしかすると私がサイゴンに足を向け始めたのはそのでいかも知れません。
ではでは
昭和30年代に強く思い入れがあるようで。
私は1960年代ですね。
所得倍増計画が打ち出され日本橋が高速の下になり・・・
こうして、社会や街並みの姿が急激に変容していくのを
私は遠く田舎の地で間接的に知るばかりでした。
今、日本橋に空をという話もあるようですが、
既にそこからの見通しは多くの高層ビル群で阻まれて
いるのに・・・
貧困な発想だと思います。
都会育ちの家内が「だから通じ合うものが」と。
「ざけんじゃねぇ!俺が田舎者だから話が合わない?」
とプールに行った彼女を尻目に水割りを作り始めると
します(笑