次の文章を読み下記の設問に答えよ。
縄文時代の社会に階級対立がなかったことは、A当時の翌穴式住居の規模や構造に大きな差のないことや、埋葬が共同墓地で行なわれ、副葬品をほとんどともなわないことからもうかがわれる。
採集経済に立脚する生活は、自然条件に左右されることが大きく、不安定できびしかったため、アニミズム(原始的な精霊崇拝)が強く、女性をかたどった土偶を作ったり、研歯や抜歯をしたり、埋葬にあたって、〔 ① 〕がひろくおこなわれ〔 ② 〕も一部にみられたりしたがいずれも、呪術的な風習や共同体の規制に関連したものと思われる。
さらに、埋葬については、後・晩期には、やはり一部ではあるが〔 ③ 〕もみられるようになって、次の時代の葬
法につながっていく。
石柱と石組で造られた秋田県大湯遺跡の環状列石も、呪術にからんだ祭祀場か墓地であろうとされている。
稲作の発展にともなう経済の安定と生産力の上昇は、次第に階級分化をもたらし、弥生時代中期には一定の地域を統卒する首長が出現し、農耕儀礼としての呪術をつかさどる一方、集団の生産の指導や、対外的な政治権限をもつようになった。
こうした事情は、当時の墳墓の状況にも反映されてくる。
弥生期の墳墓は、一般にB集団墓として形成され、多くは木棺に納めて土中に埋葬する〔 ④ 〕であったと思われるが、木材が腐朽するため、確認は困難である。
この時期の墳墓として、〔 ⑤ 〕が九州北部から西日本にかけてひろくみられ、九州北部では、さらに〔 ⑥ 〕がさかんに用いられた。
さらに、弥生中期の代表的な〔 ⑥ 〕遺跡である福岡県須玖遺跡では、朝鮮南部に特徴的にみられる〔 ⑦ 〕も発見されている。
弥生中期の九州北部の共同墓地で中国製の鏡・銅剣・銅鉾など、おびただしい副葬品が特定の墳墓から発見されているが、このことは、この地方に特権的な首長が出現したことを示すものといえよう。
畿内で早くから造られ、中・後期に九州から東北に至る各地で〔 ⑧ 〕がさかんに造られるようになるが、おそらくは、集団の首長の個人墓であろう。
こうして、弥生時代を通じて多くの地域集団が相互に闘争や併合を進め、いくつかの集団を従属させながら小国を形成し、やがて、古代統一国家へと展開していくがそれと前後して、強大な権力をもつ支配者の出現を物語るC古墳が発生することになる。
設問1空欄(①~⑧)に当てはまる適当な語句を、下記の語群から選ぺ。
①~③の語群 a.伸展葬 b.坐葬 c.屈坐葬 d.横臥葬 e.抱石葬 f.屈葬 g.仰臥葬
④~⑧の語群 a.甕棺墓 b.土墳墓 c.支石墓 d.箱式石棺墓 e.円墳 f.方形墳丘墓 g.方形周溝墓
設問2下線部分(A~C)について、以下の問いに答えよ。
A 下線部Aの説明で、誤っているものが一つある。どれか。
a.縄文早期では、小規模な住居が台地に2~3個点在するのが普通である。
b.縄文前期では、小規模な住居が台地の縁部などに馬蹄形に数個散在するのが普通であるが、一部には数十個の大規模な集落もみられる。
c.縄文中期では、小規模な住居が台地の縁部などに馬蹄形や現状に大規模に展開するのが普通である。
d.縄文後期では、小規模な住居が台地の縁部などに数個~数十個、中央の広場を囲んて環状に大規模に展開するのが普通である。
e.縄文晩期では、4~5人を収容する小規模な住居が台地の縁部や海浜部などに 100 戸程度、中央の広場を囲んで環状に展開するのが普通である。
B下線部Bの説明で、誤っているものが一つある。どれか。
a.一定の墓域を定めて死者を埋葬した。
b.集落に近い乾燥した高地に造られるのが普通である。
c.盛り土をして棺を用いるなど一定の埋葬施設が設けられている。
d.山口県土井ケ浜遺跡からは、180体の人骨が発見されている。
e.多くの副葬品をともなう首長の個人墓とみられるものも、集団墓域内に造られた。
C下線部Cに関連した説明で、誤っているものが一つある、どれか。
a.前期の古墳は、単独で集落をみわたす丘陵上に造られた。
b.前期の古墳には、円墳、方墳のほか、独特の形状をした前方後円墳、前方後方墳などがある。
c.中期の誉田山古墳や大仙古墳は、墳墓として世界最大級の規模をもっている。
d.前方後円墳には、遺体を納める横穴式石室や粘土槨が造られ、呪術的・宝器的なものが副葬されている。
e.後期には、群集墳としての小規膜な円墳が全国的に増大する。
[解答]
設問1.①f ②e ③a ④b ⑤d ⑥a ⑦c ⑧g
設問2.A-e B‐d C-d