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(律宗)(俊芿(しゅんじょう)・叡尊(えいそん)・忍性(にんしよう))(明恵(みようえ)・華厳宗(けごんしゅう))(貞慶(じょうけい)・法相宗(ほっそうしゅう))
[ポイント]
1.旧仏教の革新を、律宗の俊芿・叡尊・忍性、華厳宗の高弁、法相宗の貞慶らがおこなった。
[解説]
1.新仏教に刺激され、旧仏教側も新たな動きをみせた。鎌倉時代の初め頃、法相宗の貞慶(解脱)(1155~1213)や華厳宗の明恵(高弁)(1173~1232)は、戒律を尊重して南都仏教の復興に力を注いだ。
2.律宗の俊芿(1166~1227)は戒律復興をめざし、その後をうけた叡尊(思円)(1201~90)とその弟子忍性(良観)(1217~1303)らは、戒律を重んじるとともに、貧しい人びとや病人の救済・治療などの社会事業にも力をつくし、多くの人びとに影響をあたえた。
3.とくに忍性は、奈良に病人の救済施設北山十八間戸を建て、施療や慈善に尽くした。
〈2013早大・国際教養
下線部a禅律僧の活動例として正しいものはどれか。1つ選んで、マーク解答欄紙の該当記号を選べ。
ア 専修念仏の教えを説いた。
イ 諸国を遊行して念仏を唱えた。
ウ 北山十八間戸を設立した。
エ 悪人正機の考え方を普及させた。
オ 東大寺南大門を建立した。」
(答:ウ忍性の事績で彼は律宗 ※ア「禅律僧」とは禅宗と律宗の僧の意。これは法然で彼は浄土宗、イ一遍で時宗、エ親鸞は浄土真宗、オ重源で華厳宗)〉
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