母は8年前に父が逝ってから一人暮らしである。
足腰はそれなりにしっかりしていること 一人で身の回りのことが出来ると言うこと・・・等が母の一人暮らしを認めている理由だ。
弟が近くでデイサービスを営んでいて二年ほど前まではそこで看護師をしていた。
しかし このところ様子が変
つきに何度か訪れるのは私の役目 妹がいるのだけれど 妹は父が亡くなった後一寸こじれて自ら縁を絶ってしまった。
それでも 年を取り自分が寂しくなって 兄弟に頼りたくなったようで
そのことは良かった。 彼女は週に何度か母を訪ね 一緒に買い物したり お茶飲みに出かけたりで 楽しくやっている様に見えた。
でも 8年間どんなに電話をしても 心が解けなかったので 今母は混乱しているようです
「あんた 誰だった? ○子? △子?」
明日は息子が正月の挨拶をしたいので 一緒に岐阜へ行くのに 付きあってくれという
母は昔の人なので 来客に何も出来なかったとなると 本当に悲しがる。
そうならないように 一応電話した。
さぁ これが大変なことに
朝から 私や息子家族がやってくるので おさしみとか おかずを買ってこなきゃ・・・・
と パニックになっているらしい。
「お姉ちゃん明日来るんやろ? 今日来るって朝から大変なんだよ。」
実は朝早くに 母から電話が入っている。
「雪がひどいから 無理してこなくて良いよ。」
電話に出た亭主が「行くのは明日ですけれど」と伝えている。
なんだか不安になって 私からも電話した。
「スタッドレスはいているから雪の心配は無いけれど 行くのは明日だよ。 それに○○が熱出して寝ているから明日も分らないよ。 何も用意しないでね。私家にあるもの持って行くから。」
こうして話しているときは分るし 話にも矛盾は無いんだけれどね
これだけ言ったから大丈夫だろ・・・と思っていたけれど
昼過ぎ まだ私自身も熱が少し残る身体でぐでっととしていたら 突然電話
「ねぇ あんた今どこにいるの?」
ありゃ通じていなかったか・・・
たぶん通じていないと言うよりは 忘れちゃうんだよね。
ひとりぼっちは寂しい。
泣き言言う人では無いけれど 「今日も 誰とも話をしなかったな」とぼそっと言う台詞が切ない。
もう少し行ってあげられると良いのだけれど
足腰はそれなりにしっかりしていること 一人で身の回りのことが出来ると言うこと・・・等が母の一人暮らしを認めている理由だ。
弟が近くでデイサービスを営んでいて二年ほど前まではそこで看護師をしていた。
しかし このところ様子が変
つきに何度か訪れるのは私の役目 妹がいるのだけれど 妹は父が亡くなった後一寸こじれて自ら縁を絶ってしまった。
それでも 年を取り自分が寂しくなって 兄弟に頼りたくなったようで
そのことは良かった。 彼女は週に何度か母を訪ね 一緒に買い物したり お茶飲みに出かけたりで 楽しくやっている様に見えた。
でも 8年間どんなに電話をしても 心が解けなかったので 今母は混乱しているようです
「あんた 誰だった? ○子? △子?」
明日は息子が正月の挨拶をしたいので 一緒に岐阜へ行くのに 付きあってくれという
母は昔の人なので 来客に何も出来なかったとなると 本当に悲しがる。
そうならないように 一応電話した。
さぁ これが大変なことに
朝から 私や息子家族がやってくるので おさしみとか おかずを買ってこなきゃ・・・・
と パニックになっているらしい。
「お姉ちゃん明日来るんやろ? 今日来るって朝から大変なんだよ。」
実は朝早くに 母から電話が入っている。
「雪がひどいから 無理してこなくて良いよ。」
電話に出た亭主が「行くのは明日ですけれど」と伝えている。
なんだか不安になって 私からも電話した。
「スタッドレスはいているから雪の心配は無いけれど 行くのは明日だよ。 それに○○が熱出して寝ているから明日も分らないよ。 何も用意しないでね。私家にあるもの持って行くから。」
こうして話しているときは分るし 話にも矛盾は無いんだけれどね
これだけ言ったから大丈夫だろ・・・と思っていたけれど
昼過ぎ まだ私自身も熱が少し残る身体でぐでっととしていたら 突然電話
「ねぇ あんた今どこにいるの?」
ありゃ通じていなかったか・・・
たぶん通じていないと言うよりは 忘れちゃうんだよね。
ひとりぼっちは寂しい。
泣き言言う人では無いけれど 「今日も 誰とも話をしなかったな」とぼそっと言う台詞が切ない。
もう少し行ってあげられると良いのだけれど