この本は、「自分には価値がない」「何をしていいのかわからない」「人生をもう一度やり直したい」と悩んでいる人に届けたい。あなたの力を世の中に役立てるための方法を書いていきたいと思っています。
・ハラり(『ホモ・デウス』)はそうやって人間が動物に行っているひどい仕打ちが、今度はAIとデータ処理システムによって、人間に行われるようになるだろうというのです。
・サンフランシスコ講和会議では、第二次世界大戦後の領土問題や日本への賠償請求などについて話し合われました。日本に痛めつけられた国々からは、日本への厳しい意見が相次ぎました。多額の賠償金を日本に求めるべきだ、日本の自由を奪ってしまえばいいというムードが漂っていました。
そんな中、「私たちは日本に対する賠償請求権を放棄する。ぜひ日本には寛大な措置をお願いする」と演説したのがジャヤワルダナ(スリランカ代表)だったのです。
「憎悪は憎悪によって止むことなく、慈悲によって止む」というブッダの言葉を私たちも信じます。これはビルマ、ラオス、カンボジア、シャム、インドネシア、セイロンを通じて、中国、日本にまで広まって、共通の文化と遺産をわれわれは受け継いできました。
この会議に出席するために途中、日本を訪問しました。その際に私が見いだしたように、この共通の文化はいまだに存在しているのであります。・・・
われわれは彼らにその機会を与えなければいけません。
あまりに感動的な演説であったため、各国の日本に対する雰囲気がずいぶん変わったと言われています。・・・
なぜ彼はそう思ったのでしょう。・・・
日本を経由した際に鎌倉に立ち寄りました。会ったのは、禅をアメリカに広めた仏教思想家、鈴木大拙です。・・・
私は鈴木教授に、日本の方が信仰している大乗仏教と私たちが信仰している小乗仏教はどう違うのかを尋ねました。すると教授はこう言いました。なぜあなたは違いを強調しようとするのでしょうか。それよりも、私たちはどちらも仏法僧を護持することで共通しており、無常、苦、無我を悟るための八正道を信奉しているではありません。
私は日本の仏教徒とスリランカの仏教徒を結びつける強い絆があることを感じました。
・浄土真宗大谷派の存明寺住職の酒井義一さんが母に浄土真宗の説明(30分で紙芝居作って)
阿弥陀さまとは、「働き」のことです。どこかに「阿弥陀さま」というお姿の仏様がいるのではありません。阿弥陀さまとは、人間を目覚めさせる働きのことです。働き、それは風のようなもの。風には色も形もないけれど、ときに優しく頬を撫で、ときに激しく身を揺らす。まるで眠っているかのような人間を、ときに優しく、ときに激しく揺り動かし、目覚めさせる働き、それを阿弥陀さまと言うのです。
浄土とは、呼びかけの世界。私より先に生きた人は、浄土という精神世界から、今を生きる者たちに呼びかける存在となる。「迷うな、生きろ」と。だからあとに生きる人は、先祖をとぶらうのだ。多くの人々が限りないいのちと光を仰いで生きて来たように・・・。
それを聞いた母がすぐさま反応しました。
「そうか。私は死んでから、みんなに呼びかけるる存在となるのね」
・目には見えないけれども、阿弥陀さまはあなたを見ている。その安心感、支える力を感じ取りながら元気を出して生きていこう。それが仏教の力だというのです。
・教え子が体験した実話です。
ある日、彼女はプチ家出をしてしまったというのです。どうやって生きていけばいいのかまったくわからなくなり、あるよ、家出をしてしまいます。
町中を当てどなく歩いたと言いました。
そこにお寺を見つけます。お寺なら助けてくれるかもしれないと思ったのでしょう。門の前に行きました。ところが門には閂がしてあって開きません。・・・
インターホンがあったので、呼び出しボタンを押そうか、押すまいかとずいぶん逡巡しました。でも結局押せなかったそうです。・・・
ああ、押せない・・・。そう思った彼女は、また、とぼとぼと夜道をひたすら歩いたそうです。
次に、うすボンヤリ見えてきたのは、十字架、教会にたどりついたのです。・・・。
ドアは開いていたそうです。・・・。
キリスト教にとって「門」はとても大切なもので、、開けておかなければいけないそうです。
彼女はドアを開けて、誰もいない教会に中に入りました。そして、1人で薄暗い礼拝堂に座りました。
1時間が過ぎ、2時間が過ぎ、何時間も座り続けている内に、不思議なことに胸につかえていいた思い一のようなものが、すーっと下りてきました。
そうして、白み始めて中を彼女は今日ををでて、家に帰ったのだそうです。
「助けてください! もうダメです!」と叫ぼうと思ったとき、もう1人の自分の、こんなささやきが聞こえてきました。
<あなたの中にはもう一回、生きる力があるから、その力を頼みにして、もう一回、生きてみたらどう? そしてまたボロボロになったら、なたここに来ればいいよ?
その声を聞いて、
<そうだ、もし、またダメになったら、ここに駆け込めばいいんだ>
と感じて、なぜか元気になって、もう一回生き直してみようと思った、ということなのです。
・自由と支えはコインの裏表です。自由に生きるためには、自分の中に絶対的な支えが必要なのです。私を支えてくれるものがあるというある種の確信のようなものが、人間の自由を支えるのです。人生が破城しても、ひどく落ち込んで死にたくなったりしても、無条件に支えてくれる存在がある、とういうことが人生へのチャレンジを後押しするのです。
・大きな支えを持つことで人生をチャレンジできる。自分を支えてくれるものが何なのか、それを探す旅を続けていこう!
・『がんばれ仏教!』上田紀行著
松本市にある神宮司で住職を務めていた、高橋卓志さんの話
・彼はお寺の子として生まれます。それもただのお寺ではありません。彼の父親は、臨済宗妙心寺の副管長までのぼりつめた、とても高名な方です。
しかし高橋少年は、お寺のことがイヤでイヤで仕方ありません。・・・
もう耐えられない! 絶対に寺など暇がない! と思って、高橋さんは大学で一人決心して家を出ます。
本来なら、妙心寺派の花園大学に行くのが普通ですが、断固拒否しました。・・・
彼は竜谷大学に入学します。・・・。しかも仏教学科に行かず、東洋史学科に進みます。
(スキー板が欲しくなり)・・・
「どうしてもカザマのスキー板が欲しいので、どうにかならない?」とおねだりしたら、母親は、私にへそくりがあるから、それを使っていいよと言ってくれた。このお母さん、なかなかのタフネゴシエーターだと思うのは、「ひとつ条件がある」と、大切なことを約束させるのです。
「必ず寺に帰ってくること」
カザマのスキー板欲しさに、「はい!」と交換条件を飲んでしまった。・・・
それで大学院まで行って、約束通りお寺に帰ってきました。・・・
そんな彼の前に有名な高僧が現れます。寺の本山、妙心寺の管長、山田無文老師です。・・・
高橋さんの生活態度があまりにひどいので、見かねて、「俺と、一緒に来い」と誘ったわけです。高橋和尚が29歳のとき。
どこに行ったかというと、ニューギニアの近くのピアク島。・・・
島にはたくさんの洞窟があるのですが、連合軍によって追いつめられた日本兵たちが最後を迎えたのかそこでした。・・・
「高橋さん、あなたは骨の上を歩いているんですよ」
この言葉が衝撃でした。・・・
そんなとき、山田老師から声をかけられます。
「高橋、おまえが法要をやれ」
言われるがまま、般若心経唱え始めたのですが、突然、亡き兵士の妻が「いや!!」と絶叫して、洞窟に突っ伏したのでした。そして慟哭します。・・・
高橋さんは、あまりの状況で般若心境が読めなくなってしまいます。
「山田先生、すみません。法要はできません、替わってください」
と言った途端に、
「バカヤロー! 何のためにおまえは僧侶になったんだ。お前がやるんだ。ここは」
と一喝されて、大きな転機になります。
彼の著書『死にぎわのわがまま』・・・
高橋和尚は、人生の最後を迎える人や、死に直面する人をサポートすること。そして葬式改革に乗り出しました。・・・
高橋さんが始めたのは、いのちの終末を迎える人をサポートするターミナルケアです。
・芥川賞作家・重兼芳子さんから、次のように言われたことが大きかったと言います。
「現代社会の病んだ深層があり、だからこそそこに目を向け、動かなければいけない仏教はいったい何をしているのか。仏教がいのちやその延長線上にある死を真正面から捉えず、過去の遺産の上にあぐらをかき、その遺産を食い潰すかのごとき行為をどう考えるのか、命の終末を迎える人々の苦悩や、家族の悲嘆を支えることもしないで、営利に走る仏教は宗教といえるのか」
・真夜中にかかってくる相談電話に応答したり、家庭内暴力を起す子どもや窃盗の常習犯を寺で預かったりもしました。
とにかく型破りな僧侶、寺には絶対に戻らないと考えていた学生時代が、嘘のように思われます。
人が目覚め、動き出すときというのは、どうすることもできない苦しみや癒しがたい悲しみなどの「苦悩」に出会ったときなのでしょう。それはブッダの生き方とも重なります。
・「でかい難問が来たときほどわくわくすることはないんですよ。これで私はどう変わるか。私がこれからどんなに成長できるか。どんな知らない世界を知っていくことができるか、ワクワクする」と。(曹洞宗ボランティア会という国際ボランティアの礎を築いた有馬実成さん)
・アメリカの禅センターでは長幼の序という発想がないし、男女の序列もない。女性僧侶の活躍が目覚ましいのです。
・悪魔祓いの儀式(スリランカ)
・一度は悪魔憑きになってしまっても、悪魔祓いをすれば治って、また明るくなれるんだ、というストーリーが目の前で実演されることです。悪魔祓いを繰り返し子供の頃から直に見ていれば、こころのどこ
かに安心感が生まれてきます。人生どんなに苦しんでも、こうやって村人が集まってきて、悪魔祓いの儀式が行われて、必ず助けられる。人間どんなに苦しんでも、回復するものなんだということが、肌身に染みついていくのです。
・さらにもう一つ、悪魔祓いがもつ重要な点は、悪魔憑きの人を増やさない予防効果があるところです。病みやすい人は、いわば、“炭鉱のカナリヤ”のような存在だということです。弱い人に悪魔は憑きやすい。
・悪魔祓いの深層に流れている気持ちは、ブッダが言ったように、人間はだれしも四苦八苦からは逃れられない、いいこともあれば、悪いこともある。だから、そういうときには、みんな、琴線をを触れ合わせて、ともに支え合って行きましょうということなのです。
・『雨にもマケズ』
印象深いのは次の一節です。
「日照りの時は涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き・・・」
つまり、具体的に何もできないけれど、一緒に困ったとおろおろしてしてくれる人がいるだけでも、人のこころを癒やしたり、なぐさめたりすることができる。それが重要だということです。
・「キサーゴータミー」という女性の話
・キサーゴータミーという若いお母さんが赤ちゃんを抱いてやってきました。しかしその赤ちゃんはすでに亡くなっていました。・・・ブッダに会うと、
「赤ちゃんが死んでしまったが、赤ちゃんを生き返らせてください」とお願いしました。
ブッダは、「わかった」と言いましたが、一つ条件を出しました。
「この町の家を一軒一軒回って、1人も死者をだしたことがない家がみつかったら、その家の人からケシの実を一つもらってきてください。そしてケシの実を三つ集めて私のところに持ってきてくれたなら、あなたの子どもを生き返らせましょう」・・・
しかし、死者を出していない家など一軒もありませんでした。・・・
「・・・愛する人の死は避けることができないものなのですね。死ぬというのが定めなのですね。世の中は無常だということに気づきました。私はあなたのおっしゃりたいことがよくわかりました。だからあなたに帰依します」
そうして弟子になったという話です。
・高野山大学の教授をしている友人の井上ウィマラさんから、貴重な解釈を聞くことができました。
それは
「あの説話は無常を説いたものではなく、”慈悲“をテーマにしたものなんですよ」
「私も赤ちゃん、亡くしたことがあるんだよ・・・」
琴線に触れる話を、尋ねていったお家で聞けたのではないか。
「人間は無常だ」で終わらせず、家々を回るのだと指示したのは、無常を共に抱えながら、助け合って、生きてい行くことの大切さを教えたのだと思うのです。苦しみというものを、分かち合いながら、励まし合いながら、生きていく・・・そのことにブッダは気付いてほしかったのでしょう。
・四国のお遍路
「仏は寺にはいあに。寺と寺のあいだ(地元の人のお接待)にいる」
とよく言われます。
・人間の疎外形態は二つあります。一つは「目的からの疎外」、もう一つは「目的への疎外」です。
お金から疎外されている状況は、すなわちお金がないということを意味します。
お金の方向に生きることが疎外されてしまっているのです。
お金への疎外
成金(世の中金) ↑ 金持ちになりたい貧乏人(全ては金だと言って貧乏)
← → お金からの疎外
お金もある自由な人 ↓ お金がない幸福人(人生金だけでない)
・いまここにいるということの意味が未来の目的を達成するためなのだと、常に「目的への疎外」を経験することで、私たちはいまを楽しめなくなっていきます。いま(アリとキリギリスの)アリとして生きていく、その目的を達成する生き方をすると、こころから楽しめる時間は非常に少なくなってしまうのです。
(高校の時に、好きなことをやりたいと言うと、「良い大学に入るため」。大学は「良い会社にはいるため」、会社に入ると「出世するため」言われれ好きなことをやらずに人生を過ごす)
・『人生の(逃げ場)-会社だけの生活かに行き詰っている人へ』上田紀行著
・鈴木大拙著『禅』
「悟り」は、めいめいが自分で体験しなければならない。
大拙の言いたいのは、自分の意思で、「悟り」に至ろうとする主体性が大事だということです。
・仏教の中心とは般若と大悲、つまり知恵(学問)と慈悲だというわけです。その両方がなければならないと大拙は言います。
「智と慈と両立しなくてはならぬ、というより、智は悲に属して動かなくてはならぬ。智は悲によってその力をもつのだということに気づかなくてはならぬ。ほんとうの自由はここから生まれて出る。」
知恵は慈悲によって支えられなければならない。知恵は慈悲によって力をもつ、という部分は秀逸です。
・「愛とは他を認めることであり、生活のあらゆる面において他に思いを致すことだからである」
・「生」つまり「命」をどう処するかという「処世術」を、いまこそ考えるときではないでしょうか。
・成功(出世)ばかりにこころを奪われないで、いま目の前にある仕事に誠実に取り組み、命をどう燃やすかということに集中すれば成長していけるのではないか。・・・それが大拙の言葉の根本にあります。
・「松は松として、竹は竹として、山は山として、河は河として、その拘束のなきところを、自分が主人となって、働くのであるから、これが自由である。」
一般的に、松が竹になれない、竹が松になれないのは不自由ではないかと思うかもしれれません。拘束されていると思いがちです。しかし松は松にしかなれないということは、拘束されているのではない。むしろ松が竹になろうという見方こそが、あなた自身が松になっていないのである、というわけです。
・あなたの中には、自分で気づいていない潜在的な能力があるはずです。それをまず育ててやることです。それによって、自在になんにでもなれる、ほんとうの松や竹になれる自由を手に入れられるということです。
・『生きる意味』上田紀行著
・スリランカで出会った日本人のおじいさん
・60歳で定年退職
・妻から「あなた、きょうも家にいるの?」(ご飯をつくらなければいけない)
(妻が自由にでかけられない)
⇒「そうか、俺が家にいることは、妻を幸せにしていないか」
・シルバーボランティア
スリランカの植林の仕事
⇒「じいちゃん、今度はいつ来るの?」
・日本に一度帰って、植林作業の風景を撮影したスライドを整理して、自分が卒業した高校の同窓会や町内会で上映ショーをしました。そのたびに募金をつのり、地道に資金を集めたのです。その資金で再びスリランカに行き、また植林をする。現地の人たちにも慕われていて、
「じいちゃん、また来た!」と歓迎してくれて、一段落すると、「で、じいちゃん、次はいつ来るの?」と、それが何年も続き、毎年スリランカに来るようになったというのです。
「自分の身体が動くのは、あと10年ぐらいかもしれない。でもね、あそこの山のあの地点までは、植林をするんだと思うと、ワクワクするんだよ」
この話のいいところは、このおじいさんがお金のためにも地位のためにもやっていないということ。そして現地の人たちにも夢を与え、みんなに希望を与えていて、もう無条件に好かれているところです。
さらに、カンパを呼びかけて支援してくれた日本人のイメージの中に、地肌が剝き出しになった山が青々としていく喜びを与えているところです。カンパした人に金銭的に助けられているけれど、その人たちの心の中にも希望と喜びを与えている。
最初は奥さんに煙たがられたけれども、そこから俺にもできることがあるんだと行動した。それは奥様にも感謝すべきかもしれない。家でお荷物だったものが、海を越えて花咲じいさんになったようなものです。
感想;
私も丁年より年早く退職しました。
自宅でHPに自分の知識をUpしようと思っていました。
ところ家内から「自宅でしないで」と言われてしまいました。
確かにそれまで朝は一人で起きてバナナを食べ、昼と夜は会社で食べていました。
家内は土日の昼と夜だけだったのが、毎日の昼と夜が増えるのですから大変です。
そこで考えてNHK放送大学院に入学して学習センターで作業をしました。
部屋は飲み食いができないので、通路に移動して飲んでいました。
しばらくしてコンサル先ができ、そこでも仕事をすることができるようになりました。
自信とは自ら信じる。
根拠のない自信を持つ(なんとかなる)ことができるかどうかなのでしょう。
そして弱ったときに支えてくれる考え方、人、あるいは宗教があると心強いのだと思います。
この本に出てくる人、生きる目的ややることが見つかると、思いもかけない力を発揮するようです。
そういう力は皆が持っているのでしょう。
やりたいことが見つかるかどうか、それがとても大きいように思いました。
そして何よりも気持ちの持ち方も大きいと思いました。
・ハラり(『ホモ・デウス』)はそうやって人間が動物に行っているひどい仕打ちが、今度はAIとデータ処理システムによって、人間に行われるようになるだろうというのです。
・サンフランシスコ講和会議では、第二次世界大戦後の領土問題や日本への賠償請求などについて話し合われました。日本に痛めつけられた国々からは、日本への厳しい意見が相次ぎました。多額の賠償金を日本に求めるべきだ、日本の自由を奪ってしまえばいいというムードが漂っていました。
そんな中、「私たちは日本に対する賠償請求権を放棄する。ぜひ日本には寛大な措置をお願いする」と演説したのがジャヤワルダナ(スリランカ代表)だったのです。
「憎悪は憎悪によって止むことなく、慈悲によって止む」というブッダの言葉を私たちも信じます。これはビルマ、ラオス、カンボジア、シャム、インドネシア、セイロンを通じて、中国、日本にまで広まって、共通の文化と遺産をわれわれは受け継いできました。
この会議に出席するために途中、日本を訪問しました。その際に私が見いだしたように、この共通の文化はいまだに存在しているのであります。・・・
われわれは彼らにその機会を与えなければいけません。
あまりに感動的な演説であったため、各国の日本に対する雰囲気がずいぶん変わったと言われています。・・・
なぜ彼はそう思ったのでしょう。・・・
日本を経由した際に鎌倉に立ち寄りました。会ったのは、禅をアメリカに広めた仏教思想家、鈴木大拙です。・・・
私は鈴木教授に、日本の方が信仰している大乗仏教と私たちが信仰している小乗仏教はどう違うのかを尋ねました。すると教授はこう言いました。なぜあなたは違いを強調しようとするのでしょうか。それよりも、私たちはどちらも仏法僧を護持することで共通しており、無常、苦、無我を悟るための八正道を信奉しているではありません。
私は日本の仏教徒とスリランカの仏教徒を結びつける強い絆があることを感じました。
・浄土真宗大谷派の存明寺住職の酒井義一さんが母に浄土真宗の説明(30分で紙芝居作って)
阿弥陀さまとは、「働き」のことです。どこかに「阿弥陀さま」というお姿の仏様がいるのではありません。阿弥陀さまとは、人間を目覚めさせる働きのことです。働き、それは風のようなもの。風には色も形もないけれど、ときに優しく頬を撫で、ときに激しく身を揺らす。まるで眠っているかのような人間を、ときに優しく、ときに激しく揺り動かし、目覚めさせる働き、それを阿弥陀さまと言うのです。
浄土とは、呼びかけの世界。私より先に生きた人は、浄土という精神世界から、今を生きる者たちに呼びかける存在となる。「迷うな、生きろ」と。だからあとに生きる人は、先祖をとぶらうのだ。多くの人々が限りないいのちと光を仰いで生きて来たように・・・。
それを聞いた母がすぐさま反応しました。
「そうか。私は死んでから、みんなに呼びかけるる存在となるのね」
・目には見えないけれども、阿弥陀さまはあなたを見ている。その安心感、支える力を感じ取りながら元気を出して生きていこう。それが仏教の力だというのです。
・教え子が体験した実話です。
ある日、彼女はプチ家出をしてしまったというのです。どうやって生きていけばいいのかまったくわからなくなり、あるよ、家出をしてしまいます。
町中を当てどなく歩いたと言いました。
そこにお寺を見つけます。お寺なら助けてくれるかもしれないと思ったのでしょう。門の前に行きました。ところが門には閂がしてあって開きません。・・・
インターホンがあったので、呼び出しボタンを押そうか、押すまいかとずいぶん逡巡しました。でも結局押せなかったそうです。・・・
ああ、押せない・・・。そう思った彼女は、また、とぼとぼと夜道をひたすら歩いたそうです。
次に、うすボンヤリ見えてきたのは、十字架、教会にたどりついたのです。・・・。
ドアは開いていたそうです。・・・。
キリスト教にとって「門」はとても大切なもので、、開けておかなければいけないそうです。
彼女はドアを開けて、誰もいない教会に中に入りました。そして、1人で薄暗い礼拝堂に座りました。
1時間が過ぎ、2時間が過ぎ、何時間も座り続けている内に、不思議なことに胸につかえていいた思い一のようなものが、すーっと下りてきました。
そうして、白み始めて中を彼女は今日ををでて、家に帰ったのだそうです。
「助けてください! もうダメです!」と叫ぼうと思ったとき、もう1人の自分の、こんなささやきが聞こえてきました。
<あなたの中にはもう一回、生きる力があるから、その力を頼みにして、もう一回、生きてみたらどう? そしてまたボロボロになったら、なたここに来ればいいよ?
その声を聞いて、
<そうだ、もし、またダメになったら、ここに駆け込めばいいんだ>
と感じて、なぜか元気になって、もう一回生き直してみようと思った、ということなのです。
・自由と支えはコインの裏表です。自由に生きるためには、自分の中に絶対的な支えが必要なのです。私を支えてくれるものがあるというある種の確信のようなものが、人間の自由を支えるのです。人生が破城しても、ひどく落ち込んで死にたくなったりしても、無条件に支えてくれる存在がある、とういうことが人生へのチャレンジを後押しするのです。
・大きな支えを持つことで人生をチャレンジできる。自分を支えてくれるものが何なのか、それを探す旅を続けていこう!
・『がんばれ仏教!』上田紀行著
松本市にある神宮司で住職を務めていた、高橋卓志さんの話
・彼はお寺の子として生まれます。それもただのお寺ではありません。彼の父親は、臨済宗妙心寺の副管長までのぼりつめた、とても高名な方です。
しかし高橋少年は、お寺のことがイヤでイヤで仕方ありません。・・・
もう耐えられない! 絶対に寺など暇がない! と思って、高橋さんは大学で一人決心して家を出ます。
本来なら、妙心寺派の花園大学に行くのが普通ですが、断固拒否しました。・・・
彼は竜谷大学に入学します。・・・。しかも仏教学科に行かず、東洋史学科に進みます。
(スキー板が欲しくなり)・・・
「どうしてもカザマのスキー板が欲しいので、どうにかならない?」とおねだりしたら、母親は、私にへそくりがあるから、それを使っていいよと言ってくれた。このお母さん、なかなかのタフネゴシエーターだと思うのは、「ひとつ条件がある」と、大切なことを約束させるのです。
「必ず寺に帰ってくること」
カザマのスキー板欲しさに、「はい!」と交換条件を飲んでしまった。・・・
それで大学院まで行って、約束通りお寺に帰ってきました。・・・
そんな彼の前に有名な高僧が現れます。寺の本山、妙心寺の管長、山田無文老師です。・・・
高橋さんの生活態度があまりにひどいので、見かねて、「俺と、一緒に来い」と誘ったわけです。高橋和尚が29歳のとき。
どこに行ったかというと、ニューギニアの近くのピアク島。・・・
島にはたくさんの洞窟があるのですが、連合軍によって追いつめられた日本兵たちが最後を迎えたのかそこでした。・・・
「高橋さん、あなたは骨の上を歩いているんですよ」
この言葉が衝撃でした。・・・
そんなとき、山田老師から声をかけられます。
「高橋、おまえが法要をやれ」
言われるがまま、般若心経唱え始めたのですが、突然、亡き兵士の妻が「いや!!」と絶叫して、洞窟に突っ伏したのでした。そして慟哭します。・・・
高橋さんは、あまりの状況で般若心境が読めなくなってしまいます。
「山田先生、すみません。法要はできません、替わってください」
と言った途端に、
「バカヤロー! 何のためにおまえは僧侶になったんだ。お前がやるんだ。ここは」
と一喝されて、大きな転機になります。
彼の著書『死にぎわのわがまま』・・・
高橋和尚は、人生の最後を迎える人や、死に直面する人をサポートすること。そして葬式改革に乗り出しました。・・・
高橋さんが始めたのは、いのちの終末を迎える人をサポートするターミナルケアです。
・芥川賞作家・重兼芳子さんから、次のように言われたことが大きかったと言います。
「現代社会の病んだ深層があり、だからこそそこに目を向け、動かなければいけない仏教はいったい何をしているのか。仏教がいのちやその延長線上にある死を真正面から捉えず、過去の遺産の上にあぐらをかき、その遺産を食い潰すかのごとき行為をどう考えるのか、命の終末を迎える人々の苦悩や、家族の悲嘆を支えることもしないで、営利に走る仏教は宗教といえるのか」
・真夜中にかかってくる相談電話に応答したり、家庭内暴力を起す子どもや窃盗の常習犯を寺で預かったりもしました。
とにかく型破りな僧侶、寺には絶対に戻らないと考えていた学生時代が、嘘のように思われます。
人が目覚め、動き出すときというのは、どうすることもできない苦しみや癒しがたい悲しみなどの「苦悩」に出会ったときなのでしょう。それはブッダの生き方とも重なります。
・「でかい難問が来たときほどわくわくすることはないんですよ。これで私はどう変わるか。私がこれからどんなに成長できるか。どんな知らない世界を知っていくことができるか、ワクワクする」と。(曹洞宗ボランティア会という国際ボランティアの礎を築いた有馬実成さん)
・アメリカの禅センターでは長幼の序という発想がないし、男女の序列もない。女性僧侶の活躍が目覚ましいのです。
・悪魔祓いの儀式(スリランカ)
・一度は悪魔憑きになってしまっても、悪魔祓いをすれば治って、また明るくなれるんだ、というストーリーが目の前で実演されることです。悪魔祓いを繰り返し子供の頃から直に見ていれば、こころのどこ
かに安心感が生まれてきます。人生どんなに苦しんでも、こうやって村人が集まってきて、悪魔祓いの儀式が行われて、必ず助けられる。人間どんなに苦しんでも、回復するものなんだということが、肌身に染みついていくのです。
・さらにもう一つ、悪魔祓いがもつ重要な点は、悪魔憑きの人を増やさない予防効果があるところです。病みやすい人は、いわば、“炭鉱のカナリヤ”のような存在だということです。弱い人に悪魔は憑きやすい。
・悪魔祓いの深層に流れている気持ちは、ブッダが言ったように、人間はだれしも四苦八苦からは逃れられない、いいこともあれば、悪いこともある。だから、そういうときには、みんな、琴線をを触れ合わせて、ともに支え合って行きましょうということなのです。
・『雨にもマケズ』
印象深いのは次の一節です。
「日照りの時は涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き・・・」
つまり、具体的に何もできないけれど、一緒に困ったとおろおろしてしてくれる人がいるだけでも、人のこころを癒やしたり、なぐさめたりすることができる。それが重要だということです。
・「キサーゴータミー」という女性の話
・キサーゴータミーという若いお母さんが赤ちゃんを抱いてやってきました。しかしその赤ちゃんはすでに亡くなっていました。・・・ブッダに会うと、
「赤ちゃんが死んでしまったが、赤ちゃんを生き返らせてください」とお願いしました。
ブッダは、「わかった」と言いましたが、一つ条件を出しました。
「この町の家を一軒一軒回って、1人も死者をだしたことがない家がみつかったら、その家の人からケシの実を一つもらってきてください。そしてケシの実を三つ集めて私のところに持ってきてくれたなら、あなたの子どもを生き返らせましょう」・・・
しかし、死者を出していない家など一軒もありませんでした。・・・
「・・・愛する人の死は避けることができないものなのですね。死ぬというのが定めなのですね。世の中は無常だということに気づきました。私はあなたのおっしゃりたいことがよくわかりました。だからあなたに帰依します」
そうして弟子になったという話です。
・高野山大学の教授をしている友人の井上ウィマラさんから、貴重な解釈を聞くことができました。
それは
「あの説話は無常を説いたものではなく、”慈悲“をテーマにしたものなんですよ」
「私も赤ちゃん、亡くしたことがあるんだよ・・・」
琴線に触れる話を、尋ねていったお家で聞けたのではないか。
「人間は無常だ」で終わらせず、家々を回るのだと指示したのは、無常を共に抱えながら、助け合って、生きてい行くことの大切さを教えたのだと思うのです。苦しみというものを、分かち合いながら、励まし合いながら、生きていく・・・そのことにブッダは気付いてほしかったのでしょう。
・四国のお遍路
「仏は寺にはいあに。寺と寺のあいだ(地元の人のお接待)にいる」
とよく言われます。
・人間の疎外形態は二つあります。一つは「目的からの疎外」、もう一つは「目的への疎外」です。
お金から疎外されている状況は、すなわちお金がないということを意味します。
お金の方向に生きることが疎外されてしまっているのです。
お金への疎外
成金(世の中金) ↑ 金持ちになりたい貧乏人(全ては金だと言って貧乏)
← → お金からの疎外
お金もある自由な人 ↓ お金がない幸福人(人生金だけでない)
・いまここにいるということの意味が未来の目的を達成するためなのだと、常に「目的への疎外」を経験することで、私たちはいまを楽しめなくなっていきます。いま(アリとキリギリスの)アリとして生きていく、その目的を達成する生き方をすると、こころから楽しめる時間は非常に少なくなってしまうのです。
(高校の時に、好きなことをやりたいと言うと、「良い大学に入るため」。大学は「良い会社にはいるため」、会社に入ると「出世するため」言われれ好きなことをやらずに人生を過ごす)
・『人生の(逃げ場)-会社だけの生活かに行き詰っている人へ』上田紀行著
・鈴木大拙著『禅』
「悟り」は、めいめいが自分で体験しなければならない。
大拙の言いたいのは、自分の意思で、「悟り」に至ろうとする主体性が大事だということです。
・仏教の中心とは般若と大悲、つまり知恵(学問)と慈悲だというわけです。その両方がなければならないと大拙は言います。
「智と慈と両立しなくてはならぬ、というより、智は悲に属して動かなくてはならぬ。智は悲によってその力をもつのだということに気づかなくてはならぬ。ほんとうの自由はここから生まれて出る。」
知恵は慈悲によって支えられなければならない。知恵は慈悲によって力をもつ、という部分は秀逸です。
・「愛とは他を認めることであり、生活のあらゆる面において他に思いを致すことだからである」
・「生」つまり「命」をどう処するかという「処世術」を、いまこそ考えるときではないでしょうか。
・成功(出世)ばかりにこころを奪われないで、いま目の前にある仕事に誠実に取り組み、命をどう燃やすかということに集中すれば成長していけるのではないか。・・・それが大拙の言葉の根本にあります。
・「松は松として、竹は竹として、山は山として、河は河として、その拘束のなきところを、自分が主人となって、働くのであるから、これが自由である。」
一般的に、松が竹になれない、竹が松になれないのは不自由ではないかと思うかもしれれません。拘束されていると思いがちです。しかし松は松にしかなれないということは、拘束されているのではない。むしろ松が竹になろうという見方こそが、あなた自身が松になっていないのである、というわけです。
・あなたの中には、自分で気づいていない潜在的な能力があるはずです。それをまず育ててやることです。それによって、自在になんにでもなれる、ほんとうの松や竹になれる自由を手に入れられるということです。
・『生きる意味』上田紀行著
・スリランカで出会った日本人のおじいさん
・60歳で定年退職
・妻から「あなた、きょうも家にいるの?」(ご飯をつくらなければいけない)
(妻が自由にでかけられない)
⇒「そうか、俺が家にいることは、妻を幸せにしていないか」
・シルバーボランティア
スリランカの植林の仕事
⇒「じいちゃん、今度はいつ来るの?」
・日本に一度帰って、植林作業の風景を撮影したスライドを整理して、自分が卒業した高校の同窓会や町内会で上映ショーをしました。そのたびに募金をつのり、地道に資金を集めたのです。その資金で再びスリランカに行き、また植林をする。現地の人たちにも慕われていて、
「じいちゃん、また来た!」と歓迎してくれて、一段落すると、「で、じいちゃん、次はいつ来るの?」と、それが何年も続き、毎年スリランカに来るようになったというのです。
「自分の身体が動くのは、あと10年ぐらいかもしれない。でもね、あそこの山のあの地点までは、植林をするんだと思うと、ワクワクするんだよ」
この話のいいところは、このおじいさんがお金のためにも地位のためにもやっていないということ。そして現地の人たちにも夢を与え、みんなに希望を与えていて、もう無条件に好かれているところです。
さらに、カンパを呼びかけて支援してくれた日本人のイメージの中に、地肌が剝き出しになった山が青々としていく喜びを与えているところです。カンパした人に金銭的に助けられているけれど、その人たちの心の中にも希望と喜びを与えている。
最初は奥さんに煙たがられたけれども、そこから俺にもできることがあるんだと行動した。それは奥様にも感謝すべきかもしれない。家でお荷物だったものが、海を越えて花咲じいさんになったようなものです。
感想;
私も丁年より年早く退職しました。
自宅でHPに自分の知識をUpしようと思っていました。
ところ家内から「自宅でしないで」と言われてしまいました。
確かにそれまで朝は一人で起きてバナナを食べ、昼と夜は会社で食べていました。
家内は土日の昼と夜だけだったのが、毎日の昼と夜が増えるのですから大変です。
そこで考えてNHK放送大学院に入学して学習センターで作業をしました。
部屋は飲み食いができないので、通路に移動して飲んでいました。
しばらくしてコンサル先ができ、そこでも仕事をすることができるようになりました。
自信とは自ら信じる。
根拠のない自信を持つ(なんとかなる)ことができるかどうかなのでしょう。
そして弱ったときに支えてくれる考え方、人、あるいは宗教があると心強いのだと思います。
この本に出てくる人、生きる目的ややることが見つかると、思いもかけない力を発揮するようです。
そういう力は皆が持っているのでしょう。
やりたいことが見つかるかどうか、それがとても大きいように思いました。
そして何よりも気持ちの持ち方も大きいと思いました。