https://diamond.jp/articles/-/291679ダイヤモンドクォータリー編集部 2022.1.17 5:03
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)は、サプライチェーンの混乱、国境を超えた移動の制限など、これまでグローバルな経済活動の前提となっていた諸条件を大きく変化させた。また、米中のデカップリングの進展やステークホルダー資本主義の台頭も、グローバリゼーションの見直しを迫る要因となっている。一方で、国内の人口と市場の縮小が進む日本経済にとって、国際協調と自由貿易を前提としたグローバルな事業展開や人・資本の交流は、生き残りのために避けては通れない道である。グローバルな経済活動の流れを止めず、なおかつ国際社会と協調しながら成長を目指すために、ポストコロナの時代において日本企業はどのようなマネジメントを求められるのだろうか。
危機におけるリーダーのあるべき姿とは
早稲田大学 ビジネススクール 教授
内田和成 KAZUNARI UCHIDA
東京大学工学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。日本航空を経て、ボストン コンサルティング グループ(BCG)入社。2000年から2004年までBCG日本代表を務める。この間ハイテク、情報通信サービス、自動車業界を中心にマーケティング戦略、新規事業戦略、グローバル戦略の策定、実行支援を数多く経験。2006年度には「世界の有力コンサルタント、トップ25人」に選出。2006年より早稲田大学教授。著書に『リーダーの戦い方』(日本経済新聞出版、2020年)、『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(同、2015年)、『右脳思考』(東洋経済新報社、2018年)、『論点思考』(同、2010年)、『仮説思考』(同、2006年)など多数。
内田(以下略):飲食店やホテル・旅館など、人の移動や接触が前提となっているリアルビジネスをされている方々は深刻な損害を被っており、本当にお気の毒だと思います。
他方、グローバル経済の動きを見ると、必ずしも深刻な影響が続いているわけではありません。たとえば、世界貿易機関(WTO)の「中間財貿易に関するリポート」注)によれば、世界の中間財輸出は2020年第2四半期(4〜6月)に一時的に落ち込んだものの、それ以降は回復が続いており、21年第1四半期(1〜3月)は前年同期比20%増でした。国別の伸び率は中国が最も高く、アメリカ、ドイツが続いています。つまり、世界経済は相変わらず動いているのです。
注)中間財は、最終財の製造に投入されるもの。穀物やテキスタイル、金属など。
海外の主要国は早い段階から経済活動の再開を模索していました。日本はコンセンサスを重視する社会なので、反対する声があるとなかなか再開に踏み切れません。
国際通貨基金(IMF)の経済見通し(2021年10月発表)では、21年の先進国の実質GDP成長率予測は5・2%、日本は最も低く2・4%となっていますが、再開出遅れも影響しているでしょうね。世界の動きに合わせていかないと、グローバル経済において日本は過去の国になってしまうのではないかと懸念しています。
コロナ禍は危機ではありますが、企業経営においてピンチや変化はチャンスととらえるべきだと私は思います。合意形成を重視する日本では、世の中のムードが一色に染まりやすいところがありますが、閉塞感があってもしっかり前を向いている経営者もいます。
私が知っている運輸業界のある経営者は、コロナ禍で巨額の赤字を出しましたが、「大きな試練だけれども、これを乗り切れば新しい世界が待っている」と、けっして悲嘆に暮れたりしていません。
また、外食大手のある経営者は、「コロナ禍に限らず、危機はいつか必ずやって来る。それに備えるのが経営者の仕事だ」とおっしゃっていました。
危機の時代のリーダーは、今日を乗り切ると同時に、明日をつくっていかなければなりません。これが不得手なリーダーが日本には多いという印象を持っています。
少し古い話になりますが、
第二次世界大戦の最中、「欲しがりません、勝つまでは」を合い言葉に、国民はひたすら耐え忍んでいました。だけど、勝った後にどういう世界があるかということを示さないと、リーダーとしては失格です。
そもそも勝つことが本当にベストなのかということも考えなくてはなりません。総力戦で互いに疲弊し切って、勝つには勝ったけれども100あった経営資源のうち10しか残らなかったとしたら、それは正しい判断なのでしょうか。70、80の経営資源が残っている段階で、「これ以上無益な戦いはやめよう」と和平交渉をして、お互い新しい世界をつくっていくほうがよほど建設的です。勝つことだけ、生き残ることだけに汲々としていると、明日をつくることはできないのです。
先に述べた2人の経営者は、危機の中でも事業ポートフォリオを組み換えたり、ビジネスモデルを転換したりして、明日をつくろうとしている。リーダーとはそうあるべきだと思います。
リモートマネジメントが最大のチャレンジ
コロナ禍を契機に日本企業が見直すべき点があるとすれば、何でしょうか。
見直したほうがいいのは働き方ですね。それがコロナ禍で浮き彫りになったし、変えられることもわかりました。従来は、みんなが会社にいることが前提で仕事をしていましたから、オフィスにいる時間が長く、残業も多かった。
日本の一般的な住宅事情からすると、共働きの夫婦が別々の書斎を持つことはできないので、ステイホームで苦労した人も多いと思いますが、サテライトオフィスやシェアオフィスが増えていますし、これからは会社以外の場所で働く自由が広がっていくでしょう。
オフィスに集まることを前提にした働き方が、リモート前提に変わったことで、仕事ができる人とできない人も浮き彫りになりつつあります。
これは私がオンラインでワークショップを主催した時に、若い人たちが集まっているブレークアウトルーム(オンライン上の分科会)で聞いた話ですが、
「リモートワークで仕事が早く進むようになった」というのです。ミーティングはオンラインで済むので移動時間がなくなるし、報告だけならメールやチャットで十分。オフィスにいると物理的に組織の壁がありますが、リモートだとそれがないので、組織を超えて人が集まりやすい。そうすると、できる人だけ集めて、仕事をどんどん進められるというのです。
リモートになると組織の多層構造から離れて、有志がプロジェクトチームを組んで仕事を遂行するという働き方が増えるかもしれません。変化の速い時代には、そのほうが合理的です。
そうなると、ヒエラルキーの上にいて下から情報が上がってくるのを待っている人や「仕事はフェース・トゥ・フェースに限る」と言っている人は、「できない人」に分類されてしまうかもしれない。そして、自分が外されていることにすら気づかない。そういうことが起こりえます。
それは海外を含めたグループマネジメントにも影響してきますか。
先ほど述べたようにコロナ禍でも貿易は止まっていないし、むしろ増えています。すなわち、国境を超えた人とモノの動きはそれぞれ独立したものであるということです。ですから、人を動かさずにいかにスムーズにモノを動かすか、サプライチェーンやビジネスをマネジメントしていくかを日本は学ぶ必要があります。
これまでは、海外拠点に日本から社員を駐在または出張させ、人を動かすことでマネジメントしてきました。口づてで価値観や仕事のやり方を伝え、海外とも“あうんの呼吸”で仕事ができるようになることを理想としていました。
それを続けている限りは、現地の人材が育ちませんし、日本から箸の上げ下ろしまで指図されるような会社に優秀な人材が集まるとは思えません。コロナ禍で人の動きが制限されているのですから、これをチャンスだととらえて、人を動かさないマネジメントの仕組みを構築すべきです。
ポイントは、海外の人やモノの動きを可視化すること。そして、あうんの呼吸ではなく、仕事のプロセスやルールなどをすべて言語化、仕組み化して、遠隔でもシステマティックにマネジメントできるようにすることです。それが、日本の企業に課せられた最大のチャレンジでしょうね。
リモートでシステマティックにマネジメントできるようになれば、事業部門の特性に応じて部門トップは日本ではなく、海外にいたほうがいいというケースもありそうですね。
たとえば、ヨーロッパがその事業部門の中核市場なのであれば、ヨーロッパにトップがいるほうが合理的です。
かつて私が所属していたボストン コンサルティング グループでは、CEOすら本社にいませんでした。
名前の通りボストンが発祥で、初代と2代目のCEOはボストンを拠点にしていましたが、3代目はシカゴ。フランクフルトやニューヨークにCEOがいたこともあります。ボストンのオフィスでやっているのは、バックオフィス業務だけで、社内では本社という概念もありませんでした。
真にグローバル化が進めば、CEOや部門トップが日本の本社にいることに固執する必要はなくなると思います。
グローバル化の時代だからこそ企業としての個性発揮が大事
リモートでのマネジメントが進化していけば、日本企業も自然とグローバルスタンダードに近づいていくということですか。
そうではありません。日本で議論されているグローバルスタンダードは、ほとんどアメリカの話、つまりアメリカンスタンダード、ないしは英米のアングロサクソンスタンダードですよね。
それにアメリカの企業だって、一様ではありません。アメリカが株主資本主義からステークホルダー資本主義に変わったといわれますが、たとえば、
ジョンソン・エンド・ジョンソンのクレド(信条)には、「我々の第1の責任は顧客に対するものである」と明記されていて、第2が社員、第3が社会、株主は4番目です。スターバックスが掲げている価値観(Our Values)には、「私たちは、パートナー(従業員)、コーヒー、お客様を中心とし、Valuesを日々体現します」と書かれていて、株主はどこにも出てきません。
顧客のことを第一に考え、それを体現する従業員を大事にしていれば、おのずと社会から認められる存在になり、利益が上がって株主にも報いることができる。ずっとそう考えて経営を続け、エクセレントカンパニーと呼ばれるようになった会社がアメリカにもあるわけです。
欧米は人材の多様化が進んでいるから、日本もダイバーシティを高めなくてはいけないという議論もあります。総体的に正しいと思いますが、どの企業も一律に女性管理職比率を3割、4割にするとか、外国人の取締役を入れるといった話になると違和感があります。すべての会社を一律のルールで縛ると、金太郎飴的な会社ばかりになり、日本全体としてはむしろ多様性が失われます。
女性ばかりの会社があっていいし、取締役は外国人だけ、従業員のほとんどが高齢者という会社があってもいい。個別に見ると、組織の構成メンバーに偏りがあったとしても、全体で見ると多様性に富んでいる。それが本当の意味でのダイバーシティだと思いますし、そうでないと企業の個性がなくなってしまいます。
グローバル化の時代に何が一番大事かといえば、私は個性だと思います。アメリカのメジャーリーグでMVPに選出された大谷翔平選手も、誰の真似でもない二刀流で実績を上げたからこそ評価されました。他社がこうしているからとか、グローバルスタンダードがこうだからとか、そういう横並び意識を捨てて、世間の常識に囚われずに自分が信じた道を行く。
グローバル化の時代こそ、企業としての個性を発揮することが大事です。覚悟を持って人と違うことをやれるかどうか。これは経営者のリーダーシップの問題だと思います。
パンデミックによって社会経済システムを大きくリセットする必要性が高まったといわれます。株主資本主義からステークホルダー資本主義への転換の流れが速まると思われますか。
アメリカの経営者団体がステークホルダー資本主義への転換を宣言したから、それに合わせて「我が社も経営を根本から見直します」という経営者がいたら、私はちょっと違うんじゃないかと思いますね。
大事なのは、自分たちはどういう会社なのか、何のために存在しているのかを経営者が真剣に考え抜くことであり、それはパンデミックがあろうがなかろうが変わらないことだと思います。
アウトドア用品企業のパタゴニアは、サステナビリティ経営が求められるいま、時代の寵児となっていますが、「ビジネスは環境保護のためのツールだ」と公言してはばからない彼らは、かつてビジネス社会では完全に異質な存在でした。
しかし、彼らは世間にどう見られているかには関係なく、環境問題や社会問題に対して積極的に発言し、行動し続けてきました。みずからの信念に基づいて経営していたら、いつの間にか世の中の見方が変わっていたというのが実際のところだと思います。
未来予測はできないが想定して備えることはできる
世の中がどう変わるか、先は読めませんし、人が何を言うかをコントロールすることはできません。
しかし、自分たちは何のために存在し、どういう価値観で経営しているのかということを、少なくとも社員とはしっかりと共有したうえで、ぶれずに経営を続ける。そして、顧客や株主などのステークホルダーにも、自分たちの考え方を伝えていく。その結果、どう判断し、どう行動するかはそれぞれのステークホルダー次第です。
もちろん社会や環境に害をなすような経営は論外ですが、世の風潮が変わったから自分たちの信念を変えるというのはおかしいですし、すべての企業が同じ価値観で動いていたら全体主義的で気持ち悪いでしょう。
二大経済大国である米中のデカップリングが進んでいます。これからさらに進むようだと、両国との経済関係が深い日本は大きな岐路に立たされます。米中関係の行方をどう見ていますか。
正直なところ私にはわからないし、誰も正確に予測することはできないでしょう。できない予測に労力を注ぐことが賢明だとは思えません。
しかし、予測はできなくても、シミュレーションはできます。将来的に日本企業は、米中双方から踏み絵を踏まされる可能性があります。そういう事態を想定して、必要な備えをしておくことは重要です。
古今東西、そういう事態に備えたリーダーは結構います。皆さんもよくご存じの例でいえば、真田幸村(信繁)の父、昌幸です。昌幸は次男の幸村とともに関ヶ原の戦いでは西軍につきましたが、長男信之は東軍につかせました。それによって、豊臣家が滅んだ後も、真田家は生き残りました。
ヨーロッパでいえば、金融財閥のロスチャイルド家はドイツ・フランクフルトが発祥ですが、初代は5人の息子にパリやロンドン、ウィーンなど各国の支店を任せ、結果的に2度の大戦を切り抜けたパリとロンドンの分家は滅びなかった。
先ほど紹介した経営者の言葉のように、危機はいつ来るかわからないけど、来ることを想定して備えておくのが経営者の仕事です。シミュレーションに基づいてシナリオを書いておけば、実際に危機が訪れた時に判断がぶれることはありません。
ちょっと脱線しますが、私は中国の歴史書や小説を読むのが好きです。王朝の興亡を記した『十八史略』を読んでわかったのは、中国4000年の歴史では異民族王朝の時代のほうが長かったということです。人口的には漢民族が多数派なのですが、何度も異民族の支配を受けている。いまでも家族や親戚を非常に大事にして、世界中に散らばっていてもそのつながりを重んじている。あるいは、王朝が代わると貨幣も変わってしまうので、貴金属とか不動産などの資産に換えておく。そういう価値観は、異民族支配をくぐり抜けた知恵から生まれたものなのです。
日本は戦後の一時的を除くと異民族に支配された経験がないので、社会が根底からくつがえるような大きな変化を想定することに慣れていません。
これからは、企業も個人も、大きな変化を生き延びる知恵を学ぶ必要があるんじゃないでしょうか。
米国籍を持つ真鍋淑郎さんが2021年のノーベル物理学賞を受賞されましたが、真鍋さんが日本に帰らない理由を問われ、「私は調和的に生きる能力がないからです」と答えたことが話題になりました。日本社会の同調圧力が革新的な成果を生むことを阻んでいるとしたら、深刻な問題です。
研究の分野でもビジネスでも、やはりリスクを取って新しいことにチャレンジしないと革新的な成果は生まれません。経営者にそう申し上げると、「内田さんの言うこともわかるけど、もし裏目に出たらどうするんだ」と言う人がいます。
チャレンジに失敗は付き物です。沈みゆく船に最後まで残るのが経営者の仕事なのか、それとも船員たちと救命ボートに乗って大海にこぎ出すべきなのか。
もちろん、大海にこぎ出しても助かる保証はありません。嵐に遭うかもしれないし、食料が尽きてしまうかもしれない。チャレンジがうまくいかなければ、経営者をクビになる可能性もありますが、チャレンジを続ける過程で必ず人は育ちます。
ビジネスにも運、不運があります。経営者として名を残せなかったとしても、後事を託せる人材を育てることができたなら立派な経営者だと私は思います。それが冒頭に申し上げた明日をつくることにつながるからです。
明日をつくることを常に意識しながら今日を戦う。そういう覚悟が経営者には必要なのではないでしょうか。
構成・まとめ|田原 寛 撮影|加藤昌人
感想;
内田和成先生には、前の会社でコンサルティングを受けたことがあります。
その時の事務局を担当していましたので、いろいろお話を受けました。
印象に残っている言葉は下記です。
「コンサルは終わった後がスタートだ」
終わるとお客様を大切に扱わなくなりがちです。
大切にすることにより、その後のフォローをすることにより次につながるのです。
それと先生の著書『仮説検証』はセミナーでも紹介しています。
原因究明が難しい時は、仮説を立てて検証する。
もし違っていればまた違う仮説を立てて検証する。
その方が早く原因究明と対策ができるとの内容です。
その通りだと実感しています。