ドメスティックバイオレンス(DV)や賃金格差、親の介護と子育てなど、女性をとりまく困難の社会的背景や問題点は何か。社会学者の上野千鶴子さんと公認心理師の信田さよ子さんによる講演と対談が3月、熊本市で開かれた。NPO法人「ウィメンズ・カウンセリングルーム熊本」と熊本市男女共同参画センターが主催し、約400人が耳を傾けた。内容を詳報する。(本田彩子)
政治によって作り上げられた人災【上野千鶴子さん講演】
こんにちは。“生”上野千鶴子でこざいます。信田さよ子さんの前座を務めさせていただきます。 女性の地位の話をすると話が暗くなります。日本の女性は本当に働き者です。15~64歳の女性の就業率(2022年)は72・4%。なのに貧乏で地位が低い。なぜ? 半分以上が非正規雇用だから。非正規雇用は男女合わせて約4割。全体の約7割が女性です。
■新たな性別役割分業
今や共働き家庭が圧倒的多数になりました。理由は男の給料が減ったから。でも、稼ぎ主は父ちゃん。妻は補助収入のために低賃金で仕事に出る。男は仕事で、女は家事、育児、介護に加えて仕事。家の内外の超長時間労働で家庭を支える「新・性別役割分業」です。 こんな社会に誰がした? 政治です。1985年には男女雇用機会均等法と労働者派遣法ができ、雪崩を打つように雇用の規制緩和が進みました。(市場による自由競争を重視する新自由主義)ネオリベラリズム改革です。ふーん、と思うのはね、ジェンダー平等法制の整備と雇用の規制緩和って、手に手を取り合って進んできたんです。その心は何か。「女に都合良く働いてもらいたい」。そんな政権の意図がみえます。
■「BB(貧乏ばあさん)問題」
これまで女性が働くことを許さなかったのは、夫1人じゃない。時代遅れの税制・社会保障制度が女性に働くことを制限し、家計補助にとどめた。一つは61年の配偶者控除。これは「内助の功」への御褒美です。続いて85年の第3号被保険者制度。保険料を払わなくても主婦が基礎年金をもらえる。老人介護へのわずかな御褒美ですね。そして87年の配偶者特別控除です。 で、何が起きたか。私が敬愛する樋口恵子お姉さまが言う「BB=貧乏ばあさん」問題です。女は働いても低賃金で低年金、ずーっと死ぬまで貧乏ですよ。 均等法ができた85年とは-研究者の総括はこうです。「女性の分断元年」「女性の貧困元年」「女女格差元年」。働く女性は男並みに働け。それができない女性は二流の労働力に甘んじてもらう。育児と介護を頑張った女性には御褒美を、というわけです。
■「自己責任」にするな
改革の成果は日本のみならず、全世界で女性の長時間労働を進めました。その標語が「自己決定・自己責任」です。貧乏になったのは本人が努力しなかったからだと。驚くことに、この考えに多数が共感しているというデータもあります。 女性が困難に陥るのは自己責任でしょうか。いいえ、政治によって作り上げられた人災です。貧困やDVで女性が心身を病んでいても、心身の治療だけでは癒やせません。
私は言いたい。心の問題ではないことを心の問題にするな! 必要なのは個人の処方箋ではない。社会的処方箋です。
最近、女子高校生に今日と同じ話をしたら、こう言われました。「これからの社会は真っ暗だと分かりました」。誰のせいや。あんたらと私のせいや。「ごめんなさい」と言うしかない。こんなことは私たちの世代で終わりにしたい。私たちがノーを言わずに被害者であり続けることで、次の誰かの加害者になりうる。傍観者にならず、責任を果たしてほしい。それが千鶴子の願いです。
◆うえの・ちづこ
1948年、富山県生まれ。東大名誉教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。女性学・ジェンダー研究の第一人者。
家族間の暴力は全部つながっている【信田さよ子さん講演】
日本広しと言えど、上野千鶴子を前座にできるのは私ぐらいです。DVについて話したいと思います。 がん患者は治療体験を「キャンサー・ジャーニー(がんの旅)」と呼びます。DV被害者も同じ。回復までのプロセスが長いんです。各駅停車で途中下車をくり返し、一度戻ったと思ったら列車が故障する。「ビクティム・ジャーニー(被害者の旅)」なんです。
■「暴力を暴力として」
私は約20年前、内閣府DV加害者プログラムのワーキングチームの一員としてカナダのDV対策を学び、日本式の加害者プログラムを作りました。日本でどれだけのことができるだろうと思ったけれど、現在まで何もできていない。DV防止法で精神的DVが暴力だと認められるようになったくらい。加害者を逮捕することすらできないし、加害者プログラムに参加させる強制力もない。暴力を暴力として、適正な法的対処をしてほしい。私はずっとそう訴え続けています。
■当事者の認識乏しく
DVは加害者も被害者も、自己認識をするのが難しい。加害者は自分が被害者だと思い込んでいて、「俺を怒らせるな」と妻に言う。被害者である妻も、「自分が悪いから夫が暴力を振るう」と思う人が多くいる。夫の行為をDVと言えない女性にとって、被害を認めることは、ある意味“敗北”。DV夫を選んだのは自分だから、その選択を責任逃れするずるい行為だと思えてしまうんです。 2001年にDV防止法ができた当時、こうした被害者意識の錯綜(さくそう)が考慮されなかった。各地の婦人相談所では、殴られていたらDV被害者だと認め、シェルターへの入所、生活保護へとつなぐマニュアル対応が行われました。もちろん、一部の被害者にとっては迅速な介入なんだけど、殴る蹴るといったDVは氷山の一角。その下に性的DVや精神的DVが地層のように連なる。自分が被害者だと思えない人にとっては不十分な対応でした。 DVの本体は何か。「恐怖」だと思う。その恐怖は恐怖としてではなく、「緊張」として感じられる。夫が帰る時間が近づくと緊張が走る。食事の準備ができていないと夫は無言になり、時に怒鳴り、子どもにあたる。妻はその地雷を踏まないようにする-。この緊張こそ、DVです。
■包括的な支援が必要
家族の間で起きる暴力はたった一つ、ということはほとんどありません。DVが起きた時、必ず面前DVの問題が起きます。 実はDV加害者も多くが幼少期、親のDVを目撃している。最近の加害者プログラムでは、過去に被害を受けたことで次なる暴力の加害者になったことを本人に自覚させる、というやり方が広がっています。 他にもきょうだい間虐待、これは兄から妹への性虐待などですが、これも両親間にDVがあることが当然の前提。母から子への虐待も同じ。子どもの問題は子どもの問題だとして見過ごされがちですが、実際は家族間の暴力は全部がつながっているんです。私の考える包括的支援とは、DVと子どもの虐待とを一緒に考え、被害者・加害者支援の連携をとること。これらがバラバラだと、しわ寄せは必ず子どもにいきます。
◆のぶた・さよこ
1946年岐阜県生まれ。公認心理師・臨床心理士。原宿カウンセリングセンター(東京)顧問。日本公認心理師協会会長。日本におけるアダルトチルドレン、DV、母娘問題の第一人者。
上野さんと信田さん・質疑応答の主な内容
―「自己決定・自己責任」の考え方を打破するには。
上野 (置かれている困難な状況が)「私のせいではない」ということを知ること。周りの状況やデータにも目を向ければ世の中のしくみが見えてくる。男性が威張るのも男性自身の能力ではなく、社会構造の問題だと分かります。本を読み、学んでください。
信田 DVも同じですね。まずは自分は悪くないことを知る。DVは加害者の問題。虐待も親が子どもに「あんたがすべて悪い」と思い込ませる。家族の中で起きていることは、国が国民に対してやっていることの相似形なんですよ。
上野 その通り。大きな違いが一つあります。子どもは親を選べないが、国民は政府を選べます。 ―インターネット上で「DV」と検索すると、「被害者の心のあり方を変える法則」などが出てくる。
信田 そんなサイトは見ないで。DVの被害者に一切責任はない。よく被害者は自己肯定感が低いと言われるけれど、関係ないと私は考えます。自分の人生を考えてほしい。
―共同親権の導入に危機感を感じる。
信田 私は共同親権の導入に反対の立場です。DVがある事例は除外するというが、DVと認識されないものもあるからです。 今回は女性の問題として取り上げたが、DVの被害者には男性もいる。(精神的に)不安定な妻が家族の中で権力者となり、妻に殴られてあざをつくる夫もいるんです。でも男性にはDV被害の相談先が少ない。そうした現状があることも認めなければならない。
感想;
このお二人を呼び、講演して、対談してもらう。
なかなかできないことです。
DVは暴力だけでないこと、それは社会が生み出していることがよく分かりました。
ちょうど、信田さよ子さんの本を2冊読んだ後だったので、なおさらよく分かりました。
女性にDVして何が楽しいのでしょう。
それで社会のうっぷんが晴れるのでしょうか。
政治にもっとうっぷんを出すことだと思います。
女性を緊張状態にして何が楽しいのでしょう。
女性が楽しく居られることこと、男性にとっても楽しいのです。