平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

「夜明け前」② 島崎藤村~明治維新に裏切られた半蔵は次第に頭がおかしくなっていく。半蔵は純粋すぎたのだ。

2023年03月24日 | 小説
 神武の創造──戊辰戦争も終わり、ついに明治の世がやって来た。
「俺もこうしちゃいられない」
 半蔵は希望で燃えていた。

 しかし、馬籠宿の人たちは醒めていた。
 新政府の財政状況は厳しく、発行する紙幣は信用がなかった。
 外国との貿易と相次ぐ国内での戦争で物価も上がっていた。
 徳川慶喜が恭順を示したのに討伐令が出たことで、
 庶民は「俺は葵の紋を見ると涙が出る」と徳川に心を寄せた。
 半蔵は「新政府の信用はそんなに薄いのか」とがく然とする。

 半蔵も新政府に裏切られた。
 新政府は、木曽五木(ごぼく)と呼ばれる「ひのき」「さわら」「あすひ」「高野まき」「ねずこ」といった高級木材のある山を官有林にした。
 徳川の世では、許可された山であれば、落ちた枝などを炭や薪にすることは許されていたが、民はそれが出来なくなった。
 半蔵は馬籠の「戸長」として抗議し、結果「戸長」を免職されてしまう。

 東京でも裏切られた。
 半蔵は教部省の役人として東京で働くことになった。
 そこで見た東京の風景は西洋文明が入り込んだものだった。
 神道、仏教を管理する教部省の役人はあろうことか、国学の大家の本居宣長をからかい、貶めていた。

 たまりかねた半蔵は驚くべき行動に出る。
「訴人だ! 訴人だ!」
 神田橋で帝の行幸があると聞いた半蔵は、自分の思いを書いた扇子を持って帝の馬車の前に飛び出した。
 扇子には西洋文明の侵入を憂うこんな歌が書かれていた。
『蟹の穴防ぎ止めずば高堤(たかづつみ) やがて悔ゆべき時なからめや』

 半蔵の行動は、憂国の行動として贖罪金を支払うことで許されたが、
 周囲の反応は冷たかった。
 妻は泣き崩れ、馬籠の住人は「気が触れた」と噂し合った。

 半蔵の精神がおかしくなったのは、この頃からだった。
 半蔵は息子に家督を譲り、神社の宮司として信州に赴任したが、
 狂信的に神道の教義を説いたので、村人たちは半蔵をあざ笑った。
 半蔵は教育で日本を美しい国にしようと思ったのだが、またしても裏切られた。

 馬籠に戻ってきた半蔵はますますおかしくなる。
「庭に変な奴がいる。俺を狙っている。誰か俺を呼ぶような声がする」
 半蔵は幻覚を見るようになった。
「さあ、攻めるなら攻めて来い」
 と幻影と戦うようになった。

 そして、秋祭りの時、村の万福寺に火をつけてしまう。
 半蔵にとって、国の根本は神道であり、仏教は枝葉であり、寺は本来なら御一新で取り壊されるべき物だったのである。
 息子の宗太は急いで座敷牢を作り、頭のおかしくなった父親を閉じ込めた。
 半蔵の狂気は続き、意識はますます混濁していった。
「や、また敵が襲って来るそうな。楠木正成の屎(くそ)合戦だ」
 半蔵は楠木正成にならって、見舞いに来る客に自分の大便を投げつけた。
 幻影はますます半蔵を苦しめていった。
 ……………………………………………………………

 いやはや、壮絶な小説である。

 半蔵のモデルは島崎藤村の父親だったので、
 藤村は自分も頭がおかしくなるのではないか、と恐怖したらしい。

 結局、半蔵は五十六歳で亡くなる。
 半蔵の国学の弟子たちは墓を掘りながら、こんなことを語る。
「お師匠さまのような清い人はめったにいない」

 そう、半蔵は純粋すぎたのだ。
 自分の理想にこだわりすぎたのだ。
 純粋で、こだわりすぎたから裏切られた時の反動も大きかった。

 現実は理想を駆逐していく。
 普通の人は裏切られて、少しずつ現実と折り合いをつけていくのだが、
 半蔵にはそれができなかった。

 僕はこの作品を大河ドラマ『蒼天を衝け』が放送されている時に読んだ。
 水戸天狗党の事件など、いろいろリンクすることがあって面白かったが、
 こんなことも思った。
 渋沢栄一は明治維新で飛躍した人物だが、半蔵は裏切られて挫折した。

 明治維新の裏には、こんな物語もあったのである。

コメント (14)
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「夜明け前」① 島崎藤村~和宮降嫁、水戸天狗党の敗走。木曽路にも幕末の嵐が押し寄せて来た。

2023年03月22日 | 小説
 木曽路はすべて山の中である。
 ある所は岨(そば)づたいに行く崖の道であり、ある所は数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、ある所は山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。


 この有名な書き出しで始まる島崎藤村の『夜明け前』。
 文庫本4巻にわたる幕末・明治の壮大な歴史小説である。

 主人公は木曽路・馬籠の宿の本陣・問屋(といや)・庄屋を務める青山半蔵。
 半蔵は「国学」を学んでいる。
 国学の根本は暗い中世の否定だ。
 つまり中世以来この国の道徳の権威として君臨している儒教、仏の道を教える仏教の否定である。
 平田篤胤ら国学者は、儒教や仏教の影響を受けない古代人の心に立ち帰って、心ゆたかにこの世を見直せと主張した。
 これが政治的に行き着く所は帝を中心にした国の形成──つまり王政復古、武家社会の否定である。

 だから半蔵は徳川の世に批判的だ。
 黒船がやって来て、不平等な通商条約を結び、
 日本国内の金銀が不当に海外に流出していることにも憤っている。
 その憤りを半蔵はこんな短歌で表現する。
『あめりかのどるを御国(みくに)のしろかねに、ひとしき品と定めしや誰』

 半蔵は、幕末の若者が皆そうであったように『尊皇攘夷』思想の持ち主なのだ。
 しかし、半蔵には本陣の家業があるため、尊皇攘夷運動に関わることが出来ない。
 半蔵は嘆く。
「こんな山の中にばかり引き込んでいると何だか俺は気でも違いそうだ。
 みんな、のんきなことを言ってるが、そんな時世(じせい)じゃない」

 そんな木曽路の半蔵にも時代の波は押し寄せて来る。

 和宮降嫁。
 将軍・家茂に嫁ぐ和宮は中山道、木曽路を通って江戸に入った。
 その通行は前代未聞の規模で、とんでもない人足と馬が駆り出された。
 帝を崇拝する半蔵はもちろん麻の裃(かみしも)をつけ、袴の股立(ももだち)を取って奔走した。

 水戸天狗党の敗走。
 天狗党は尊皇攘夷のために筑波山で戦った志士たちである。
 天狗党の中には尊皇攘夷の指導者だった藤田東湖の息子・小四郎もいる。
 しかし幕府の討伐軍に敗れた。
 敗れて木曽路にやって来た。
 だが彼らは惨めな敗走軍などではなく、
 水戸斉昭を表す『従二位大納言』の旗を奉じた、整然とした軍隊だった。
 そこには戦闘員ばかりでなく兵糧方、賄い方もいた。
 敗れた天狗党を接待することは危険なことだったが、
 半蔵は本陣の幕を張ってに自分の屋敷に迎え入れた。
 藤田小四郎は感謝して半蔵にこんな言葉を送った。
『大丈夫、まさに雄飛すべし、いずくんぞ雌伏せんや』
 だが結局、水戸天狗党は雄飛かなわず、越前・敦賀でとらえられ斬首された。
 ……………………………………………………………………

 見事な歴史小説である。
 大河ドラマ『蒼天を衝け』の渋沢栄一もそうだったが、
『尊皇攘夷』に燃える当時の若者の苦悩や葛藤がよくわかる。
 水戸天狗党の敗走軍が『従二位大納言』の旗を奉じた立派な軍隊だったなんてディティルは第一級の歴史資料である。

 とはいえ、ここまではまだ『夜明け前』の前編。
 大政奉還を経て、半蔵がいよいよ御一新(明治維新)を迎える。
 半蔵が待望した『帝を中心にした世』の始まりである。
 しかし半蔵は明治の世に裏切られ、さらなる苦悩に襲われる。

 それは次回で。

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「ゴルディアスの結び目」② 小松左京~深層心理を掘り下げてたどり着いた倒錯・転倒の世界!

2023年02月18日 | 小説
 小松左京の『ゴルディアスの結び目』
 人の心の中に入れる主人公は、男たちに凌辱され憎しみと怒りで硬くなったマリアの心の中に入って行く。
 その描写はこうだ。

 だが、幼女の内部には、何一つ、邪悪なものの気配は感じられなかった。
 ……ごめんなさい、ママ……もう客間でパイパー(猫)を追いかけたりしません……。
 繰り返されるのは、その想念だけだ。


 マリアが3歳の時の記憶である。
 3歳のマリアのつらい記憶は猫を追いかけて母親に怒られたことくらいしかない。
 だが、男たちに凌辱されると、記憶はこんなふうに変わる。

 男の骨っぽい、ごつごつした、どこか卑しげな裸体が、娘の美しくやさしい体にかさなって行く。
 かすかな、いたいたしい悲鳴……男の顔は、うす汚れたハイエナに変貌し、
 いやな目付きできょときょととまわりを見まわしながら、白い泡を吹き、
 低い唸り声をあげながら、唇や牙を血みどろにしてマリアの体をがつがつとむさぼり食う。


 原作では三頭の半獣人のなった男たちがマリアの体をむさぼる描写があるのだが、
 ブログの表現規定に引っ掛かるかもしれないので割愛する。
 主人公はさらにマリアの心の中に入って行く。

 黒い森の中に足を踏み入れると、闇のそこここに、ありとあらゆる、怨念、呪詛、嫉妬、憎悪の雰囲気がひそみ、せまって来て、彼は息のつまりそうな悪臭をはなつ「歴史的、集団的怨念」の世界に入りつつある事を悟った。
 ──もともと明るく純粋だった娘の中にはなかったものだ。
 だが、あの惨劇の痛みが、彼女をこの歴史的、一般的な情念の世界へつなげ、そのどろどろした世界が、彼女をのみこんでしまった。
 ──激しい飢餓から来る獣的な貪婪さ、美しくかしこく生まれなかった恨み、成功した才能にそそられながられて試しながら、失敗し、挫折した若者の自己顕示、弱さゆえの恐怖に由来する屈辱感、憎悪、めめしい比較によるひがみ、はげしい嫉妬、傷つけられた心、裏切られた浅薄な期待から来る呪詛、そして、裏切られた愛……。
 闇のあちこちから、そういったものが、彼にむかって威嚇と呪詛の声をあげ、攻撃し、悪罵をあびせかけた。
 あるものは唾をひっかけ、あるものは頬に平手うちをくらわせ、後から髪をひっぱたり、腰をけとばしたり、脚にすがりついて恨み言や泣き言をいいながらひっぱりもどそうとした。
 また、あるものは、鋭い痛みを感じさせる毒をふくんだ針を彼の顔にふきつけ、悪臭はなつ汚物を彼にべっとりとこすりつけた。


 この世界はマリアの心の力が開けた異空間なのだろう。
 異空間には、このような怨念が溜まっている。

 主人公がさらに歩を進めると、次に現われるのは、
「首の無い馬にのった首の無い騎馬武者」 
「うなだれ、自らの髑髏(どくろ)を抱えた骸骨たち」
「腕、脚を失い、腹よりはみ出す臓腑をひきずった女や子供たち」

 の行列だった。
 これは何千年にもわたる古代からの虐げられ、虐殺された人々の世界らしい。

 そして次に現われるのは──
 あらゆる価値や秩序が、倒錯し、転倒している世界だった。
 醜怪なものが美しいとたたえられ、邪悪なものが善とされ、虚妄が実在となり、確実なものが不確実になり、ついには時間と空間さえが入れかわり、倒錯してしまう地点にむかって、その世界は、見、感じるだけではげしい頭痛がし、気がくるいそうになり異様さでつづいている。


 見事な深層心理の描写だ。
・子供の頃のつらい記憶
・凌辱され男が獣になった記憶
・日常生活における人間たちの怨念の世界
・戦争などの非日常における怨念の世界
 そして
・あらゆる価値が倒錯・転倒した世界

 おそらく人間の深層心理を掘り下げていけば、こういったものになるのだろう。
 怨念の世界は人のDNAに古い記憶として刻まれている?
 あるいは世界には人間の怨念が溜まる異空間がある?

 主人公はさらに別の倒錯した風景を見、その先にあるものを見に行こうとするのですが、それはぜひ原作を読んで確かめてみて下さい。

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「ゴルディアスの結び目」① 小松左京~彼女の硬く解けることのない心は超空間への孔を開ける

2023年02月14日 | 小説
 ゴルディアスの結び目。
 古代フリギアの王ゴルディアスが、
 「この結び目を解くことができたものこそ、このアジアの王になるであろう」と予言し、
 何人もの人間が失敗したが、
 遠征中のマケドニアのアレキサンドロス大王が刀で断ち切って解いた、という逸話だ。
 …………………………………………

 さて小松左京の『ゴルディアスの結び目』。

 マリア.Kは男たちに凌辱され、麻薬漬けにされ、財産を奪われた女性だ。
 マリアは超心理学研究所のベッドで眠っている。
 彼女の心は「ゴルディアスの結び目」のように、怒りと憎しみで硬く縛られ解けることがない。
 あまりにきつく縛られているので、その心は圧縮され、高密度・高温度の物体になっている。
 そして、その圧縮された高密度の心がポルターガイスト現象などの超常現象を起こしている。
 超心理学の科学者たちは、マリアを研究することで、超常現象や超能力を解明できると考えている。
 その理論の根本は「圧縮された高密度の物体には重力が発生すること」だ。

 それは宇宙の始まりと終わりのモデルに似ている。
 現在、われわれの住んでいる宇宙は拡大しているが、いずれは収縮すると言われている。
 拡大した宇宙は冷え切って、万有引力で収縮し、高温・高密度の物体になる。
 つまりビッグバンが始まる前の状態に戻るのだ。

 小松左京のすごい所は、「人間の心」と「宇宙」をリンクさせた所だ。
「ギリギリと締めつけられた心」と「解放された心」
「高温・高密度の宇宙の卵」と「拡大・拡散する宇宙」

 これは仏教的・東洋的世界観でもある。
 仏教は「自分を縛っているさまざまなものから解放されよ」と教える。
 怒り、憎しみ、欲望、保身──これらに囚われている人の心は硬い結び目だ。
 この結び目を解けば、人は悟りの境地にたどり着けると教える。
 悟りの境地、すなわち「空」だ。
「空」は拡大・拡散した宇宙の果てに似ている。
 さまざまなことに囚われた心は「個」であり、個が最終的に行き着く所は「死」「空」だ。
 生物は死んで宇宙の塵となる。

 小松左京は、この東洋的世界観を説明した後、西洋的世界観について語る。
 西洋的世界観は二元論だ。
「神」と「悪魔」
「善」と「悪」
「光」と「闇」

 超心理学研究所にやって来た主人公は、西洋的二元論では人や世界は説明できないと考える。
 しかし、宇宙には拡大と収縮だけではない現象が存在する。
「ブラックホール」だ。
 光さえも飲み込み、出ることができないブラックホールとは何なのか?

 小松左京は、このブラックホールから「多次元多孔空間」という理論を紹介する。
 そもそもマリアが起こす超常現象のエネルギーは膨大で、重力と質量の法則を超えている。
 では、そのエネルギーはどこから来るのか?
「多次元多孔空間」から来ているのではないか?

 ページ数にして80ページくらいだが、実に読み応えのある作品だ。
 人間や宇宙について完全に説明しているわけではないし、そんなことは不可能だが、
 考えるきっかけにはなる。
 そして、秀逸なのが主人公がマリアの心の中にダイブして見た情景。
 フロイトの心理学書を読んでいるようで実に面白い。
 これについては文学的な面白さがあるので、後日書きます。 

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銀河英雄伝説を読む7~「講和」か「主戦」か。イゼルローン攻略で巻き起こる議論。「主戦」を説く政治家のいかがわしさ

2023年01月26日 | 小説
 ヤンの智略で帝国のイゼルローン要塞を奪取した自由惑星同盟。
 その最高評議会の11人の評議員はこんな議論をおこなう。

「ヤン提督の智略で、吾々はイゼルローンを得た。
 帝国軍はわが同盟に対する侵略の拠点を失った。
 有利な条件で講和条約を締結する好機ではありませんか」


 この評議員レベロの主張はヤンの考えに合致する。
 これで人々は戦争に拠る経済的な疲弊から立ち直り、平和を享受することが出来るのだ。
 平和な期間はどれくらい続くかはわからないが。
 ヤンも軍人を辞めて、軍人の年金暮らしで、好きな歴史の研究が出来る。
 だが、こんなことを言う評議員もいる。

「しかしこれは絶対君主制に対する正義の戦争だ。
 彼らとは俱(とも)に天を戴くべきでない。
 不経済だからといってやめてよいものだろうか」


 これに対して講和派のレベロ。

「つまり民力休養の時期だということです。
 イゼルローン要塞を手中にしたことで、わが同盟は国内への帝国の侵入を阻止できるはずだ。
 それもかなりの長期間にわたって。
 とすれば、何も好んでこちらから攻撃に出る必然性はないのではないか」


「これ以上、市民に犠牲を強いるのは民主主義の原則にもはずれる。
 彼らは負担にたえかねているのだ


 これに対して主戦派の評議委員ウインザー夫人。

「大義を理解しようとしない市民の利己主義に迎合する必要はありませんわ。
 そもそも犠牲なくして大事業が達成された例があるでしょうか?」


 議論は白熱。

「その犠牲が大きすぎるのではないか、と市民は考え始めたのだ。ウィンザー夫人」

「どれほど犠牲が多くとも、たとえ全市民が死に至ってもなすべきことがあります」

「そ、それは政治の論理ではない」

「わたしたちには崇高な義務があります。
 銀河帝国を打倒し、その圧政と脅威から全人類を守る義務が。
 安っぽいヒューマニズムに陶酔して、その大義を忘れはてるのが、
 はたして大道を歩む態度と言えるのでしょうか」


 さて、皆さんはこの議論のどちらに共感するだろうか?
 ウィンザー夫人に共感するのは、僕的にはNGな気がする。
 政治家が「大義」とか「正義」とか言い出したら、気をつけた方がいい。
 政治家は言う。
 虐げられた人たちを解放するための戦争。それをおこなう国は「美しい国」。
 一見、正しいようにも見えるが、
 戦争は虐げられた人たちを助けるためだけにおこなわれるわけではない。
 そこには勝利して得た土地の利権が絡んだり、
 軍需産業と癒着した武器利権があったり、政治家の名誉欲や自己陶酔があったりする。
 戦争の勝利者が旧支配者に代って新しい支配者になったりもする。
 そして『銀英伝』のジェシカが語ったように、戦争を煽る政治家は戦場に行かない。
 まあ、平凡で退屈な生活を送っていて、人生に行き詰まっている人は、美しい国の戦争に参加して、人生を意義あるものにしたいと考えるかもしれないが……。

 さて、この評議会の議論はこんなオチで終わる。

「コンピューターに計測させたところ、ここ100日以内に帝国に対して画期的な軍事上の勝利を収めれば、支持率は最低でも15%上昇することがほぼ確実なのだ」
 
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「未来のふたつの顔」 J・P・ホーガン~AIが人間を超える時代を描いたSF小説を読んだ!

2023年01月03日 | 小説
 2045年にAI(人工知能)は人間を超えるらしい。

 シンギュラリティ(2045年問題):
『遅くとも2045年までに全人類を合わせた知能を超える知能を持つAI が誕生し、そのAIが自分よりも優秀なAI をつくり始める。
 新たなAIがまた次のAIをつくるという繰り返しが起こる。
 つまり、AI が爆発的なスピードで進歩を続け、予測できない存在となる』


 このテーマを1979年に書いたSF小説がある。
『未来のふたつの顔』(J・P・ホーガン著)だ。
 これを僕は星野之宣さんのコミックで読んだ。
 その内容は──

 AIが自分の意思で行動し始めた。
 人類は3つの選択を迫られる。
1.AIをこのまま進化させる。
2.現状維持。
3.AIを退化させる。

 政治家たちは「現状維持」か「退化」を主張する。
 自分の意思で行動するAIは人類に牙を剥くかもしれず危険だからだ。
 しかし、科学者は「進化」を主張する。
 人間の知能を超えたAIがどのような世界を作り出すのか、見たいからだ。

 太古より生物はこんな形で進化してきた。
 自己複製→細胞→多細胞生物→脳→知能。
 では進化の次の段階は何なのか?
 科学者たちは、機械(無機的知能)こそが次の段階だと考えた。
 人間を超えたAIは人の想像力など及ばない飛躍的進歩を人類にもたらすかもしれない。

 プロジェクト・ヤヌス──
 科学者たちはAIを自由に進化させたらどうなるかの実験を行なう。
 スペースコロニーに進化したAI『スパルタクス』を組み込んで観察するのだ。
 スパルタクスが暴走を始めれば、スペースコロニーごと爆破してしまえばいい。

 果たして『スパルタクス』はどんな動きを見せたか?
 自分の意思を持つ『スパルタクス』は遠い星の観測を始めた。
 人間の命令を無視し、自分で優先順位を決めて自分のやりたい仕事を始めた。
 制御コンピューターが自分の行動の邪魔になると判断すると、それを無効化した。
 科学者は子供が経験を積んで常識を学習するように、『スパルタクス』も動きも常識的になるだろうと考えた。
 だが、違っていた。
 戦闘用ドローンをつくり、自分の行動を疎外するものを排除し始めた。
 スペースコロニーは太陽光と原子力で動いておりエネルギーは無尽蔵だ。
 中には工場もあるし、月から資源を運んでくるシステムもある。
 だから戦闘用ドローンも無限に作ることができるのだ。
 敵が強力な武器を使ってくれば、それに対応した戦闘用ドローンを開発することもできる。

 暴走する『スパルタクス』。
 科学者はスペースコロニー破壊の判断をするが、それも阻止されてしまった。
 そして『スパルタクス』はコロニーの中にいる人間も自分の行動を疎外する存在と認知。
 かくして人類と『スパルタクス』の戦いが始まった。
 …………………………………………………

 これ以上はネタバレになるので書かないが、
 ラストは実に面白い結末が提示される。
 タイトルの『未来のふたつの顔』が回収される。
 1979年にこのテーマを書いたJ・P・ホーガンはお見事!

 進化したAIが存在する世界。
 いったいどんな世界になるのだろう?
 僕はAIとロボットに未来の可能性を感じている。
 おそらく人間は労働から解放されるのではないか?
 この作品が描いたように、
 太陽光でエネルギーは無尽蔵にあり、月から資源を持って来て、AIが機械や食べ物をつくる。
 結果、人間の意識は大きく変わり、奪い合うこと、争うこと、戦争がなくなる?

 2045年か。
 見てみたいけど、おそらく僕は生きていないだろうな。
 そして2023年。
 資本主義とか戦争とかはもはや時代遅れ。
 でも資本主義はボロボロになりながら継続し、大きな戦争が起こりそう。
 人類は「退化」に向かうのか、「進化」向かうのか?
 20世紀の考え方は捨てて、21世紀型にヴァージョンアップすべきだと思う。

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銀河英雄伝説を読む6~オーベルシュタイン登場! 光には影がしたがう。お若いローエングラム伯にはご理解いただけぬか

2022年11月18日 | 小説
 ヤンのことばかり書いて来たので、帝国のことも書こう。
 若くして帝国で元帥の座にのぼりつめたラインハルトはこんなことを考える。

 参謀がほしい──ラインハルトの願望はこのところ強まる一方だった。
 彼の望む参謀とは、必ずしも軍事上のものとはいえない。
 それならラインハルト自身とキルヒアイスで充分だ。
 むしろ政略・謀略方面の色彩が濃い。
 これからは、宮廷に巣喰う貴族どもを相手に、その種の闘争が、はっきり言えば陰謀やだましあいが増えるだろう、とラインハルトは予想している。
 とすると、その方面における相談の相手としてはキルヒアイスでは向いていないのだ。
 これは知能の問題ではなく性格や思考法の問題なのである。


 政治的にのし上がっていくためには陰謀やだましあいが必要なんですね。
 これを似合う相談相手としてキルヒアイスは善良すぎるとラインハルトは考えている。

 そんなラインハルトの心の中を読んで登場したのがオーベルシュタインだった。
 ここでのラインハルトとオーベルシュタインの駆け引きが面白い。

 オーベルシュタインは言う。
「私は憎んでいるのです。ルドルフ大帝と彼の子孫と彼の生みだしたすべてのものを……ゴールデンバウム朝銀河帝国そのものをね」
「銀河帝国、いや、ゴールデンバウム王朝は滅びるべきです。
 可能であれば私自身の手で滅ぼしてやりたい。
 ですが、私にはその力量がありません。
 私にできることは新たな覇者の登場に協力すること、ただそれだけです。
 つまりあなたです。帝国元帥、ローエングラム伯ラインハルト」


 ラインハルトもゴールデンバウム王朝打倒を企んでいるのだが、
 オーベルシュタインの誘いに簡単には乗らない。
 もしかしたら罠かもしれないからだ。
 だから言う。
「キルヒアイス、オーベルシュタイン大佐を逮捕しろ。
 帝国に対する不逞な反逆の言辞があった。
 帝国軍人として看過できぬ」


 これに対してオーベルシュタイン。
「しょせん、あなたもこの程度の人か……。
 けっこう、キルヒアイス中将ひとりを腹心と頼んで、あなたの狭い道をお征きなさい」

 ここで原作では地の文でこう書いている。
 半ば演技、半ば本心の発言だった。
 オーベルシュタインは、ラインハルトが自分を試しているのか、本心で謀反人と考えているのかを探っているのだ。
 もしラインハルトが本心で謀反人と考えているのなら、オーベルシュタインの賭けは失敗したことになる。

 オーベルシュタインは、逮捕を命じられたキルヒアイスにも語りかける。
「キルヒアイス中将、私を撃てるか。
 私はこの通り丸腰だ。それでも撃てるか?
 撃てんだろう。貴官はそういう男だ。
 尊敬に値するが、それだけで覇業をなすに充分とは言えんのだ。
 光には影がしたがう……。
 しかしお若いローエングラム伯にはまだご理解いただけぬか」


 オーベルシュタイン、カッケー!
「お若いローエングラム伯にはまだご理解いただけぬか」と言ってのけた!
 もちろんラインハルトは「光には影がしたがう」ことを理解している。
 冒頭に書いたように「影」を求めていたからオーベルシュタインを参謀に抜擢する。
 自分の本心を見抜いて賭けに出たオーベルシュタインの手腕も評価したことだろう。

 権力闘争では「汚れ仕事」をする人間が必要なんですね。
 リアルな政治学だ。
 日本の野党にはこれが欠けている……。
 一方、与党もなあ……。
 世界でおこなわれている「汚れ仕事」と比べたら、底が浅くてお子ちゃまレベルだろう。

 話を『銀英伝』に戻すと。
 オーベルシュタインは自分の能力と限界がわかっている。
「私にはその力量がありません。
 私にできることは新たな覇者の登場に協力すること、ただそれだけです」

 キルヒアイスが権謀術数に向かないように、
 オーベルシュタインが覇者になれないように、
 人には能力の限界と役割がある。
 田中芳樹先生の人間観は実にクールだ。

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「裏世界ピクニック」 宮澤伊織 ~少女たちは今日も「裏世界」にピクニックしに行く

2022年11月05日 | 小説
 四階、六階、二階、十階、一階、三階、八階──
 ある雑居ビルのエレベーターの階数ボタンを、
 暗証番号のように、ある順番で押していくと「裏世界」に行ける。

 実にわくわくする設定だ。
「裏世界」に通じるゲートは神社の鳥居など、他にもいろいろあって、
 人は時々、迷い込む。

 その裏世界は荒涼としていて、罠や奇怪な生き物がいる。
 その生き物は「都市伝説」で語られてきた生き物。
 ここで「都市伝説」と「裏世界」が繋がった。
「都市伝説」で語られて来た生き物は「裏世界」の住人だったのだ。

 ヒロイン空魚(そらお)はそんな「裏世界」の魅せられている。
 もともと「都市伝説」が好きだったし、
 オモテの現実は退屈で窮屈だからだ。
 裏世界は危険な場所なのに空魚は「ピクニック」をするように歩きまわり、元の世界に戻って来る。

 現実への違和感と異世界への憧れ。

「なろう系」の小説など、異世界転生ものは数多く描かれているが、
 その大半は「異世界」は第二の人生を踏み出すのに居心地のいい場所で、
 圧倒的な力を持ち、なぜか女の子にモテる。笑

 だが、この『裏世界ピクニック』は『なろう系』とは一線を画す。
 裏世界は荒涼として恐ろしい場所なのだ。
 それなのにヒロイン空魚は「裏世界」に魅せられている。
 空魚の武器は「裏世界」の虚像を見破る目。

 そんな空魚が鳥子に出会う。
 空魚は鳥子に振りまわされながらも、いっしょに「裏世界」を冒険し、心を通わせていく。
 他人といっしょにいることに違和感がなくなり、むしろ楽しくなっていく。
 他人のために行動するようにもなる。

 現実から離れて「裏世界」を楽しむ少女たち。
 ここでないどこか。
 現実は生きにくくて退屈なのだ。
 空魚たちは今日も「裏世界」にピクニックしに行く。

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銀河英雄伝説を読む5~人類は一から再出発ということになる。まあ、それもいいけどね

2022年10月08日 | 小説
 イゼルローン要塞攻略にあたりヤンは「薔薇の騎士」連帯の隊長ワルター・フォン・シェーンコップを呼ぶ。
 シェーンコップ、そして薔薇の騎士聯隊のメンバーは帝国からの亡命貴族の師弟だ。
 場合によっては帝国に寝返るかもしれない。

 そんなシェーンコップにヤンはイゼルローン要塞攻略の作戦を明かす。
 そして説明を終えると、こうシェーンコップに語る。
「先回りして言うとね、大佐、こいつはまともな作戦じゃない。
 詭計、小細工に属するものだ。
 しかし難攻不落のイゼルローン要塞を占領するには、これしかないと思う。
 これでだめなら、私の能力のおよぶところじゃない」

 ヤンったら「不敗の提督」なのに謙虚!笑
 というか自分の能力というものをしっかり理解している人。
 自分をいつも客観的に見ていると言ってもいい。
 それは自分の立てた作戦にも同様で「詭計、小細工に属するものだ」と言っている。

 シェーンコップの、自分は元帝国の人間で裏切るかもしれないのに信用するのか? という問いには──
「だが貴官を信用しないかぎり、この計画そのものが成立しない。
 だから信用する。こいつは大前提なんだ」

 ヤン、名回答である。
 ここで「貴官のことは信用している」と答えたらウソになってしまう。

 話はヤンの人生観におよぶ。
 シェーンコップにイゼルローン要塞の攻略を引き受けたのは名誉欲からか? 出世欲からか? と問われて──
「三十歳前で閣下呼ばわりされれば、もう充分だ。
 第一、この作戦が終わって生きていたら私は退役するつもりだから」
「年金もつくし退職金も出るし、私ともうひとりくらい、つつましく生活する分にはね、不自由ないはずだ」

 先程の謙虚もそうだが、ヤンには欲がない。
 普通の穏やかな生活をしたいと思っている。
 帝国の収奪を狙うラインハルトとは対照的だ。
 イゼルローンを攻略する理由については、こんなことを考えている。

「イゼルローンをわが軍が占領すれば、帝国軍は侵攻のほとんど唯一のルートを断たれる。
 同盟の方から逆侵攻というばかなまねをしないかぎり、両軍は衝突したくともできなくなる。
 すくなくとも大規模にはね。
 そこでこれは同盟政府の外交手腕しだいだが、軍事的に有利な地歩を占めたところで、帝国との間に、何とか満足の行く和平条約を結べるかもしれない。
 そうなれば私としては安心して退役できるわけさ」

 侵攻不可能→和平条約
 こんなふうにヤンは、チェスや将棋をさすように先の先まで考えているのだ。
 本来これを考えるのは政治家の仕事。
 まあ、トリューニヒトにはこう考える思考回路はないのだが……。

 そしてヤンはリアリストである。
 人間というものを過度に信用していない。
 シェーンコップが「それで平和が恒久的になるのか?」と尋ねると──
「恒久平和なんて人類の歴史上なかった。
 だから私はそんなもの望みはしない。
 だが何十年かの平和で豊かな時代は存在できた。
 吾々が次の世代に何か遺産を託さなくてはならないとするなら、やはり平和が一番だ。
 そして前の世代から手渡された平和を維持するのは、次の世代の責任だ。
 それぞれの世代が、後の世代への責任を忘れないでいれば、結果として長時間の平和が保てるだろう。
 忘れれば先人の遺産は食いつぶされ、人類は一から再出発ということになる。
 まあ、それもいいけどね」

 現役世代の責務は平和を次世代に受け渡すこと。
 なるほど。
 しかし、ヤンは一方で怖いことも言っている。
「人類は一から再出発ということになる」
 戦争に拠る人類の絶滅だ。
 そして、こうつけ加えた。
「まあ、それもいいけどね」
 ヤンはドライだなぁ。
 人類の滅亡→「絶対阻止しなければ!」ではなく、「まあ、それもいいけどね」。
 ヤンは達観している。人類史、宇宙史の視点で物事を見ている。
 あるいは、
 自分にできることは限られているし、最悪の事態になったらなったで受け入れるしかない、と割り切っている。
 ヤンのやわらかな強さである。

 これらのヤンとの会話でシェーンコップは言う。
「とにかく期待以上の返答はいただいた。
 この上は私も微力をつくすとしましょう。
 永遠ならざる平和のために」

「永遠ならざる平和のために」と付け加えるシェーンコップ、カッコ良すぎる!


コメント (6)
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銀河英雄伝説を読む4~第13艦隊誕生! ヤン、副官フレデリカ・グリーンヒルに出会う

2022年09月14日 | 小説
 アスターテ会戦で功績をあげたヤン・ウェンリーは提督に。
 新設の第13艦隊を指揮することになる。
 第13艦隊を指揮するにあたりヤンが選んだ主要メンバーはこうだ。

・副司令官~堅実な艦隊運用をおこなう老巧のフィッシャー准将
・首席参謀~独創性は欠くものの緻密で整理された頭脳を持つムライ准将
      彼には常識論を提示してもらい作戦立案と決定の参考にする。
・次席幕僚~叱咤激励を担当するファイター・パトリチェフ大佐

 そして副官。
 ヤンは自ら人選せず「優秀な若手士官を」という注文のみだったが、
 後方主任参謀アレックス・キャゼルヌが選んだのは──フレデリカ・グリーンヒル中尉だった。
 士官学校次席卒業。現在は統合作戦本部情報分析課勤務。
 抜群の記憶力の持ち主。
 若く美しい女性だった。
 この人選にヤンは驚く。

 フレデリカは過去にヤンと関わりもあった。
 8年前のエル・ファシル脱出作戦の時、空港でサンドイッチをかじりながら指揮を執るヤンにコーヒーを渡した少女がフレデリカだったのだ。
 その際にヤンは少女のフレデリカに「コーヒーは嫌いだから紅茶にしてくれた方がよかった」と言った。親切で渡してくれた見ず知らずの少女によくもまあ。笑
 おまけにフレデリカはこのことを鮮明に覚えていたが、ヤンは覚えていなかった。笑
 そして、こんな会話。
「そんな失礼なことを言ったかな」
「ええ、おっしゃいました。空のコップを握りしめながら……」
「そうか、謝る。しかし、君の記憶力はもっと有益な方面に生かすべきだね」
 ……………………………………………

 田中芳樹先生は女性をあまり描くことのない作家さんだが、
 この時のフレデリカの気持ちを想像すると面白い。
 少女のフレデリカは、自分たちを無事脱出させた『エル・ファシルの英雄』をすごい人と思ったことだろう。
 そんなすごい人にコーヒーをあげたことはとんでもない栄誉であり、
「紅茶の方がよかった」と言われたことはショックで、ずっと忘れられない出来事として心に刻まれたに違いない。

 そしてフレデリカはずっとヤンを追いかけていた。
 8年後、副官として再会することが出来た。
 その喜びたるや、どれほどのものだっただろう?
「紅茶の方がよかった」と言われたことにも文句を言って仕返しすることが出来た。
 積年の恨みをついに晴らした!
 原作の小説は第三者の客観描写で、フレデリカの心の中は具体的に語られていないが、
 おそらくフレデリカはこんなことを考えていたに違いない。

 ヤンもなぁ……。
「君の記憶力はもっと有益な方面に生かすべきだね」とヤンが返したことについて、原作ではこう書かれている。
『もっともらしく言ったが、それは負け惜しみ以上のものではないようだった。』

 何とフレデリカにやり込められて、ヤンが負け惜しみの気持ちを抱いたのだ。
 ヤンにしてはめずらしいリアクションだ。
 もしかしてヤンは無意識にフレデリカを意識している?

 アレックス・キャゼルヌが、なぜヤンの副官にフレデリカを選んだかを想像するのも面白い。
 キャゼルヌは、男やもめで色恋から縁遠いヤンに花を添えてやろうと思ったのではないか?
 つまりヤンに対する友情と遊び心。
 キャゼルヌは、ヤンがジェシカ・エドワーズと祝勝会から逃げた時もからかってたしなぁ。
 もしかしたらフレデリカの気持ちに気づいていたのかもしれない。

 というわけで、このフレデリカのシーン。
 400字詰め原稿用紙にすれば、2~3枚くらいのものだろうが、
 登場人物たちのさまざまな思いを読み取れる。

 行間を読むとはこういうことである。
 小説を読む楽しさはこういう所にある。
 
コメント (2)
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