人の行動にはすべて理由がある。
こずえ(小林聡美)の場合もそうだった。
一豊(田村正和)、薫(長島弘宜)といっしょに行った水族館。
こずえは口数が少なく、昼食の時はお酒を飲んでいる。
相変わらず無愛想で、走ってホコリを立てるよその子には注意。
いつものこずえだが、そんな行動をしたのには理由があった。
こずえは夫と息子を火事で亡くしていたのだ。
夜勤明けの仕事で帰ってくると、家は焼けてふたりは死んでいた。
生前のふたりとは水族館に遊びに行ったこともあった。
だから、今回水族館に行った時、それが思い出されてビールをあおった。
人の行動には理由がある。
人には過去に縛られている。
ドラマの主人公は多かれ少なかれ過去に縛られて行動するものだが、それを昼食時にビールを飲むという日常の芝居だけで表現してしまうところがすごい。(それは家族を殺されて詐欺師になった「クロサギ」と比べてみればわかる)
実に見事なシナリオだ。
考えてみると、こずえが拒みながらも一豊の家族に関わる理由もよくわかる。
彼女は家族を求めていたのだ。
また、自分の想いに対する言葉を求めていたのだ。
カラオケボックスで自分のことを話すこずえ。
「仕事が忙しくてちゃんと家族と向き合って来なかった。そんな自分に今でも腹が立つ!」
そんなこずえに雪(内田有紀)や明(玉山鉄二)は言う。
「きっと僕たちのことは早く忘れて幸せになってって思ってますよ」
「おばさんの子でよかったって、きっと思ってるよ。天国で!」
この言葉をこずえはどう思ったのだろう。
亡くなった息子や夫からかけられた言葉だと思ったのではないか?
だから気持ちが混乱して、同じく仕事で家族を顧みない千代(伊藤蘭)の悪口をついた。
「そんなことを言って誰がハッピーになるわけ?僕は家族のために生きる生き方を与えてくれたママに感謝している」と酔いつぶれた一豊には諭されるが……。
過去からずっと抱いてきた想いが爆発する時、ドラマになる。
脚本の遊川和彦さんはそれがとてもうまい。
こずえ(小林聡美)の場合もそうだった。
一豊(田村正和)、薫(長島弘宜)といっしょに行った水族館。
こずえは口数が少なく、昼食の時はお酒を飲んでいる。
相変わらず無愛想で、走ってホコリを立てるよその子には注意。
いつものこずえだが、そんな行動をしたのには理由があった。
こずえは夫と息子を火事で亡くしていたのだ。
夜勤明けの仕事で帰ってくると、家は焼けてふたりは死んでいた。
生前のふたりとは水族館に遊びに行ったこともあった。
だから、今回水族館に行った時、それが思い出されてビールをあおった。
人の行動には理由がある。
人には過去に縛られている。
ドラマの主人公は多かれ少なかれ過去に縛られて行動するものだが、それを昼食時にビールを飲むという日常の芝居だけで表現してしまうところがすごい。(それは家族を殺されて詐欺師になった「クロサギ」と比べてみればわかる)
実に見事なシナリオだ。
考えてみると、こずえが拒みながらも一豊の家族に関わる理由もよくわかる。
彼女は家族を求めていたのだ。
また、自分の想いに対する言葉を求めていたのだ。
カラオケボックスで自分のことを話すこずえ。
「仕事が忙しくてちゃんと家族と向き合って来なかった。そんな自分に今でも腹が立つ!」
そんなこずえに雪(内田有紀)や明(玉山鉄二)は言う。
「きっと僕たちのことは早く忘れて幸せになってって思ってますよ」
「おばさんの子でよかったって、きっと思ってるよ。天国で!」
この言葉をこずえはどう思ったのだろう。
亡くなった息子や夫からかけられた言葉だと思ったのではないか?
だから気持ちが混乱して、同じく仕事で家族を顧みない千代(伊藤蘭)の悪口をついた。
「そんなことを言って誰がハッピーになるわけ?僕は家族のために生きる生き方を与えてくれたママに感謝している」と酔いつぶれた一豊には諭されるが……。
過去からずっと抱いてきた想いが爆発する時、ドラマになる。
脚本の遊川和彦さんはそれがとてもうまい。