平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

「べらぼう」 第8回「逆襲の『金々先生』」~重三にとって、わっちは女郎なんだねえ。バカらしうありんす

2025年02月24日 | 大河ドラマ・時代劇
 吉原もんと市中の対立。
 親父さんたちが鶴屋喜右衛門(風間俊介)を階段から転がり下ろして叫ぶ。

「悪いけど俺たちだってあんたらと同じ座敷にいたくねえんだ!」
「出切り禁止だ」
「おや、ということは皆さんは吉原の本はつくれない?」
「あらま、じゃあ今後は重三しかつくれないことになるねえ」
「黙って大門くぐればいいなんて考えるなよ」
「そうですよ。二度と出ていけなくなりますから」
「覚悟しろや、この赤子面!」

 まず親父さんたちのそれぞれの語り口が面白い。
 台詞まわしが三人三様、緩急、強弱が耳に心地いい。

 親父さんたちが激怒したのは鶴屋喜右衛門に
「卑しい外道」「吉原もんを市中に加えたくない」「同じ座敷にいたくない」
 と言われたから。
 確かに吉原もんは「忘八」である。
 だがプライドもある。
 吉原は幕府に認められた「天下御免」の岡場所であり、
 かつては鶴屋喜右衛門たちのいる「日本橋」にあった。
「男と女」という人生の喜びを提供している場所でもある。

 散々、下に見られて来た者の反撃。
 聴く耳を持たない理不尽さへの怒りの爆発。
 取り澄ました偽善への嘲笑。
 ドラマ的にも盛り上がる、心地いいシーンだ。

 さて吉原と市中の対立、これからどうなる?
 簡単に解決せず、対立を激化させるとドラマとしてグングン面白くなると思う。
 ……………………………………………

 瀬川・花の井(小芝風花)は蔦重(横浜流星)のことが好きだった。
 蔦重のためにがんばってきたのに蔦重にとっては「幼なじみの女郎」でしかないようだ。
「重三にとって、わっちは女郎なんだねえ」
 これを受けて蔦重、
「ガキの頃からのつき合いで世話になったから、女郎の中でもとりわけ幸せになってほしい」
 これを受けて瀬川、
「バカらしうありんす」

 吉原の者は女郎に手を出してはならない、というしきたりがあるから仕方ないのかもしれないが、
 蔦重、鈍すぎる。
 瀬川を身請けするには千両かかるので、その発想を持てないのだろうが。

 さて次回は、そんな瀬川の身請け話。
 瀬川を失うという現実を前にして、蔦重は「失うものの大きさ」を知るのだろう。
 後悔して、好きな女郎を身請けできる財を持ちたいと考えるのかもしれない。

 予告に拠れば、次回はうつせみ(小野花梨)と小田新之助(井之脇海)が駆け落ちするようなので、
 これで蔦重は、男女の愛について考えるのかもしれない。

 さて、いろいろ盛り上がってまいりました!


※追記
 目の見えない鳥山検校(市原隼人)に瀬川は本を読み、耳で愉しんでもらった。
 こういう心遣いに鳥山検校は魅かれたのだろう。
 検校で谷崎潤一郎の『春琴抄』の佐助を思い出したが、
 江戸時代の検校は高利貸しを営むことを許されていてお金持ちだったのか。
『春琴抄』、美しく見事な作品です。

 松の井(久保田紗友)は、瀬川に客が殺到した結果、あぶれた客を押しつけられて不満な様子。
 花の井の「瀬川」の襲名は必ずしも好意的に受け入れられたものではなかった。
 こういう描写は作品に厚みが出ていいですね。

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「べらぼう」 第7回「好機到来『籬の花』」~それが女の股でメシ食ってる腐れ外道の忘八の心意気じゃねえですか!?

2025年02月17日 | 大河ドラマ・時代劇
 面白かった!

 今までの倍売れる細見再見をつくれば地本問屋の仲間になれる。
 そのために蔦重(横浜流星)は「倍売れる細見再見」を企画する。
 その方法は──
①売値を半値にする。
 つまり理屈では2倍売れる!
②薄くて片手で持ち歩ける本にする。
 薄くなるから制作費も半分になるので一石二鳥!
③吉原の店の並びどおりに再構成する。
 とても便利になる!
④大店だけでなく、小さな店(端店?)の女郎も紹介する。
 お金のない人も遊びに来られる。

 そして、花魁・花の井も協力。
『花の井、改め瀬川』
 名跡・瀬川の名が載る細見再見は祝儀でたくさん売れるのだ。
 今で言うと、限定本みたいな感じか?

 今回のエピソードは『ビジネス大河ドラマ』の集大成。
 スタッフはこういうドラマを作りたかったのだろう。
「べらぼうめ!」と言いながら仕事を受けてしまう木彫り職人の職人気質がいい味を出してる。
 歌を歌いながら製本する女郎たち、彼女たちは楽しいんだろうな。
 厳しい現実──彼女たちは黄表紙を読むことで慰められて来た。
 本を作ることでも夢を見られる。
 …………………………………………

 蔦重の啖呵が素晴しい。
 吉原を食いものにする西村屋について、蔦重は親父さん方に熱弁をふるう。

「あいつは吉原のこと何も考えてねえんですよ!
 あいつの狙いは吉原の入銀です。
 入銀本ならてめえの懐は痛まねえ。何なら手も銭も抜き放題。
 そのカネで吉原を盛り立てようとか、そんな考え、毛筋もねえ。
 ただ楽して儲けたいだけなんです。
 けど考えてみてくだせえ。
 やつに流れるカネは女郎が体を痛めて稼ぎ出したカネじゃねえですか?
 それをなんで追いはぎみたいな輩にやんなきゃなんないんです。
 女郎の血と涙が滲んだカネを預かるんなら、そのカネでつくる本なら、再見なら、
 女郎に客が群がるようにしてやりてえじゃねえですか!?
 そんな中から客を選ばせてやりてえじゃねえですか!?
 吉原の女郎はいい女だ。江戸で一番いい女だってしてやりてえじゃねえですか!?
 胸張ってやりてえじゃねえですか!?
 それが女の股でメシ食ってる腐れ外道の忘八のたったひとつの心意気じゃねえですか!?」

 蔦重は吉原とそこで働く女郎たちを愛しているんですね。
 愛しているから力が湧いてくるし、女郎たちも協力してくれる。

 この演説で吉原の親父さんたちの心にも火がついた。
 劇中、「吉原もん」「市中」という言葉が出て来たが、吉原もんは下に見られていたのだろう。
 市中の者にいいようにされてたまるか! そんな心が芽生えたに違いない。

 腐れ外道、忘八の逆襲が始まる。
 逆襲の仕方は「経済」と「文化」だ。
 武士を主人公にした大河だと、「権力」と「武力」になるんですけどね。

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「べらぼう」 第6回「鱗剥がれた『節用集』」~鱗の旦那、濡れ手で粟餅、有り難くいただきやす

2025年02月10日 | 大河ドラマ・時代劇
「告げ口はクズ山クズ兵衛、性に合わねえ」

 鱗形屋孫兵衛(片岡愛之助)が『節用集』の贋板(海賊版)をつくっていることを知った
 蔦谷重三郎(横浜流星)。
 訴え出れば鱗形屋は捕らえられ、蔦重は取って代わって版元になることができる。
 鱗形屋が蔦重を利用していることもわかっている。

 しかし、蔦重は──
「告げ口はクズ山クズ兵衛、性に合わねえ」
 蔦重がためらう理由は──
・性分に合わないこと
・火事で蔵が焼けたことで、鱗形屋の金繰りが良くないこと
・息子も番頭も鱗形屋を盛り立てようとがんばっていること
・鱗形屋孫兵衛が本をつくるのが好きなこと

 結局、蔦重は訴えず、「運天」、運を天に任せることにする。
 しかし別のラインでこの不正が発覚、鱗形屋孫兵衛は捕らえられる。
 鱗形屋孫兵衛からは「おまえが告げ口したのか?」と恨まれる。

 すっきりしない蔦重は長谷川平蔵宣以(中村隼人)に思いを語る。
「濡れ手に粟、棚からぼた餅、俺はうまくやったんでさぁ」
「ただ、うまくやるってのは堪えるもんすねぇ」
 これを聞いた平蔵は、出し抜いたり追い落としたりするのが世の中だ、と諭す。
 蔦重は心を切り換えて。
「鱗の旦那、濡れ手で粟餅、有り難くいただきやす」
 ……………………………………………

 今回の話、落語や講談を聞いているような感じでしたね。
「鱗の旦那、濡れ手で粟餅、有り難くいただきやす」
 で、見事に締めた。

 蔦重の気持ちの描写も、
・道が開けた嬉しさ
・自分を利用していた者が捕らえられた喜び
・追い落された者の後を引き継ぐ苦さ
・ひと言、危ないと行ってやれなかった後悔
・苦さと後悔を抱きながらも前を向く決意
 などが入り交じって複雑だった。

 そう、こういう複雑な心情描写が見たかったんですよね。
 とはいえ、蔦重はこれを引きずらない。
「鱗の旦那、濡れ手で粟餅、有り難くいただきやす」
 前作『光る君へ』の登場人物たちは思いをずっと引きずっていたが、
 蔦重は江戸っ子気質で、カラッとしていて前を向く。

 僕は『光る君へ』の登場人物タイプなので、蔦重の、カラッして前を向ける気質は憧れだ。
 苦境にあっても、笑い飛ばして粋に生きていたい。


※追記
 江戸城パートでは、田沼意次(渡辺謙)の立場・境遇が明らかに。
 意次は絶対的な権力者ではない。
「日光社参」は押し切られておこなわれることに。
 商業を活性化させて幕府の財政再建をおこなったが、あまり評価されていない。
 足軽の出身なので良い家柄の者にバカにされている。
 
 とはいえ、意次は「家柄」「出身」より「実力」「実績」だ。
 田沼家が良い家柄であることを示す家系図を池に投げ捨てた。
 これが意次の矜恃なのだ。
 家柄・出身よりも実力・実績を頼りに生き抜いていこうとしている。

 蔦重同様、意次も岩盤のような勢力と戦っている。

※追記
 今回の江戸言葉
「金々野郎」
「半可通」
「源四郎」
「運天」
「占め子の兎」

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「べらぼう」 第5回「蔦に唐丸因果の蔓」~楽しいことを考えるのが、わっちらの流儀だからね

2025年02月03日 | 大河ドラマ・時代劇
 株を持たなければ版元になれない。
 蔦重(横浜流星)は方向修正する。
 鱗形屋の下で働き、暖簾分けをしてもらう戦略を採る。
 今までは短期で結果が出たが、今回は長期戦略だ。

 まあ、本編でも台詞で語られていましたが、
 史実では軽い本(浮世絵・黄表紙・黄双紙)を売る「地本問屋」になるには株は要らないみたいなんですけどね。
 硬い本(仏教書・儒学書・歴史書・医学書)を売る「書物問屋」になるには株は必要。
 その株は幕府から「営業権」として購入する。
 今で言うと許認可権。
 株をお上から購入するというのは近世的だが、株の発想は今でも相撲の部屋制度の中に生きている。
 近世は現代に近い社会なんですね。

 ちなみに
「地本問屋」が扱う本は、今で言うとライトノベル。絵師さんの存在も重要だ。
「書物問屋」が扱う本は、学術書・教科書。
「問屋」は、日販・東販という感じか?

 話が逸れてしまったが、蔦重のもうひとつの長期戦略は唐丸(渡邉斗翔)だ。
 蔦重は唐丸を当代一の絵師にすることを諦めていない。
 唐丸は必ず帰ってくると信じている。
 絵師になることを諦めていないと蔦重は確信している。

・じっくり腰を据えて目の前の課題に挑むこと。
・大きな夢を見るが、地に足の着いた行動をすること。
 蔦重はこれを学んだようだ。
 同時に「株仲間の失敗」「唐丸を追い詰めてしまったこと」で自分の未熟さも学んだようだ。
 蔦重の学びと歩みは止まらない。
 ……………………………………………………

 今回のもうひとつのキイワードは『世の中をひっくり返す』。

 田沼意次(渡辺謙)と平賀源内(安田顕)は「国を開けば世の中がひっくり返る」と考えている。
 国を開けば、各地の港で外国と商取引がおこなわれ、街ができて宿屋や店が生まれ、新しい商品を生み出し、船をつくり、海外に行く者も出て来ると考えている。
 確かに「世の中がひっくり返る壮大な構想」だ。
 これを実現するには幕府という重しを除けなければいけないのだけれど……。
 夢を見るのはタダだ。

 蔦重も、規模は意次たちよりは小さいが、「世の中がひっくり返る構想」を生みだした。
 唐丸を絵師として売り出す構想だ。
 春信ら人気の絵師の完コピ→「この絵師は誰なんだ?」と世間が注目した所でお披露目。
 これで世の中がひっくり返る!

 蔦重も源内も意次もこうした壮大な夢を持っていると楽しいだろうな。
 目の前の現実の苦労など何でもなくなる。

 花の井(小芝風花)が語っていたが、
「楽しいことを考えるのがわっちらの流儀」
 を彼らは体現している。

 源内が語っていた
「自由にわがままに生きるのだから苦労は仕方がない」
 も体現している。


※追記
 源内は秩父でもうひとつの構想を考え出した。
 秩父の鉱山事業→炭の製造事業→舟による運搬事業。
 蔦重同様、次に源内が何をやってくれるのか、楽しみだ。

※参照サイト
 地本問屋と書物問屋の違いとは?

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「べらぼう」 第4回「『雛形若菜』の甘い罠」~既得権者に潰される重三郎。後から来たやつはどうするんですか!?

2025年01月27日 | 大河ドラマ・時代劇
「後から来たやつはどうするんですか!?」
 これが既得権なんですよね。
 今作で言えば『地本問屋でなければ版元』になれない。
 せっかくいい企画、アイデアがあっても潰されて、既得権者が持っていく。
 重三郎(横浜流星)はこうした既得権を打破するために戦っていく。

 花魁と帯のコラボ・タイアップ。
 これも現在でおこなわれていること。
・靴やドレスやバッグや指輪をモデルや著名人に着用してもらって宣伝する。
・主人公がドラマなどで着用して宣伝する。
 宣伝してもらうためにメーカーが出資することもある。
 今作では呉服屋が花魁の錦絵に出資した。
 資金・資産がなくても、良いアイデアがあれば出資者が集まり、事業を立ち上げることができる。
 重三郎はこうして版元『耕書堂』になれるはずだったが、既得権者に美味しい所を持っていかれた。

 唐丸(渡邉斗翔)は後の写楽か?
 歌麿の可能性もあるが、写楽は出所不明・正体不明と言われているから写楽の可能性が高い。
 北斎は独立独歩の人だし、蔦重とは生活費の援助をしてもらったくらいの関係だと言われている。
 広重は少し後の人。
 その他、十返舎一九や滝沢馬琴がいずれ登場するのが今作の見所。
 ………………………………………………………………

 江戸城パート。
「田沼、許すまじ!」
 田沼意次(渡辺謙)と松平武元(石坂浩二)の対立に田安賢丸(寺田心)も参戦した。
 意次は御三卿は財政面で不必要と考えて、田安家を潰そうとしている。
 そのために御三卿を創設したとされる吉宗の文書を偽装した。
 目的のために手段を選ばない意次。
 それに荷担する平賀源内(安田顕)。
 意次、源内は『理想を実現するためには抵抗勢力の排除は仕方がない』と考える人物なのだろう。
 吉原パートに比べて人物がオトナで複雑になっている。
 そして排除された者は恨みを持つので、いずれ仕掛けた方に返って来る。
 田安賢丸は後の松平定信。
 トランプがバイデンの政策を全否定したように、意次の政策の逆をやる。 

 今作のおかけで『御三卿』について識ることができた。
 一橋家、田安家、清水家。
 幕末に一橋家、田安家が重大な役割を果たすようになるのが興味深い。
 作中では吉宗を尊敬している田安賢丸の姿が描かれたが、
 当時の人々が吉宗をどう評価していたかがわかって面白い。

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「べらぼう」 第3回「千客万来『一目千本』」~重三郎、出版プロデューサー・プロモーターになる!

2025年01月20日 | 大河ドラマ・時代劇
 重三郎(横浜流星)は出版プロデューサーでありプロモーターだ。

 本を出版するために資金を募る。
 今で言うと「ファンド」「クラウドファンディング」
 ちなみにこうして出す本を「入銀本」というらしい。
 出資者は花魁の贔屓客。
 推しの花魁を本に載せるためにお金を出す。
 今で言うと「推し活」あるいは「ホストクラブ」「クラブ」のシステム。
 資金に関して重三郎はノーリスクだ。

 それから出版企画。
 絵師を選び、本のコンセプトをつくる。
 重三郎は花魁を花や草木に見立てて紹介した。

「女郎花(おみなえし)」「蒲公英(たんぽぽ)」「山葵(わさび)」「葛(くず)」「鳥兜(とりかぶと)」
 これで花魁の性根を表現した。
 山葵はツンとして愛想がないから←なるほど!
 葛はほんとうにキズだから。笑
 鳥兜は必ず腹上死するから←恐ろしい
 花の井(小芝風花)は女郎花←女郎の代表ってことか。
 こういう本を「粋」「面白い」と考える江戸の人々の感性が素晴しい。

 さて、こうして生まれた本が『一目千本』
 重三郎はこの本を売って儲けようとは考えなかった。
 出資者に本を渡すと、残りの本を見本として男が行きそうな場所に配布した。
 今で言うと「サンプルプロモーション」だ。
 この本を手に入れる方法は「吉原に来て馴染みになること」と宣伝。
 男たちは、見立てられた花魁への興味と本を求めて吉原へ。
 結果、吉原は昔の活気を取り戻した。
 プロモーション成功だ。

 この成功は、重三郎のやることに否定的だった養父の駿河屋市右衛門(高橋克実)を認めさせた。
 重三郎は市右衛門に「これからも吉原のためにしっかりやれ」と励まされた。

 江戸城パートでは、田安賢丸(寺田心)の養子縁組をめぐって
 田沼意次(渡辺謙)と老中・首座の松平武元(石坂浩二)の対立が激化。
 経済重視の意次は秩父の鉄の採掘に乗り出した。
 重三郎の名前も源内(安田顕)が贈った『吉原再見』で思い出した。
 ……………………………………………

 吉原パート。
 ストーリーラインとしてはシンプルなサクセスストーリーでわかりやすい。
「こんな吉原良かないんで」
「親父様の機嫌より河岸(かし)が飯を食える方が大事なんで」
「忘八なら損得で動け」
 みたいな台詞がいい。

 長谷川平蔵宣以(中村隼人)は花の井のために五十両を出資して親の財産を食いつぶした。
 現代から見ると、ホストに入れあげて借金地獄に陥った女性を想起させてイメージが悪いが、
 宵越しのカネは持たない江戸っ子の粋と捉えたい。
 結果として平蔵の五十両が吉原を救ったことになったし、平蔵もサバサバしているだろう。

 ただ、この作品、こういう危うさを持っている。
 前回の源内の序文は「吉原を美化している」「公共放送がこんな描写をしていいのか」という批判がフェミ界隈からあがった。
 でも吉原の悲惨は今回も描かれたし、重三郎はそれを何とかするために戦っているわけだし、
 当時の人にしてみれば岡場所はあって当然の場所だったし、吉原文化も生まれたわけだし、
 現代の価値観で断罪してしまうのはどうなんだろう?
 表現が萎縮して作品がどんどんつまらなくなってしまうと思う。

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「坂の上の雲」~日本はなぜ旅順要塞を攻略しなければならなかったのか?

2025年01月19日 | 大河ドラマ・時代劇
 さて本日(1月19日)、ドラマ『坂の上の雲』の「旅順総攻撃」が放送される。

 諸説あるが、本作では陸軍・第三軍の乃木希典(柄本明)を批判。
 ロシアの旅順要塞を落とすことに固執し、兵に無謀な突進させて敵の機関銃の餌食に。
 その総死者数は1万2000人。
 真之(本木雅弘)が主張したとおり、
 最初から203高地を獲ることだけを行なっていればよかったのに……。
 一応、乃木将軍も地下道を掘ったり、それなりの対応をしていたのだが、
 なかなか方針転換できないのが日本軍の悪い癖。

 ではなぜ日本は旅順要塞を落とさなければならなかったのか?
 旅順湾にロシアの「旅順艦隊」がいたからである。
 一方、ロシアからは世界最強の「バルチック艦隊」がアフリカの喜望峰を越えてやって来る。
「旅順艦隊」+「バルチック艦隊」となれば、日本の連合艦隊は確実に負ける。
 制海権をロシアに握られて、満州に展開している陸軍の補給もままならず、日本は負ける。
 だから旅順要塞を攻略して、要塞から旅順艦隊を殲滅しておかなければならなかった。

 この状況に海軍も手をこまねいていたわけではなかった。
「封鎖作戦」
 旅順湾の入口に船を沈めて、旅順艦隊を湾外に出さないようにする作戦だ。
 これで日本の連合艦隊はバルチック艦隊だけを相手にすればいい。
 真之は米西戦争に観戦武官として参加していた時、アメリカが「封鎖作戦」を使うのを見た。
 だが、旅順要塞の火力は米西戦争のスペインの火力よりはるかに高い。
 だから反対したが、東郷平八郎(渡哲也)は苦渋の決断。
「夜間に攻撃すること」を条件に作戦にGOを出した。
 果たして結果は──
 要塞からの集中砲火を受けて失敗。
 真之の親友・広瀬武夫(藤本隆宏)はこの作戦で戦死した。
 これが前回のエピソードで描かれた「広瀬死す」だ。

 という状況下で、本日、旅順要塞での戦いが描かれる。
 前回の「広瀬死す」もそうだったが、戦争の悲惨と愚かさを描かれるだろう。

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「坂の上の雲」~いかにして日露戦争は起こったのか。非戦派の伊藤博文と主戦派の桂太郎

2025年01月17日 | 大河ドラマ・時代劇
 ドラマ「坂の上の雲」。1月19日(日)の放送で「旅順総攻撃」が描かれる。
 そこで今回はドラマで描かれた、日露戦争が起こるまでの経緯を紹介していきます。

 日清戦争の勝利。
 勝利はしたものの、それは日本に恩恵をもたらすものではなかった。
 西欧諸国が干渉してきたのだ。

 時代は帝国主義の時代。
 それぞれが権益を主張する貪欲な世界で道理はない。
 強い者勝ち、言った者勝ち。

 同時にロシアは南下してくる。
 満州を占拠し朝鮮にも食指をのばす。
 朝鮮をとられれば日本は目の前だ。
 国際政治において地政学の見地は忘れてはならない。

 そんな情勢下の日本の政治。

 伊藤博文は非戦派だ。
 ロシアとの戦争を必死に回避しようとする。
 明治天皇(尾上菊之助)も伊藤に信を置いていて非戦派だ。

 一方、当時の総理大臣・桂太郎(綾田俊樹)。
 桂は主戦派で、ロシアとの戦争やむなしと考えている。
 非戦派の伊藤博文に対しては「恐露病」と揶揄している。

 一方、外務大臣の小村寿太郎(竹中直人)。
 伊藤博文の考え方は古いとして「日英同盟」を結ぶ。
 これはアジアの権益を日本と英国で守っていこうという同盟だが、
 ロシアは自分たちに対する事実上の軍事同盟だと非難する。

 一方、伊藤博文も負けていない。
 単身ロシアに行き、非戦派の大蔵大臣ウィッテ(ヴァレリー・バリノフ)と通商条約を結ぼうとする。
 しかしこの時、ウィッテはロシア皇帝ニコライ2世(ティモフィー・ヒョードロフ)の信任を失っていた。
 ニコライ2世は皇太子時代に日本を訪問して斬りつけられる(「大津事件」)という被害に遭って
 日本のことを良く思っていない。
「これでは日本が戦争を仕掛けて来ます」と訴えるウィッテに対し、
「日本が大国ロシアに戦争を仕掛けて来るわけがない。戦争を始めるか否かを決めるのはロシアだ」と
 突っぱねる。

 そして、ロシアの提示して来た通商案は日本にとって到底飲めないものだった。
 日本側は「満州の権益をロシアに譲る代わりに朝鮮の権益を確保したい」と提案したが、
 ロシアの返事は「満州の権益はロシア。日本の朝鮮の権益は制約付きで認める」
 日本が再考を促すと、条件はさらに悪くなって、
「満州の権益はロシアと朝鮮の北半分。日本の権益は38度線以南の南半分」と回答。

 結果、交渉は決裂。
 日露戦争が始まる。
 ………………………………………………

 僕はネトウヨさんではないが、この日露戦争までの過程を見ると、
 当時の人々が「ロシアとの戦争やむなし」と考えたのは理解できる。

 今の価値観で言うと、朝鮮併合も満州の権益確保も非難されるべきことなのだが、
 当時は弱肉強食の帝国主義の時代。
 これも当時の人々にとっては必然の考え方なのだろう。

 歴史を見る時は現代の価値観だけでなく、当時の価値観でも見る必要がある。

 ただ明治の政治家や軍人が賢明だったのは──
「戦争をいかに終わらせるかを考えていたこと」だ。

 戦争が避けられないとわかると、伊藤博文は外交官・金子堅太郎(緒形幹太)をアメリカに派遣。
 アメリカの世論を日本寄りにして、終戦の調停をアメリカにさせるように働きかけることを指示。
 金子はハーバード大学留学の経験があり、ルーズベルト大統領とは同窓生なのだ。

 この点は、いたずらに戦線を拡大し、戦争を終わらせる方策も考えなかった太平洋戦争の指導者たちと大きく違う。

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「坂の上の雲」~病床六尺。正岡子規のもうひとつの戦い

2025年01月15日 | 大河ドラマ・時代劇
「坂の上の雲」のレビューが滞っていたので今週まとめて書きます。

 まずは正岡子規(香川照之)。
 秋山真之(本木雅弘)が米国・英国を視察し、日清戦争を経験し、
 秋山好古(阿部寛)がドイツ・フランスで学び、満州で戦う中、
 子規は肺の病気のため日本の狭い世界にいる。
 病が少し癒えて、新聞「日本」の従軍記者として日清戦争の中国へ渡るが、
 戦争はすでに終わっていた。

 子規は狭い世界で生きている自分を嘆く。
 病が重くなり、床に伏せるようになると焦りはさらに激しくなる。

 そんな中、子規は自分なりの戦いを始める。
 俳句・短歌の論評・再評価と革新だ。

 やがて子規は、自分の戦いが清国・ロシアと戦う真之や好古の戦いと同じだと考えるようになる。
 真之も同じ考えで、子規を励ます。

 こうして子規は俳句・短歌の革新という仕事を精力的におこなっていくが、
 病はどんどん重くなり、痛みは子規を苦しめ、妹の律(菅野美穂)に当り散らしたりする。

 こんな子規が死を前にした時にたどり着いた境地がこれだ。
「病床六尺」
 庭の木々や朝顔を見て子規は考える。
「この六尺の小さな世界の中にも自然の営みがあり、真実がある」
「とりとめのない日常の中に大切なものが潜んでいる」

 つまり真之や好古のように飛びまわらなくても、世界を知ることはできるのだ。

 司馬遼太郎が今作で子規を描いたのは、「もうひとつの戦い」と「病床六尺」を描きたかったからであろう。

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「べらぼう」 第二回「吉原再見・嗚呼御江戸」~平賀源内、そして後の松平定信登場!

2025年01月13日 | 大河ドラマ・時代劇
 平賀源内(安田顕)。
 讃岐の人らしいが、洒脱な感じがカッコいい。
 蘭学をベースに「本草学」「地質学」「医者」「殖産事業家」「戯作者」「浄瑠璃作者」「俳人」「蘭画家」「発明家」とさまざまな顔を持つ。
 さまざまな号を使い分けて、用いた号は「鳩渓」「風来山人」「悟道軒」「天竺浪人」など。
 (wikiより)
 作中の「貧家銭内」は源内の著作に出て来る登場人物の名前らしい。
 物事の本質を理解しつつ、洒落で生きている人ですね。

 そんな源内に「吉原再見」の序文を書いてもらうために、蔦屋重三郎(横浜流星)は奮闘。
 だが重三郎の力では口説き落とせなかった。
 重三郎は行動力はあるが、まだ未熟なのだ。

 一方、花魁・花の井(小芝風花)。
 源内の出した「瀬川」のヒントを読み解き、見事源内を口説き落とした。
 さすが一流の花魁だ。
 相手の思っていること、望んでいることを読み取った。
 この行動の理由には、「吉原の花魁として負けられない」という心意気。
 これまたカッコいい!
 そして「重三郎を助けたい」という思いがあったのだろう。
 おそらく花の井は重三郎のことが好き?

 源内の書いた序文は、
 吉原にはさまざまな女郎がいて、それぞれに趣があってよろしい、というものだった。
 花の井に「ちょっと空気にあたって来る」と言って吉原を歩いてまわって観察し、
 序文を書いて花の井に預けて去っていく。
 源内はやっぱり洒脱だねえ。
 吉原の大門が閉まって江戸の街を歩いていく姿もよかった。

 重三郎は未熟だが、カラッとした江戸の商人で清々しい。
 ……………………………………………………

 江戸城パートでは、田沼意次(渡辺謙)と老中・首座の松平武元(石坂浩二)が対立。

 意次の考え方は、世の中はすべてカネ。
「カネの手綱を握ること」で権力を維持し、世の中を動かせると考えている。
 そのために新しい貨幣を造っている。

 一方、松平武元。
 武元が拠り所にいているのは「武士の権威」。
 これで民を統治することができると考え、
 意次のやっていることは「商人のやることで武士のやることではない」と批判している。
 でも、これは時代遅れなんですよね。
 商人は豊かになり、武家の言うことを聞かない。
 年貢の米では札差(中間業者)が間に入って、銭に替えてもたいした額にはならない。
 時代は商人、カネが物を言う時代なのだ。

 そんな対立軸の間に、新しい人物が登場。
 田安賢丸(たやす まさまる/寺田心)。
 彼は松平武元側だ。
 武士は武士らしく、武家の権威を守れ、と考えている。
 そんな賢丸はのちの「松平定信」。
 質素倹約の財政再建派、「寛政の改革」をおこなった人物だ。

 田沼意次と松平定信の対立は、現在の「積極財政派」と「緊縮財政派」の対立に似ている。
・積極財政派~お金を刷って経済を活性化させよう。減税も視野。
・緊縮財政派~プライマリーバランスを重視して無駄な予算は削っていく。増税も視野。

 さて、さまざまな人間が絡み合って面白くなって来ました。

コメント (2)
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