あふまでの かたみとてこそ とどめけめ なみだにうかぶ もくづなりけり
逢ふまでの 形見とてこそ とどめけめ 涙にうかぶ もくづなりけり
藤原興風
また逢うときまでの形見として、あなたは裳を脱いで残していったのでしょう。でも私にとっては、その裳は悲しみの涙に浮かぶ藻屑でしかないのです。
少し長い詞書を引用しますと、「親のまもりける人の娘に、いと忍びにあひて、ものら言ひけるあひだに、親の呼ぶと言ひければ、いそぎ帰るとて、裳をなむ脱ぎ置きて入りにける、そののち裳を返すとてよめる」とあります。親の目が厳しい相手と密会しているとその相手が親に呼ばれ、あわてて裳を脱ぎ置いて奥に入ってしまった。そのまま戻ってこないので一旦持ち帰っていた裳を、もう逢えそうもないと返す時に詠んだ、というわけですね。なかなかのドタバタ劇(?)といったところでしょうか。雅なイメージの古今和歌集にも、こんな場面の歌もあるのですね。