漢検一級 かけだしリピーターの四方山話

漢検のリピート受検はお休みしていますが、日本語を愛し、奥深い言葉の世界をさまよっています。

貫之集 044

2023-05-30 05:03:30 | 貫之集

延喜十五年の春、斎院の御屏風の和歌、内裏の仰せにより奉る

女ども滝のほとりにいたりて、あるは流れ落つる花を見、あるは手をひたして水に遊べる

 

はるくれば たきのしらいと いかなれば むすべどもなほ あわにとくらむ

春来れば 滝の白糸 いかなれば むすべどもなほ 泡にとくらむ

 

延喜十五年の春に、恭子内親王の屏風の和歌を、天皇の仰せで奉った。

女たちが滝のほとりにいて、ある者は流れ落ちる花を見、ある者は手を浸して水で遊んでいる

 

春が来ると白糸のように落ちて来る滝が、どうして手に掬っても泡ととけてしまうのだろう。

 

 「斎院」は第60代醍醐天皇の第三皇女恭子内親王のことで、生誕の翌年に斎院(上賀茂神社・下賀茂神社に仕える皇女)となり、わずか十四歳で薨去した人物。
 「むすぶ」が「掬ぶ」と「結ぶ」、「とく」が「溶く」と「解く」の掛詞になっており、さらに「泡」には紐の結び方の名称である「泡緒」もかかっていて、滝の流れを白糸に喩えたことを踏まえて、巧みに「泡緒に結んでも溶けてしまう白糸」「手に掬っても溶けてしまう泡」の二重の意味を詠み込んでいます。「手に掬う水」を好んで詠んだ貫之らしい一首と言えるでしょうか。

 なお、この歌は拾遺和歌集(巻第十六「雑春」 第1004番)にも採録されていますが、そちらでは第五句が「あわにみゆらむ」とされています。