残念だなぁ・・・。織姫と彦星は、集団的自衛権での話が決裂しており、加えて台風の接近を伴い、邂逅は成らず。今年は、閏年が入るためか、梅雨が長引いた殊によるのか、不安定な天気が多い。白桃は大丈夫であろうか。関心はそっちに向く。
まくわ瓜で、思い出すのは七夕のこと。若者が大水で路に迷い、天へと上がってしまう。天の娘と夫婦になり、子供もできる。瓜が、気になってはいるが、決して手を触れぬように云われてもいる。然し、気になる。何故であろう?ある日ついに・・・
天の娘が止める間もあらず、瓜から噴出した水と共に、若者は天から下界へ流れ落ちる。全てがおじゃんである。あれほど云っておいたのに。人間とは、するな。ということには弱いのだ。犯してはならない結界に向け、封じ込めた魔を解き放つ。
愚かなり。神の戒めを守らず、パンドラの箱も開ける。では、やりなさいという神がいるのであれば、原発も権力を誇示せんと、諍ってもきた反省はない。猿でも反省をさせられるのに、人間が自ずと後悔することは、宇宙の中で米粒を探すようだ。
福島の除染も、県民の安全も安心も取り戻せていない現状で、原発の輸出をやり、再稼動へと向う。電気はなくてはならないが、地球を破壊してまで必要なこととは思えない。戦後の時代を豊かにした実績と慢心からが、悲劇を生み続けている。
少しの我慢も、贅沢を慎むこともなくなり、隣がするから右に倣えでは、資源は消えてしまう。地道でも、捗々しくなくても、ゆっくりと努力をすることが、置き去りにされている。枇杷葉の効力には、医学的な根拠は立証されてなくとも、意義は大きい。
健康は、自分での管理を怠らないこと。枇杷葉茶を飲んでいると、体の変化がわかる。体温をずっと測っているが、あれっと思う日には熱が高い。介護の仕事には、食事と排泄と入浴は欠かせない。同時に、心の変化も見逃せない。考える仕事。
その日、一日をどうにかすればいい気持ちでは、仕事をしていることにはならない。と言っても実際には、業務に追われる。僅かでも、微々たることでも、日常の変化を見逃さない。そういった思いも大切なこと。介護は、決して一人ではできないもの。
況してや、常に笑顔を絶やさない、という環境を維持することも至難である。これを強いられると、身も心もズタズタになる。如何に、普通にしていくかは、永遠のテーマなのだ。人生経験を豊富にし、自分を前に出さず、対応と接していくことは疲れる。
介護福祉士に受かったから、と甘んじてはいけない。そこからが第一歩で、考えていく介護に、学んで行こうとする姿勢を持つことは、自分を磨くことにもなる。また、様々な書籍を読むこと、新聞に眼を通し世界の情勢も踏まえることも大切な要因だ。
八重咲きの、白いクリスマスローズ。今年も見事に春の庭を彩ってくれた。種も零れて発芽している。