(承前)
筆者がこの展覧会に足を運んだのは2月7日朝だが、新型コロナウイルスの影響で道立文学館は、現段階で、3月19日まで休館することが決まっている。
この情勢だと、最後の3日間に再開するかどうかは、かなり微妙だと思う。
もちろん、再開してほしいと筆者は願っている。
砂澤ビッキについては、もはや説明は不要だろう。
そして、この数年、これほど展示が繰り返されてきた彫刻家も珍しい。
下のリンク先にある以外にも、2014年の札幌国際芸術祭でも「風の舌」などが並んだし、19年春には「四つの風」に焦点を当てた個展が札幌芸術の森美術館で開かれている。さらに、昨年11月から年明けにかけては道立旭川美術館も個展を開催した。
したがって、よっぽど企画の中身を考えないと、マンネリに陥る可能性が大きい作家なのだが、今回の展覧会は「詩人・読書家」としての砂澤ビッキに的をしぼりつつ、個人蔵の未公開作もかなり出品されていて、非常に見ごたえのある内容になっていたと思う。
ビッキは、写真の顔つきだけを見ていると、本能と野生の勘でガシガシ木を削っていくタイプだと思う向きもいるかもしれないが、1950年代は道内と鎌倉を往復する生活をしており、鎌倉では、高名な評論家・作家・フランス文学者の澁澤龍彦(1928~87)らとも交流があり、その薫陶もあってかたいへんな読書家であった。
会場に、彫刻家の書斎から運び込んだ書物が並んでいるが、澁澤の本(「幻想の画廊から」のサイン入り献本もあった!)はもちろん、ベルメール(人形作家)、ケレーニイ(神話学者)、カミュ(フランスの小説家)、ミシェル・レリス(同)、バタイユ(フランスの思想家)、コーリン・ウィルソン(英国の作家)、フロイト、岩田宏訳のマヤコフスキー(ソビエトの作家)、瀧口修造(日本を代表するシュルレアリスト)などなど、きりがないからこのへんでやめるが、彼の世代のうちで、知的であろうとした人文関係者なら読んでいたであろうと思われる本はたいがい並んでいるのではないか。
そして、生前にビッキは一冊だけだが詩集を編んでいる。
筆者は美術に親しむはるか以前から詩を読んでいるのでこれは自信を持って断言するが、彼の詩は、ちゃんと現代詩の作法を踏まえている。
言い換えれば、詩になっているのだ。
けっして、美術家の余技という水準ではない。
会場では、スライドショーのようなかたちで、詩行と挿絵が投影されていたが、詩集をまるごと復刊して図録にしてほしかったと、個人的には思う(詩を読むスピードには個人差もあるし、途中で立ち止まりたくもなるからだ)。
自ら詩を書くだけでなく、詩人との交流も活発だった。
1979、80年には「詩の隊商 北へ」と題したイベントが、ビッキのアトリエのある上川管内音威子府村で開かれている。道内の矢口以文、嶌文彦、米山将治、大島龍、京都の片桐ユズルなどが参加している。
さらに81年には「北の詩人たち」展が開かれ、オホーツク管内置戸町の詩人・美術家鈴木順三郎が参加。84年には札幌・アートプラザで再び「北の詩人たち」が開かれ、こちらは、詩の朗読の取り組みで名高い天童大人、吉増剛造、吉原幸子らそうそうたる顔ぶれの詩人29人と、彫刻家5人が参加している。
1970~80年代には、今よりも、アートと多分野のコラボレーションが盛んだったのはまちがいないようだ。
その他、阿部典英さんからの書簡や、美術評論家の針生一郎氏が旭川を訪れた際にビッキ、典英、菅原弘記の4人で夜通し語り明かしたとおぼしき際の写真など、貴重な資料がいっぱい。
彫刻作品はいずれも、これまでの展覧会では見かけなかったものばかりで、これまた貴重だ。
ANIMAL 目(B) 63年
文様の図案 67年、71年
ANIMAL 62年
(無題) 4点
TENTACLE 77年、73年、84年、85年
北の王と王妃 87年
揆面 75年
午前三時の玩具 87年(同題2点、素描も)
既面 75年
斯面 76年
媿面 76年
蛾
樹頭を持つ女 83年
器面 75年
最後の「器面」は、プロレタリア文学の研究者として多くの功績のある八子政信氏の所蔵品だが、会場に掲げられたプロフィルには「作曲家・詩人」とあって、びっくり。
八子さんの息子さんが彫刻家の八子晋嗣さんで、彼は、打楽器を兼ねた木彫をよく制作しているので、その理由が、ここですごく腑に落ちた。なるほど。
なお、会場で最後のコーナーは「ビッキと写真家」となっており、甲斐敬幸、吉田ルイ子、井上洋二の各氏が撮ったビッキの肖像が飾られている。
吉田ルイ子氏は、北海道出身で、「ハーレムの熱い日」などで知られるフォトジャーナリストの草分け的存在だが、この会場にあった写真は、ひげ面やセーターのあちこちに雪をつけたビッキの、いたずら小僧のような表情が印象深かった。
2020年1月25日(土)~3月22日(日)午前9時半~午後5時、月曜休み
道立文学館(札幌市中央区中島公園)
一般500円、高大生250円、中学生以下・65歳以上無料
・地下鉄南北線「中島公園駅」3番出口から約410メートル、徒歩6分
・地下鉄南北線「幌平橋駅」から約480メートル、徒歩7分
・市電「中島公園通」から約550メートル、徒歩7分
・中央バス、ジェイ・アール北海道バス「中島公園入口」から約200メートル、徒歩3分
・渡辺淳一記念館から、中島公園の中を通って約480メートル、徒歩6分
・ト・オン・カフェから、約620メートル、徒歩8分
関連記事へのリンク
近美コレクション 北の美術家群像 (2018)
■砂澤ビッキ展 木魂(こだま)を彫る (2017)
■中原悌二郎記念旭川彫刻美術館ステーションギャラリーがオープン(2012)=「カムイミンダラ」を常設展示
■森と芸術 (2011)※画像なし
砂澤ビッキ「四つの風」(札幌芸術の森野外美術館)の2本目も倒壊 ※画像なし
砂澤ビッキ「四つの風」の1本が倒れる 遺志尊重し修復せず-札幌芸術の森野外美術館 (2010)
■砂澤ビッキ展 樹兜虫の世界 (2009年2月)※画像なし
■砂澤ビッキ展(2008年)※画像なし
■エコミュージアムおさしまセンター(BIKKYアトリエ3モア)=「オトイネップタワー」の画像あり
■砂澤ビッキ作品、旭川市に寄贈(2007年)※画像なし
「四つの風」 (2006現在の画像)
「四つの風」をあしらった札幌市交通局のウィズユーカード (2002.ページ最下段)
筆者がこの展覧会に足を運んだのは2月7日朝だが、新型コロナウイルスの影響で道立文学館は、現段階で、3月19日まで休館することが決まっている。
この情勢だと、最後の3日間に再開するかどうかは、かなり微妙だと思う。
もちろん、再開してほしいと筆者は願っている。
砂澤ビッキについては、もはや説明は不要だろう。
そして、この数年、これほど展示が繰り返されてきた彫刻家も珍しい。
下のリンク先にある以外にも、2014年の札幌国際芸術祭でも「風の舌」などが並んだし、19年春には「四つの風」に焦点を当てた個展が札幌芸術の森美術館で開かれている。さらに、昨年11月から年明けにかけては道立旭川美術館も個展を開催した。
したがって、よっぽど企画の中身を考えないと、マンネリに陥る可能性が大きい作家なのだが、今回の展覧会は「詩人・読書家」としての砂澤ビッキに的をしぼりつつ、個人蔵の未公開作もかなり出品されていて、非常に見ごたえのある内容になっていたと思う。
ビッキは、写真の顔つきだけを見ていると、本能と野生の勘でガシガシ木を削っていくタイプだと思う向きもいるかもしれないが、1950年代は道内と鎌倉を往復する生活をしており、鎌倉では、高名な評論家・作家・フランス文学者の澁澤龍彦(1928~87)らとも交流があり、その薫陶もあってかたいへんな読書家であった。
会場に、彫刻家の書斎から運び込んだ書物が並んでいるが、澁澤の本(「幻想の画廊から」のサイン入り献本もあった!)はもちろん、ベルメール(人形作家)、ケレーニイ(神話学者)、カミュ(フランスの小説家)、ミシェル・レリス(同)、バタイユ(フランスの思想家)、コーリン・ウィルソン(英国の作家)、フロイト、岩田宏訳のマヤコフスキー(ソビエトの作家)、瀧口修造(日本を代表するシュルレアリスト)などなど、きりがないからこのへんでやめるが、彼の世代のうちで、知的であろうとした人文関係者なら読んでいたであろうと思われる本はたいがい並んでいるのではないか。
そして、生前にビッキは一冊だけだが詩集を編んでいる。
筆者は美術に親しむはるか以前から詩を読んでいるのでこれは自信を持って断言するが、彼の詩は、ちゃんと現代詩の作法を踏まえている。
言い換えれば、詩になっているのだ。
けっして、美術家の余技という水準ではない。
会場では、スライドショーのようなかたちで、詩行と挿絵が投影されていたが、詩集をまるごと復刊して図録にしてほしかったと、個人的には思う(詩を読むスピードには個人差もあるし、途中で立ち止まりたくもなるからだ)。
自ら詩を書くだけでなく、詩人との交流も活発だった。
1979、80年には「詩の隊商 北へ」と題したイベントが、ビッキのアトリエのある上川管内音威子府村で開かれている。道内の矢口以文、嶌文彦、米山将治、大島龍、京都の片桐ユズルなどが参加している。
さらに81年には「北の詩人たち」展が開かれ、オホーツク管内置戸町の詩人・美術家鈴木順三郎が参加。84年には札幌・アートプラザで再び「北の詩人たち」が開かれ、こちらは、詩の朗読の取り組みで名高い天童大人、吉増剛造、吉原幸子らそうそうたる顔ぶれの詩人29人と、彫刻家5人が参加している。
1970~80年代には、今よりも、アートと多分野のコラボレーションが盛んだったのはまちがいないようだ。
その他、阿部典英さんからの書簡や、美術評論家の針生一郎氏が旭川を訪れた際にビッキ、典英、菅原弘記の4人で夜通し語り明かしたとおぼしき際の写真など、貴重な資料がいっぱい。
彫刻作品はいずれも、これまでの展覧会では見かけなかったものばかりで、これまた貴重だ。
ANIMAL 目(B) 63年
文様の図案 67年、71年
ANIMAL 62年
(無題) 4点
TENTACLE 77年、73年、84年、85年
北の王と王妃 87年
揆面 75年
午前三時の玩具 87年(同題2点、素描も)
既面 75年
斯面 76年
媿面 76年
蛾
樹頭を持つ女 83年
器面 75年
最後の「器面」は、プロレタリア文学の研究者として多くの功績のある八子政信氏の所蔵品だが、会場に掲げられたプロフィルには「作曲家・詩人」とあって、びっくり。
八子さんの息子さんが彫刻家の八子晋嗣さんで、彼は、打楽器を兼ねた木彫をよく制作しているので、その理由が、ここですごく腑に落ちた。なるほど。
なお、会場で最後のコーナーは「ビッキと写真家」となっており、甲斐敬幸、吉田ルイ子、井上洋二の各氏が撮ったビッキの肖像が飾られている。
吉田ルイ子氏は、北海道出身で、「ハーレムの熱い日」などで知られるフォトジャーナリストの草分け的存在だが、この会場にあった写真は、ひげ面やセーターのあちこちに雪をつけたビッキの、いたずら小僧のような表情が印象深かった。
2020年1月25日(土)~3月22日(日)午前9時半~午後5時、月曜休み
道立文学館(札幌市中央区中島公園)
一般500円、高大生250円、中学生以下・65歳以上無料
・地下鉄南北線「中島公園駅」3番出口から約410メートル、徒歩6分
・地下鉄南北線「幌平橋駅」から約480メートル、徒歩7分
・市電「中島公園通」から約550メートル、徒歩7分
・中央バス、ジェイ・アール北海道バス「中島公園入口」から約200メートル、徒歩3分
・渡辺淳一記念館から、中島公園の中を通って約480メートル、徒歩6分
・ト・オン・カフェから、約620メートル、徒歩8分
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近美コレクション 北の美術家群像 (2018)
■砂澤ビッキ展 木魂(こだま)を彫る (2017)
■中原悌二郎記念旭川彫刻美術館ステーションギャラリーがオープン(2012)=「カムイミンダラ」を常設展示
■森と芸術 (2011)※画像なし
砂澤ビッキ「四つの風」(札幌芸術の森野外美術館)の2本目も倒壊 ※画像なし
砂澤ビッキ「四つの風」の1本が倒れる 遺志尊重し修復せず-札幌芸術の森野外美術館 (2010)
■砂澤ビッキ展 樹兜虫の世界 (2009年2月)※画像なし
■砂澤ビッキ展(2008年)※画像なし
■エコミュージアムおさしまセンター(BIKKYアトリエ3モア)=「オトイネップタワー」の画像あり
■砂澤ビッキ作品、旭川市に寄贈(2007年)※画像なし
「四つの風」 (2006現在の画像)
「四つの風」をあしらった札幌市交通局のウィズユーカード (2002.ページ最下段)
(この項続く)