戦前の日本の洋画壇を彗星のように駆け抜け、31歳で世を去った札幌生まれの画家、三岸好太郎の生誕110年を記念する回顧展が、札幌の道立三岸好太郎美術館で始まりました。9月14日には、開会式が行われました。
11月下旬からは、函館に巡回します。
告知記事でも書きましたが、三岸好太郎の代表作は三岸好太郎美術館で常設されているわけですが、今回は、東京の国立近代美術館などから作品を借りてきています。
具体的には、神奈川県立近代、名古屋市、宮城県、福岡市の各美術館、高輪画廊、各地のコレクターです。
なお、前期が10月20日まで、後期が同22日から11月17日までと、展示替えがありますが、借りてきた作品については前後期通して展示するようです。
全体としては、三岸好太郎美術館の所蔵品による「ベスト・オブ・ミギシ」を、借り物によってさらにパワーアップさせたという印象です。
開会式では、孫にあたる三岸太郎さんがあいさつ。
「北海道に来ると、北の色を感じる。祖父は、記録上は厚田に行っていないことになっているが、少なくとも一回は行っていると思うんですよね。初期や、貝殻の絵には、厚田の空や海の色が現れていると思います。わたしも53歳になり、本当に思うことは、祖父のやり遂げたことの10分の1もできていないな、と。祖父は、最初から、31で生涯を終えることを知っていたのではないかと思うぐらいです」
と話し、幼少の頃、フランスから祖母の節子と札幌に来て、旧三岸美術館のテープカットに加わったことを回想。そして、ちょうど30年前に現三岸好太郎美術館が完成したことにふれていました。
その後、学芸員の苫名さんによる解説がありました。
そこで得た知見も交えて、以下、作品について思うところをだらだらと書いていきます。
自画像
ペン画。左下に口や鼻を書き直しているのがおもしろい。苫名さんによると、自画像はほかにほとんどないらしい(言われてみれば、たしかに!)。しかし、いまふと思ったんだが、この自画像には、あごが描かれていない。三岸好太郎の写真でいちばん目立つのは、アントニオ猪木並みのでかいあご。意外と本人は気にしており、この自画像でも描かなかったのかもしれない。
檸檬持てる少女
春陽会(いまもある団体公募展)の第1回展で入選し、一躍三岸を有名にした作品。正直なところ、そんなにいい絵かよ、と思うが…。当時の三岸は貧乏でキャンバスを買うカネがなく、支持体はボール紙。左下のサインのところがちょっと傷んでいて、紙であることがすぐわかります。
赤い肩かけの婦人像
当時19歳の吉田節子がモデル。おなじ時代の「檸檬持てる少女」や「兄及ビ彼ノ長女」の中世ふう、アンリ・ルソーふうにくらべると、ずいぶん写実的で、長い時間をかけて描いています。おそらく、モデルのところに通い続けるために、時間をかけたのでしょう。その後、節子と結婚するのです。
馬と少女
個人蔵。この絵について述べた先輩画家、木村荘八から三岸にあてた手紙と、さらにおなじような馬に乗る少女を描いた革袋(三岸の自筆)が同時に展示されています。どうやら、大正15年の春陽会展で落選してしまった作品らしく、木村は「君を無鑑査にしたいが、この絵はまだまだ勉強が足りないね」と苦言を呈しているようです。
裸体
同題2点で、いずれも三岸好太郎美術館蔵ですが、筆者は見た記憶がありません。いずれにしても、あまり三岸っぽくない小品。
少年道化
なんの違和感もなく並んでいますが、じつは東京国立近代美術館蔵で、よく同館の常設展示で見ることができます。三岸の代表作で、暗い背景から浮かび上がる道化には、彼独特のロマンティシズムが漂います。
黄服少女
なんとなく雰囲気が学芸員さんに似ていると思います。冗談はともかく、このレモン色は、三岸がすきだったんでしょうね。
ニコライ堂遠望
神奈川県美の所蔵品。三岸に寄託されている「ニコライ堂」には尖塔がふたつあるのに、こちらは一つしかありません。関東大震災後の復旧工事の途中だったからかもしれません。手前の石の欄干は、NHK朝の連続テレビ小説で、黒柳徹子役の斎藤由貴が走り出す場面を思い出します。昔からある東京の景観の、数少ない一つ。
白馬と道化、人形使い
個人蔵の小品2点ですが、とりわけ「白馬…」は、苫名さんが「小さな代表作」と評しており、当時の独立展図録にカラーで(! 当時はすごいこと)印刷されているそうです。
赤い服の男
これも個人蔵。神奈川県美の歿後50年展のあと、所在が不明でしたが、2009年にあのテレビ番組「開運! なんでも鑑定団」に突然登場したおかげで、今回久しぶりに展覧会で公開されるに至った作品。で、図録には書いてませんが、そのときの値段が、1200万円だったんですってよ! 22.8×15.3センチで1200万円だったら、そのすぐとなりの大作「道化役者」(222.2×167.2センチ)だったら、いったい何億円になるんですか、奥さん! これを知って筆者は、あらためて、絵からは離れて見ようと思いましたね。傷でもつけたりしたら、弁償できないですもん。
白百合
たしかに、構図が「道化役者」に似ている…。
赤い服の少女
この絵のモデルは86歳で、今もときどき美術館に来ては、自分の80年前の肖像と対面していくとのこと! なんか、いい話ですね。当時の三岸は歯が抜けていて恐ろしく見えたので、歯の治療を条件にモデルになることを承諾したのは、有名な話。
オーケストラ
三岸美術館所蔵の代表作で、引っかく線だけで構成した前衛的な作品「オーケストラ」と、宮城県美術館蔵「オーケストラ」が、三岸美術館内で初の同時展示! 写真だけが展示されている、新宿・紀伊國屋に飾られていた「新交響楽団」が戦災で焼失したことが、つくづく惜しまれます。
海と射光
階段を上がって2階展示室に来ると、展示室の一番奥に展示されていて、鑑賞者の目を奪う大作。福岡市美術館蔵で、三岸にとっての代表作であることはもちろん、日本のシュルレアリスム絵画の代表作でもあり、図版が美術書によく載っているので、三岸好太郎美術館にあるものだと誤解して来館する人も少なくないそうです。
2013年9月14日(土)~11月17日(日)午前9:30~午後5:00(入場~4:30)、月曜休み(祝日は開館し、翌火曜は休み。11月5日は開館)
道立三岸好太郎美術館(札幌市中央区北2西15)
・一般600円(前売り・10人以上の団体450円)、高大生350円(同250円)、小中生250円(200円)
・地下鉄東西線「西18丁目」4番出口から750メートル、徒歩9分
・中央バス、ジェイアール北海道バス「道立近代美術館前」から500メートル、徒歩6分(札幌駅や北1西4から乗って、手稲、小樽方面へ行く大半のバスが停車します。ただし、北大経由は除く)
・ジェイアール北海道バス「桑11 桑園円山線」(JR桑園駅-円山公園駅-啓明ターミナル)で「北3条西15丁目」降車、約170メートル、徒歩3分
・市電「西15丁目」から770メートル、徒歩10分
11月23日(土)~14年1月19日(日)
道立函館美術館(函館市五稜郭町51)
11月下旬からは、函館に巡回します。
告知記事でも書きましたが、三岸好太郎の代表作は三岸好太郎美術館で常設されているわけですが、今回は、東京の国立近代美術館などから作品を借りてきています。
具体的には、神奈川県立近代、名古屋市、宮城県、福岡市の各美術館、高輪画廊、各地のコレクターです。
なお、前期が10月20日まで、後期が同22日から11月17日までと、展示替えがありますが、借りてきた作品については前後期通して展示するようです。
全体としては、三岸好太郎美術館の所蔵品による「ベスト・オブ・ミギシ」を、借り物によってさらにパワーアップさせたという印象です。
開会式では、孫にあたる三岸太郎さんがあいさつ。
「北海道に来ると、北の色を感じる。祖父は、記録上は厚田に行っていないことになっているが、少なくとも一回は行っていると思うんですよね。初期や、貝殻の絵には、厚田の空や海の色が現れていると思います。わたしも53歳になり、本当に思うことは、祖父のやり遂げたことの10分の1もできていないな、と。祖父は、最初から、31で生涯を終えることを知っていたのではないかと思うぐらいです」
と話し、幼少の頃、フランスから祖母の節子と札幌に来て、旧三岸美術館のテープカットに加わったことを回想。そして、ちょうど30年前に現三岸好太郎美術館が完成したことにふれていました。
その後、学芸員の苫名さんによる解説がありました。
そこで得た知見も交えて、以下、作品について思うところをだらだらと書いていきます。
自画像
ペン画。左下に口や鼻を書き直しているのがおもしろい。苫名さんによると、自画像はほかにほとんどないらしい(言われてみれば、たしかに!)。しかし、いまふと思ったんだが、この自画像には、あごが描かれていない。三岸好太郎の写真でいちばん目立つのは、アントニオ猪木並みのでかいあご。意外と本人は気にしており、この自画像でも描かなかったのかもしれない。
檸檬持てる少女
春陽会(いまもある団体公募展)の第1回展で入選し、一躍三岸を有名にした作品。正直なところ、そんなにいい絵かよ、と思うが…。当時の三岸は貧乏でキャンバスを買うカネがなく、支持体はボール紙。左下のサインのところがちょっと傷んでいて、紙であることがすぐわかります。
赤い肩かけの婦人像
当時19歳の吉田節子がモデル。おなじ時代の「檸檬持てる少女」や「兄及ビ彼ノ長女」の中世ふう、アンリ・ルソーふうにくらべると、ずいぶん写実的で、長い時間をかけて描いています。おそらく、モデルのところに通い続けるために、時間をかけたのでしょう。その後、節子と結婚するのです。
馬と少女
個人蔵。この絵について述べた先輩画家、木村荘八から三岸にあてた手紙と、さらにおなじような馬に乗る少女を描いた革袋(三岸の自筆)が同時に展示されています。どうやら、大正15年の春陽会展で落選してしまった作品らしく、木村は「君を無鑑査にしたいが、この絵はまだまだ勉強が足りないね」と苦言を呈しているようです。
裸体
同題2点で、いずれも三岸好太郎美術館蔵ですが、筆者は見た記憶がありません。いずれにしても、あまり三岸っぽくない小品。
少年道化
なんの違和感もなく並んでいますが、じつは東京国立近代美術館蔵で、よく同館の常設展示で見ることができます。三岸の代表作で、暗い背景から浮かび上がる道化には、彼独特のロマンティシズムが漂います。
黄服少女
なんとなく雰囲気が学芸員さんに似ていると思います。冗談はともかく、このレモン色は、三岸がすきだったんでしょうね。
ニコライ堂遠望
神奈川県美の所蔵品。三岸に寄託されている「ニコライ堂」には尖塔がふたつあるのに、こちらは一つしかありません。関東大震災後の復旧工事の途中だったからかもしれません。手前の石の欄干は、NHK朝の連続テレビ小説で、黒柳徹子役の斎藤由貴が走り出す場面を思い出します。昔からある東京の景観の、数少ない一つ。
白馬と道化、人形使い
個人蔵の小品2点ですが、とりわけ「白馬…」は、苫名さんが「小さな代表作」と評しており、当時の独立展図録にカラーで(! 当時はすごいこと)印刷されているそうです。
赤い服の男
これも個人蔵。神奈川県美の歿後50年展のあと、所在が不明でしたが、2009年にあのテレビ番組「開運! なんでも鑑定団」に突然登場したおかげで、今回久しぶりに展覧会で公開されるに至った作品。で、図録には書いてませんが、そのときの値段が、1200万円だったんですってよ! 22.8×15.3センチで1200万円だったら、そのすぐとなりの大作「道化役者」(222.2×167.2センチ)だったら、いったい何億円になるんですか、奥さん! これを知って筆者は、あらためて、絵からは離れて見ようと思いましたね。傷でもつけたりしたら、弁償できないですもん。
白百合
たしかに、構図が「道化役者」に似ている…。
赤い服の少女
この絵のモデルは86歳で、今もときどき美術館に来ては、自分の80年前の肖像と対面していくとのこと! なんか、いい話ですね。当時の三岸は歯が抜けていて恐ろしく見えたので、歯の治療を条件にモデルになることを承諾したのは、有名な話。
オーケストラ
三岸美術館所蔵の代表作で、引っかく線だけで構成した前衛的な作品「オーケストラ」と、宮城県美術館蔵「オーケストラ」が、三岸美術館内で初の同時展示! 写真だけが展示されている、新宿・紀伊國屋に飾られていた「新交響楽団」が戦災で焼失したことが、つくづく惜しまれます。
海と射光
階段を上がって2階展示室に来ると、展示室の一番奥に展示されていて、鑑賞者の目を奪う大作。福岡市美術館蔵で、三岸にとっての代表作であることはもちろん、日本のシュルレアリスム絵画の代表作でもあり、図版が美術書によく載っているので、三岸好太郎美術館にあるものだと誤解して来館する人も少なくないそうです。
2013年9月14日(土)~11月17日(日)午前9:30~午後5:00(入場~4:30)、月曜休み(祝日は開館し、翌火曜は休み。11月5日は開館)
道立三岸好太郎美術館(札幌市中央区北2西15)
・一般600円(前売り・10人以上の団体450円)、高大生350円(同250円)、小中生250円(200円)
・地下鉄東西線「西18丁目」4番出口から750メートル、徒歩9分
・中央バス、ジェイアール北海道バス「道立近代美術館前」から500メートル、徒歩6分(札幌駅や北1西4から乗って、手稲、小樽方面へ行く大半のバスが停車します。ただし、北大経由は除く)
・ジェイアール北海道バス「桑11 桑園円山線」(JR桑園駅-円山公園駅-啓明ターミナル)で「北3条西15丁目」降車、約170メートル、徒歩3分
・市電「西15丁目」から770メートル、徒歩10分
11月23日(土)~14年1月19日(日)
道立函館美術館(函館市五稜郭町51)