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道立北方民族博物館、ラポロアイヌネイション、浦幌町立博物館の主催。この後、十勝管内浦幌町にある同館に、会場の広さの関係で内容を少し減らして巡回するそうです。
「ラポロアイヌネイション」は、1970年に結成された北海道アイヌ協会(当時は北海道ウタリ協会)の浦幌支部が、2020年7月に改名したもの。改称の直接の理由は、会場には記されていませんでした。フライヤーには
「先住民族の権利として浦幌十勝川河口でのサケ漁業権の復活を目指しています」
とあります。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言を受け、会期が変更になって、ハッと気がついたときには最終日になっていました。しかし、非常に気になっていた企画なので、急いで会場に向かいました。展示のタイトルからして、なんだかすごそうだなという気がしていたのです。
実際の展示は、浦幌の歴史とラポロアイヌネイションの取り組みを淡々と紹介したものでした。
文字のパネル以外に、27分間の短編映画が会場で上映され、理解を助けてくれました。首飾り(タマサイ)や神事に用いるイクスパイなども並んでいました。
「ネイション」という語が団体名に用いられているので、誤解する人もいるかもしれませんが、ラポロアイヌネイションは国家として独立しようと企んでいるわけではありません。
そもそもラポロアイヌネイションは会員が9人です。とうてい独立国家としてやっていける規模ではありません。9人は、日々漁業を営みながら、民族の神事などに取り組んでいます。
浦幌にアイヌ民族が9人しかいないというわけではなく、差別を恐れて名乗れない人もいるようです。
「ネイション」なんて大げさだと思う人もいるでしょう。しかし、おなじ会場で以前ロビー展を行っていたサーミ(トナカイを飼うスカンジナビアの先住民族)のように広い自治権を有している先住民族は、もはや先進国ではめずらしくありません。サーミは自分たちの旗も持っています。
今回の展示でも、2017年に米国ワシントン州のマカ・トライブなどと交流してきた様子が紹介されていました。
同州では1950~60年代に漁業権の復権運動が高まり、逮捕される人も出ましたが、74年にサケの50%をトライブが捕獲する権利が認められたのだそうです。
ひるがえって、アイヌ民族とサケの歴史を振り返ってみましょう。
もともとアイヌ民族はサケをカムイチェプと呼び、食糧や衣服に大切な役割を果たしてきました。
豊富なサケ資源に目を付けた場所請負人はアイヌ民族を酷使しましたが、彼らが自分で漁をすること自体は禁じませんでした。
ところが、明治政府は河川でのサケ漁を、アイヌには相談もなく、事実上、禁止してしまいました。これは主に、サケマスの人工ふ化のためで、アイヌ民族を弾圧するのが目的ではなかったようですが、アイヌ民族は困り果ててしまいました。
1986年以降、道の許可を得れば、祭祀用の捕獲は認められるようになりました。
しかしアイヌ民族からすれば
「自分たちは先祖代々取ってきたのに、後から入ってきた和人が一方的に禁止するのはおかしい」
と言いたくなることでしょう。
現実的に考えれば、米国やカナダでは先住民族に広く漁業権が認められていますし、ラポロアイヌネイションが地元の川でサケを捕獲したところで資源が枯渇したり和人の漁師やふ化場の取り分がなくなってしまったりといった事態は考えられないでしょう。
会場で流れていた映画では、北大がアイヌ民族の人骨を浦幌に返却する様子も描かれていました。
19世紀から20世紀前半にかけてアイヌ民族は人類学の研究対象であり、学者が無断で墓から持ち去った事例もあるようです。国は、白老のウポポイに集約する考えのようですが、各地域のアイヌ民族が
「自分たちのふるさとで供養するのが昔からの習慣だから、そうさせてくれ」
と申し出てくれば、それに従うのがふつうではないかと思われます。
もし、自分たちの家の墓が西洋人に暴かれて骨が持ち出され、何十年か後になって
「日本人でしょ? 日本のどっか1カ所にまとめときましたよ」
と言われたらどうでしょう。逆の立場になって考えれば、かなり非礼なことをしているのは明らかではないでしょうか。
このときの和人(北大など)の態度がアイヌ民族の権利要求に火を付けた面もあるのではないだろうかと、展示を見ながら思うのでした。
日本が、ようやく先進国に追いついたと、ホッとして歴史の歩みを止めてしまっている間にも、欧米の先住民族の権利をめぐる事情は着実に前へ進んでいるようです。
欧米に比べたらアイヌ民族の権利要求はまだしもおとなしい方だといえるかもしれません。ここはじっくりチャランケ(談判)をして、アイヌ民族の声に耳を傾けるべきではないでしょうか。
ところで、不勉強で知らなかったのですが、「十勝平野」で北海道新聞文学賞を受賞した上西晴治は浦幌のアイヌ民族だったのですね。いつか、読んでみたい…。
2021年6月22日(火)~7月4日(日)午前9時半~午後4時半(7月は午前9時~午後5時)、月曜休み
道立北方民族博物館(網走市潮見309-1)
「ラポロアイヌネイション」は、1970年に結成された北海道アイヌ協会(当時は北海道ウタリ協会)の浦幌支部が、2020年7月に改名したもの。改称の直接の理由は、会場には記されていませんでした。フライヤーには
「先住民族の権利として浦幌十勝川河口でのサケ漁業権の復活を目指しています」
とあります。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言を受け、会期が変更になって、ハッと気がついたときには最終日になっていました。しかし、非常に気になっていた企画なので、急いで会場に向かいました。展示のタイトルからして、なんだかすごそうだなという気がしていたのです。
実際の展示は、浦幌の歴史とラポロアイヌネイションの取り組みを淡々と紹介したものでした。
文字のパネル以外に、27分間の短編映画が会場で上映され、理解を助けてくれました。首飾り(タマサイ)や神事に用いるイクスパイなども並んでいました。
「ネイション」という語が団体名に用いられているので、誤解する人もいるかもしれませんが、ラポロアイヌネイションは国家として独立しようと企んでいるわけではありません。
そもそもラポロアイヌネイションは会員が9人です。とうてい独立国家としてやっていける規模ではありません。9人は、日々漁業を営みながら、民族の神事などに取り組んでいます。
浦幌にアイヌ民族が9人しかいないというわけではなく、差別を恐れて名乗れない人もいるようです。
「ネイション」なんて大げさだと思う人もいるでしょう。しかし、おなじ会場で以前ロビー展を行っていたサーミ(トナカイを飼うスカンジナビアの先住民族)のように広い自治権を有している先住民族は、もはや先進国ではめずらしくありません。サーミは自分たちの旗も持っています。
今回の展示でも、2017年に米国ワシントン州のマカ・トライブなどと交流してきた様子が紹介されていました。
同州では1950~60年代に漁業権の復権運動が高まり、逮捕される人も出ましたが、74年にサケの50%をトライブが捕獲する権利が認められたのだそうです。
ひるがえって、アイヌ民族とサケの歴史を振り返ってみましょう。
もともとアイヌ民族はサケをカムイチェプと呼び、食糧や衣服に大切な役割を果たしてきました。
豊富なサケ資源に目を付けた場所請負人はアイヌ民族を酷使しましたが、彼らが自分で漁をすること自体は禁じませんでした。
ところが、明治政府は河川でのサケ漁を、アイヌには相談もなく、事実上、禁止してしまいました。これは主に、サケマスの人工ふ化のためで、アイヌ民族を弾圧するのが目的ではなかったようですが、アイヌ民族は困り果ててしまいました。
1986年以降、道の許可を得れば、祭祀用の捕獲は認められるようになりました。
しかしアイヌ民族からすれば
「自分たちは先祖代々取ってきたのに、後から入ってきた和人が一方的に禁止するのはおかしい」
と言いたくなることでしょう。
現実的に考えれば、米国やカナダでは先住民族に広く漁業権が認められていますし、ラポロアイヌネイションが地元の川でサケを捕獲したところで資源が枯渇したり和人の漁師やふ化場の取り分がなくなってしまったりといった事態は考えられないでしょう。
会場で流れていた映画では、北大がアイヌ民族の人骨を浦幌に返却する様子も描かれていました。
19世紀から20世紀前半にかけてアイヌ民族は人類学の研究対象であり、学者が無断で墓から持ち去った事例もあるようです。国は、白老のウポポイに集約する考えのようですが、各地域のアイヌ民族が
「自分たちのふるさとで供養するのが昔からの習慣だから、そうさせてくれ」
と申し出てくれば、それに従うのがふつうではないかと思われます。
もし、自分たちの家の墓が西洋人に暴かれて骨が持ち出され、何十年か後になって
「日本人でしょ? 日本のどっか1カ所にまとめときましたよ」
と言われたらどうでしょう。逆の立場になって考えれば、かなり非礼なことをしているのは明らかではないでしょうか。
このときの和人(北大など)の態度がアイヌ民族の権利要求に火を付けた面もあるのではないだろうかと、展示を見ながら思うのでした。
日本が、ようやく先進国に追いついたと、ホッとして歴史の歩みを止めてしまっている間にも、欧米の先住民族の権利をめぐる事情は着実に前へ進んでいるようです。
欧米に比べたらアイヌ民族の権利要求はまだしもおとなしい方だといえるかもしれません。ここはじっくりチャランケ(談判)をして、アイヌ民族の声に耳を傾けるべきではないでしょうか。
ところで、不勉強で知らなかったのですが、「十勝平野」で北海道新聞文学賞を受賞した上西晴治は浦幌のアイヌ民族だったのですね。いつか、読んでみたい…。
2021年6月22日(火)~7月4日(日)午前9時半~午後4時半(7月は午前9時~午後5時)、月曜休み
道立北方民族博物館(網走市潮見309-1)