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■南隆雄 陰・像・陽 (2019年10月26日~11月10日、網走) と「コレクション・サーベイ」を見て考えたこと

2019年11月09日 18時11分56秒 | 展覧会の紹介-現代美術
(承前)

 網走市の天都山の上にある道立北方民族博物館ロビーで「南隆雄 コレクション・サーベイ」が開かれるのにあわせ、山の下にある市立美術館では、同一の会期で南さんの旧作を展示している。

 北方民族博物館の作品がカラーや、白と黒の組み合わせによるものだったのに対し、市立美術館で流れている映像「ディファレンス・ビトウィーン」は青と白の2色。
 マレー半島を旅した際に、撮影したさまざまな風景や、収録した音を組み合わせている。
 縦長の画面を組み合わせているのは、「コレクション・サーベイ」と同様だ。

 4分のループになっているが、「コレクション・サーベイ」に比べると個々の映像が不鮮明なこともあって、どこか懐かしい幻灯を見ているような感覚に包まれる。
 突飛な空想かもしれないが、魯迅の「故郷」を中国南方の言葉で幻灯や紙芝居にして、遠くでぼんやりと聞いていたら、この作品の感じになったのではないかと思った。

 言うまでもなくマレー半島の旅で南さんは、シンガポール、マレーシア、タイと、複数の国をまたがって移動している。

 地中海や琉球弧といった対象でも、作者は、既存の国境に分断されるのではない、文化のゆるやかなつながりといったものに、興味の焦点を当てているようだ。
 樺太や千島に近い北海道という土地も、似たようなところがあるだろう。
(アイヌ民族は、北海道にも樺太にも千島にも住んでいる、あるいは住んでいた)



 ところで。

 10月27日のトークではまったく話題になっていなかったことで、帰り道、車のステアリングを握りながら考えていたことがある。

 マレー半島や地中海で南さんは現実の風景にカメラを向けたのに、どうして北海道では博物館の所蔵品だったのだろう。

 博物館に収められているものすべてがそうだということではないが、ここに並んでいる物は、すでに現代の日常生活では使われなくなっているものが多い。
 本州の人々があまり下駄をはかなくなったり兵児帯を締めなくなったりしたのと同様に、アイヌ民族は銛でサケをつついて漁をしたり、自宅で子グマを飼ったりしなくなっている。

 マレー半島にはまだある人々の生活の息吹、みたいな何かが、もう北海道には残っていないという判断なのだろうか。

 たしかに、かつてアイヌ民族が野山を駆けまわっていた150年前までとは、この北海道は様変わりした。
 といって本州以南の日本ともまた異なる風土であることも確かだ。
 直線が続く農村の区画。広い道路。厳しい冬。
 もはや樺太や千島との連続性を風土や風景に見いだすことは容易ではないかもしれない。

 ただ、北方との連続性が見えにくくなったのは、そんなに昔のことではないのだ。
 筆者は、北方民族博物館から少し離れた丘の上にある「静眠」碑のことを思い出す。
 網走地方には、アイヌ民族のほかに、ウイルタ、ニブヒの北方民族が住んでいる(あるいは、住んでいた)。

 私たちは、ちょっと古いことを「昔のことだから」と片付けていはいけないのだと思う。
 具体的に言えば、19世紀以降のことは、現代と地続きなのだ。
 南さんの「コレクション・サーベイ」で、さまざまなモノを見たならば、ではなぜそれらのモノが現在ではあまり使われなくなってしまっているのかを考えることは、私たちの義務ですらあるのではないか。


 網走市立美術館には、映像の他、象形文字の模型を明かりで照らしたような、小ぶりなインスタレーション2点も展示されていた(「ライト・シンボル」と「シャドウ・シンボル」)。


2019年10月26日(土)~11月10日(日)午前10時~午後4時、10月28日と11月4日休み
網走市立美術館(南6西1)



・JR網走駅から約1.2キロ、徒歩16分
・網走バスターミナルから約330メートル、徒歩5分
(札幌・旭川発の特急列車、札幌発の都市間高速バス「ドリーミントオホーツク」、いずれも終点です)

・JR釧網線「桂台駅」から約800メートル、徒歩11分


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