青森県立美術館のチーフキュレーターを勤める飯田高誉さんのキュレーションによる現代美術のグループ展。
地元・札幌在住の伊藤隆介さんと、道外から神内康年、田上穂波、乗田菜々美の3氏が出品した。
筆者のように、1998年頃からこの建物に出入りして、ここが「ギャラリー門馬」になる以前から知っている者にとっては、目新しいことではないのだが、飯田さんにとっては、この建物がもともとは門馬よ宇子さんの生活と創作の場であったということは、興味深い発見だったようだ。
したがって、今回の展覧会は、非常に個人的な思い出のような領域に着目するものとなった。
冒頭の画像は、伊藤さんの「カミングホーム」。
「Realistic Virtuality」シリーズになるのだろう。
この作品は玄関スペースに展示されている。
伊藤さんが再現しているのは、かつて居間だったギャラリー門馬の一隅の40年ほど前の情景だ。
門馬さんが亡くなったあと、ギャラリー門馬を引き継ぎ、精力的に企画をし、道内外の美術展に飛びまわっている、門馬さんの娘の大井恵子さんが
「ほんとに、昔のまま」
と目を細めながら、再現された昔の部屋を見ている。
壁に置かれた陶器などは、もともと門馬邸にあったものだ。
差し込んでくる光の加減などは、たとえこれがかつての門馬邸だということを知らなくても、なにか懐かしい感覚を呼び起こしてくれる。
懐かしいといえば、別室の「アネックス」に展開されている神内さんのインスタレーションも、どこか懐かしい感じがある。
ことさらにノスタルジックではないのだけど、空間のあちこちにちりばめられている土のかけらは、江別で育った神内さんの記憶に、おそらく密接に結びついているものではあるまいか。
ここに滞在制作し、旧門馬邸に密着した作品を作り上げたのが田上さんである。
さっき、ずいぶん以前からこの建物を熟知しているかのようなことを書いたけれど、田上さんが展示空間にしてみせた門馬さんのアトリエ(だった部屋)には、初めて入った。
大井さんによると、以前はもっとたくさん美術書があったらしい。
おきっぱなしのイーゼルなどが、生前の門馬さんの息遣いを感じさせる。
その一方で、ふしぎな木の造形物なども持ち込まれ、それなりに変容した空間が構成されている。
田上さんがここにこもって何をしていたかというと、透明なアクリル平面に、この建物の展開図を描いていたのだ(左の画像)。
フェルトペンか何かで書かれた太線によるギャラリー門馬と、実際の建物内部とを、首を左右に振って見比べてみるのも一興。
中二階には、乗田さんが、1960~70年代の漫画をタブローに再現した作品が展示されていた。
伊藤隆介さんは世代的に喜びそうだと思ったが、ただ、若い乗田さんにとって、こんなに古い漫画がどういう意味合いを持っているのかは、ピンとこなかった。
で、以下は言わずもがなかもしれないが…。
飯田さんが青森でキュレーションし、伊藤さんも出品していた展覧会「超群島」は、筆者は見ていないが、「3.11」以後の表現とは-という問いに迫る好企画であったと聞いている。
その飯田さんが札幌で企画したのは、そういう「大文字の問題」設定とは一見縁の無い、個人的で(飯田さん個人という意味ではない)、ささやかともいえる視点の展覧会だった。
もちろん、そのことがだめだというつもりはまったくない。
ただ、全体的な印象として、札幌では、そういうささやか視点の展覧会ばかりが組まれており、もう少し大きな、広い観点からのキュレーションがなされた展覧会はほとんどないといえる。
これは、とりわけ現代美術とよばれる分野で、個人的でささやかな感覚に基盤を置いている作家が多いためだろう。
伊藤隆介さんなら、もっと広い、社会的な視点での展覧会に出しても大丈夫だろうが、ほかにそういう作家で、誰がいるかといえば、阿部典英、池田緑、艾沢詳子、絵画の伊藤光悦…。意外と少ないのが現実ではないだろうか。
いまの名前列挙は、思いつきです。
そして、別に、美術でアジテーションしろとたきつけているわけでもない。
ただ、この展覧会で提示されているのは、あくまで、個人的でささやかな視点と場所への着目という出発点なのであって、そこから自分や社会への回路をどうつないでいくかは、鑑賞者個々に任されているのだろうと思うのだ。
なお、展覧会コンセプトや、作者のプロフィル、過去記事へのリンクなどについては
【告知】の記事
もあわせてお読みください。
2012年8月25日~9月15日(土)11am~7pm
ギャラリー門馬&ANNEX (札幌市中央区旭ケ丘2)
伊藤隆介さんのサイト □http://www.ne.jp/asahi/r/ito/
・地下鉄東西線「円山公園」駅バスターミナルから、ジェイアール北海道バス「循環10 ロープウェイ線」に乗り「旭丘高校前」降車、130メートル、徒歩2分
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・「円山公園」駅バスターミナルから、ジェイアール北海道バス「桑11 桑園円山線」「円11 西25丁目線」「循環11 ロープウェイ線」に乗り、「啓明ターミナル」降車、800メートル、徒歩10分
・地下鉄南北線「中島公園」「幌平橋」から、ジェイアール北海道バス「循環13 山鼻環状線」に乗り「旭丘高校前」降車