三岸好太郎美術館は公立の個人美術館の先駆けといわれ、妻で画家の三岸節子から寄贈された好太郎の代表作の多くを所蔵しています。
1年を四つぐらいの会期に分かち、一つは「特別展」、他は所蔵品展と銘打って彼の作品などを展示していますが、展覧会ごとにテーマを設定し、新たな知見や「見る角度」を提供してくれるところには、ほんとうに頭が下がる思いです。
出世作「檸檬持てる少女」(冒頭画像の左から2枚目)や「飛ぶ蝶」「オーケストラ」「のんびり貝」「道化役者」(冒頭画像の右端)といった代表作はだいたいいつ行ってもどこかに展示されていますが、エスキスやデッサンには、50回以上足を運んでいる筆者でも
「ン? これは初めて見るような…」
という作品があります。
そこで今回は、これはレアかも特集ということで、筆者が珍しいと思った作品を紹介していきたいと思います。
今回のフライヤーに採用されている「二人の姉妹」(1930頃)。
この展覧会は、ジョン・レノン&ヨーコ・オノとは関係なくて、三岸の作品には人間が2人で描かれているものが実は多い! という、意外な着眼点からあつめられた絵が、最初に並んでいます。
いわれてみれば、画家はもとめに応じて描く場合、1人のモデルをモチーフにすることが多く、2人の絵は案外少ないように感じます。
しかし、さすがにそれだけでは芸がない? ので「ふたつのものがであう」というテーマで、二つの色、あるいはダブルの構図といった着眼点も用意して、さまざまな作品を見ていきます。
この絵は三岸の娘たちがモデル。
解説パネルには、長女にくらべて次女の絵が少ないのは、次女が活潑な性質でじっとしていないからという意味のことが書いてありました。
「アトリエの室内」 (1932~33頃)。
この小品も、初めて見るような気がするなあ。
クレヨンの表面をひっかくという斬新な手法は、代表作「オーケストラ」につながっていきます。
ちなみに「オーケストラ」は今回は、裏に描かれた「悪魔」もともに鑑賞することができます。
左はグワッシュによる「踊り」。
右は墨による「二人人物」。
こうしたデッサン、スケッチ系の作品は、見た記憶のない絵にであうことが多いと思います。
「踊り」は、太い線と、こすったような細い線とが、ふしぎな効果をあげています。
次は「構図のダブル」というコーナーで、いずれも「籠を持つ少女」(1924頃)と題されています。
左は水彩、右は木版です。
雑誌などの挿絵を思わせるシンプルな絵柄です。
好太郎の木版画は珍しいのでは? と思いましたが、本展覧会にはもう1点「姑娘二人」という木版が出品されています。
2階の突き当たり、第4展示室。
この部屋には晩年の作が並ぶことが多く、今回もこの画像の左端は「のんびり貝」(1934)です。
右は「月寒風景」(1932頃)。
左は「風景」(1928頃=推定)。
現在ではすっかり札幌市内の住宅地になっている月寒も、戦前は郊外の農村地帯でした。
もっともこの2点は、油彩とはいえ、ラフに描かれた小品で、対象の地を特定できるようなものが描かれているわけではありません。
続く2点は「海」(1933~34頃)。
空と海に二分された構図が「ダブル」ということなのでしょう。
解説パネルによれば、これは厚田ではなく、柏崎(新潟県)などではないか、ということでした。
三岸は当時、柏崎に用があったらしいのですが、新幹線が新潟県に通じている現在とは異なり、東京から柏崎に行くのは一仕事です。ふらっと旅するような場所ではないでしょう。
パトロンでもいたのかな?
最後の第6、第7展示室は「好太郎とマリオネット」という別の展示になっています。
右は「マリオネット」(1930)という、代表作の一つ。
春陽展に出されたこの絵が評価されたことも、好太郎が独立美術の旗揚げに参画できた背景にあるのでは、という趣旨のことが、解説パネルに書いてありました。
左は「マリオネットをする少女」(1931頃)。
墨による作品です。
1階に展示してあった「赤い服の少女」(1932)のエピソードを紹介するビデオが流れているコーナー。
そっくりにあつらえた洋服の実物も展示してありました。
このビデオで流れるオリジナルの歌を歌っているのは、たぶん初音ミクです。
最後は、晩年の好太郎が一時いれあげていた作曲家・吉田隆子に焦点を当てた小コーナーになっています。
右の「黄服少女」(1930)はよくこの美術館で見かけますが、左の水彩画「読書少女」(1930頃)はあまり展示されないと思います。
好太郎が隆子と出会ったのは、1930年、東京・東中野の料理屋「ミモザ」で開かれた、好太郎の旧制札幌一中(現在の札幌南高)の後輩にあたる洋画家の久保守の渡欧送別会だったということも、解説パネルで知りました。
久保守は戦後は東京藝大教授を務め、「美術手帖」誌の創刊号の巻頭に文章を寄せている画家です。兄弟に、劇作家の久保栄(「のぼり窯」など)がおり、後に吉田隆子と結婚しています。
総じて今回、パネル類が相当多く新しくなり、館の学芸員のたゆまぬ研究の成果だと感じました。
会場には吉田隆子の研究書も読めるかたちで展示され、その巻頭には、北海道が生んだ大作曲家の伊福部昭が文章を寄せていました。
2024年7月13日(土)~9月25日(水)午前9時半~午後5時(入場30分前)、月曜休み(祝日の場合は翌火曜休み)
mima 北海道立三岸好太郎美術館(札幌市中央区北2西15)
過去に同美術館が開いた展覧会のおもな記事へのリンク
・地下鉄東西線「西18丁目駅」4番出口から約670メートル、徒歩9分
・中央バス、ジェイ・アール北海道バス「道立近代美術館」から約450メートル、徒歩6分
(小樽、岩内方面行きの都市間高速バス、ていねライナーなどの快速を含む全ての系統=北大経由は除く=が止まります)
※知事公館の敷地内を突っ切っていけば、4、5分で着きます
・市電「西15丁目」から約730メートル、徒歩10分
・ジェイ・アール北海道バス「桑8 桑園円山線 桑園駅―円山公園駅―啓明ターミナル」で「北3条西15丁目」降車、約160メートル、徒歩2分
・ジェイ・アール北海道バス「54 北5条線 札幌駅前―西28丁目駅」「58 北5条線 札幌駅前―琴似営業所」で「北5条西17丁目」降車、約490メートル、徒歩7分
・ジェイ・アール北海道バス「51 啓明線 札幌駅前―医大病院前―啓明ターミナル」で「大通西14丁目」降車、約630メートル、徒歩8分
1年を四つぐらいの会期に分かち、一つは「特別展」、他は所蔵品展と銘打って彼の作品などを展示していますが、展覧会ごとにテーマを設定し、新たな知見や「見る角度」を提供してくれるところには、ほんとうに頭が下がる思いです。
出世作「檸檬持てる少女」(冒頭画像の左から2枚目)や「飛ぶ蝶」「オーケストラ」「のんびり貝」「道化役者」(冒頭画像の右端)といった代表作はだいたいいつ行ってもどこかに展示されていますが、エスキスやデッサンには、50回以上足を運んでいる筆者でも
「ン? これは初めて見るような…」
という作品があります。
そこで今回は、これはレアかも特集ということで、筆者が珍しいと思った作品を紹介していきたいと思います。
今回のフライヤーに採用されている「二人の姉妹」(1930頃)。
この展覧会は、ジョン・レノン&ヨーコ・オノとは関係なくて、三岸の作品には人間が2人で描かれているものが実は多い! という、意外な着眼点からあつめられた絵が、最初に並んでいます。
いわれてみれば、画家はもとめに応じて描く場合、1人のモデルをモチーフにすることが多く、2人の絵は案外少ないように感じます。
しかし、さすがにそれだけでは芸がない? ので「ふたつのものがであう」というテーマで、二つの色、あるいはダブルの構図といった着眼点も用意して、さまざまな作品を見ていきます。
この絵は三岸の娘たちがモデル。
解説パネルには、長女にくらべて次女の絵が少ないのは、次女が活潑な性質でじっとしていないからという意味のことが書いてありました。
「アトリエの室内」 (1932~33頃)。
この小品も、初めて見るような気がするなあ。
クレヨンの表面をひっかくという斬新な手法は、代表作「オーケストラ」につながっていきます。
ちなみに「オーケストラ」は今回は、裏に描かれた「悪魔」もともに鑑賞することができます。
左はグワッシュによる「踊り」。
右は墨による「二人人物」。
こうしたデッサン、スケッチ系の作品は、見た記憶のない絵にであうことが多いと思います。
「踊り」は、太い線と、こすったような細い線とが、ふしぎな効果をあげています。
次は「構図のダブル」というコーナーで、いずれも「籠を持つ少女」(1924頃)と題されています。
左は水彩、右は木版です。
雑誌などの挿絵を思わせるシンプルな絵柄です。
好太郎の木版画は珍しいのでは? と思いましたが、本展覧会にはもう1点「姑娘二人」という木版が出品されています。
2階の突き当たり、第4展示室。
この部屋には晩年の作が並ぶことが多く、今回もこの画像の左端は「のんびり貝」(1934)です。
右は「月寒風景」(1932頃)。
左は「風景」(1928頃=推定)。
現在ではすっかり札幌市内の住宅地になっている月寒も、戦前は郊外の農村地帯でした。
もっともこの2点は、油彩とはいえ、ラフに描かれた小品で、対象の地を特定できるようなものが描かれているわけではありません。
続く2点は「海」(1933~34頃)。
空と海に二分された構図が「ダブル」ということなのでしょう。
解説パネルによれば、これは厚田ではなく、柏崎(新潟県)などではないか、ということでした。
三岸は当時、柏崎に用があったらしいのですが、新幹線が新潟県に通じている現在とは異なり、東京から柏崎に行くのは一仕事です。ふらっと旅するような場所ではないでしょう。
パトロンでもいたのかな?
最後の第6、第7展示室は「好太郎とマリオネット」という別の展示になっています。
右は「マリオネット」(1930)という、代表作の一つ。
春陽展に出されたこの絵が評価されたことも、好太郎が独立美術の旗揚げに参画できた背景にあるのでは、という趣旨のことが、解説パネルに書いてありました。
左は「マリオネットをする少女」(1931頃)。
墨による作品です。
1階に展示してあった「赤い服の少女」(1932)のエピソードを紹介するビデオが流れているコーナー。
そっくりにあつらえた洋服の実物も展示してありました。
このビデオで流れるオリジナルの歌を歌っているのは、たぶん初音ミクです。
最後は、晩年の好太郎が一時いれあげていた作曲家・吉田隆子に焦点を当てた小コーナーになっています。
右の「黄服少女」(1930)はよくこの美術館で見かけますが、左の水彩画「読書少女」(1930頃)はあまり展示されないと思います。
好太郎が隆子と出会ったのは、1930年、東京・東中野の料理屋「ミモザ」で開かれた、好太郎の旧制札幌一中(現在の札幌南高)の後輩にあたる洋画家の久保守の渡欧送別会だったということも、解説パネルで知りました。
久保守は戦後は東京藝大教授を務め、「美術手帖」誌の創刊号の巻頭に文章を寄せている画家です。兄弟に、劇作家の久保栄(「のぼり窯」など)がおり、後に吉田隆子と結婚しています。
総じて今回、パネル類が相当多く新しくなり、館の学芸員のたゆまぬ研究の成果だと感じました。
会場には吉田隆子の研究書も読めるかたちで展示され、その巻頭には、北海道が生んだ大作曲家の伊福部昭が文章を寄せていました。
2024年7月13日(土)~9月25日(水)午前9時半~午後5時(入場30分前)、月曜休み(祝日の場合は翌火曜休み)
mima 北海道立三岸好太郎美術館(札幌市中央区北2西15)
過去に同美術館が開いた展覧会のおもな記事へのリンク
・地下鉄東西線「西18丁目駅」4番出口から約670メートル、徒歩9分
・中央バス、ジェイ・アール北海道バス「道立近代美術館」から約450メートル、徒歩6分
(小樽、岩内方面行きの都市間高速バス、ていねライナーなどの快速を含む全ての系統=北大経由は除く=が止まります)
※知事公館の敷地内を突っ切っていけば、4、5分で着きます
・市電「西15丁目」から約730メートル、徒歩10分
・ジェイ・アール北海道バス「桑8 桑園円山線 桑園駅―円山公園駅―啓明ターミナル」で「北3条西15丁目」降車、約160メートル、徒歩2分
・ジェイ・アール北海道バス「54 北5条線 札幌駅前―西28丁目駅」「58 北5条線 札幌駅前―琴似営業所」で「北5条西17丁目」降車、約490メートル、徒歩7分
・ジェイ・アール北海道バス「51 啓明線 札幌駅前―医大病院前―啓明ターミナル」で「大通西14丁目」降車、約630メートル、徒歩8分