いよいよ2011年も押し迫ってきた。
きょうから3回に分けて、ことし1年を振り返ってみたい。
初回のテーマは、美術。
しかし、このブログの継続的な読者であればご存知のとおり、筆者は北見に転居しているため、札幌にいる年に比べてほとんど展覧会などを見ていない。
「99%減」といっても、けっして大げさではないことは、わかってもらえるだろう。
したがって、ことしの北海道美術を総括して振り返るのは、筆者の任ではない。
ただ、ごくごく大まかな二つの特徴については、言うことができると思う。
ひとつは、多くの方もおなじ意見だと思うが、ギャラリーや美術館を飛び出したサイトスペシフィックな展覧会がいつになく多かったことである。
SNOW SCAPE MOERE(札幌)
帯広コンテンポラリーアート 真正閣の100日
ハルカヤマ藝術要塞(小樽)
落石計画(根室)
樽前Arty・記憶の循環(苫小牧)
飛生芸術祭(白老)
夕張清水沢アートプロジェクト
…といったあたりが直ちに思い浮かぶ。
大きな催しで今年が開催年にあたっていないのは、旭川彫刻フェスタと函館トリエンナーレ(前回はハコトリ)くらいのものではないか。
筆者はたまたま、飛生以外については、すべてを見ることができた。
それぞれ、方向性が異なり、興味深いものがあった。
もうひとつ。
これは、あんまり挙げる人がいないかもしれないが、美術館の企画に見るべきものがあったということ。
美術館が展覧会を企画するのは当たり前だと思う人もいるかもしれないが、じつは、他の会場からの巡回だったり、あるいは他の美術館などの蒐集をそのまま並べたものだったりして、とくに切り口に新味のない展覧会も多い。いや、道内では、そういう展覧会がこれまで大半を占めており、学芸員の斬新な視点に感服させられるという体験はそれほどなかった。
しかし、今年は、地元に目を向けて調査を徹底した帯広美術館の「十勝の美術クロニクル」や、札幌芸術の森美術館の「森と芸術」といった、作品はもちろん、企画そのものが良かった展覧会があった。
昨年から今年にかけてだが、同美術館の「札幌美術展 さっぽろ・昭和30年代 美術評論家なかがわ・つかさが見た熱き時代」も、忘れることのできない好企画だった。
筆者ごときが言うまでもないが、今後ますます、海外の有名画家や印象派などのコレクションを借りてきて、大規模な動員をめざすような展覧会は、開催が困難になっていくだろう。
学芸員の着眼の鋭さが、人寄せパンダ的作品の不在を補ってあまりあるような展覧会を今後、もっと見たい。
そのほか、
・東日本大震災を受けて、道内でも、釧路芸術館のポーシャン展が、海外コレクターの貸し出しを受けることがかなわず中止になったり、作家がチャリティー展を開催するといった動きがあった
・道立近代、木田金次郎、旭川市彫刻の3美術館が改装休館に入った
・札幌ビエンナーレの開催を目指して「プレ展」が2度開かれた
といったことも、記しておいたほうがいいだろう。
「こんなこともあった」
「この展覧会が良かった」
という書き込み、コメント欄でお待ちしております。
きょうから3回に分けて、ことし1年を振り返ってみたい。
初回のテーマは、美術。
しかし、このブログの継続的な読者であればご存知のとおり、筆者は北見に転居しているため、札幌にいる年に比べてほとんど展覧会などを見ていない。
「99%減」といっても、けっして大げさではないことは、わかってもらえるだろう。
したがって、ことしの北海道美術を総括して振り返るのは、筆者の任ではない。
ただ、ごくごく大まかな二つの特徴については、言うことができると思う。
ひとつは、多くの方もおなじ意見だと思うが、ギャラリーや美術館を飛び出したサイトスペシフィックな展覧会がいつになく多かったことである。
SNOW SCAPE MOERE(札幌)
帯広コンテンポラリーアート 真正閣の100日
ハルカヤマ藝術要塞(小樽)
落石計画(根室)
樽前Arty・記憶の循環(苫小牧)
飛生芸術祭(白老)
夕張清水沢アートプロジェクト
…といったあたりが直ちに思い浮かぶ。
大きな催しで今年が開催年にあたっていないのは、旭川彫刻フェスタと函館トリエンナーレ(前回はハコトリ)くらいのものではないか。
筆者はたまたま、飛生以外については、すべてを見ることができた。
それぞれ、方向性が異なり、興味深いものがあった。
もうひとつ。
これは、あんまり挙げる人がいないかもしれないが、美術館の企画に見るべきものがあったということ。
美術館が展覧会を企画するのは当たり前だと思う人もいるかもしれないが、じつは、他の会場からの巡回だったり、あるいは他の美術館などの蒐集をそのまま並べたものだったりして、とくに切り口に新味のない展覧会も多い。いや、道内では、そういう展覧会がこれまで大半を占めており、学芸員の斬新な視点に感服させられるという体験はそれほどなかった。
しかし、今年は、地元に目を向けて調査を徹底した帯広美術館の「十勝の美術クロニクル」や、札幌芸術の森美術館の「森と芸術」といった、作品はもちろん、企画そのものが良かった展覧会があった。
昨年から今年にかけてだが、同美術館の「札幌美術展 さっぽろ・昭和30年代 美術評論家なかがわ・つかさが見た熱き時代」も、忘れることのできない好企画だった。
筆者ごときが言うまでもないが、今後ますます、海外の有名画家や印象派などのコレクションを借りてきて、大規模な動員をめざすような展覧会は、開催が困難になっていくだろう。
学芸員の着眼の鋭さが、人寄せパンダ的作品の不在を補ってあまりあるような展覧会を今後、もっと見たい。
そのほか、
・東日本大震災を受けて、道内でも、釧路芸術館のポーシャン展が、海外コレクターの貸し出しを受けることがかなわず中止になったり、作家がチャリティー展を開催するといった動きがあった
・道立近代、木田金次郎、旭川市彫刻の3美術館が改装休館に入った
・札幌ビエンナーレの開催を目指して「プレ展」が2度開かれた
といったことも、記しておいたほうがいいだろう。
「こんなこともあった」
「この展覧会が良かった」
という書き込み、コメント欄でお待ちしております。
今年の美術に関する出来事というと、小樽美術館の新装と、知事に却下された、藤田嗣治作品の展示(時計台ギャラリー)を挙げておきたいと思います。
小樽美術館は「大月源二と富樫正雄展」「アンリ・ルソーと素朴な画家たち展」「終わりなき版への挑戦 没後一年 一原有徳 大判モノタイプ」と、展覧会も良かったです。
また、「ウッドワン美術館名品選 巨匠たちの饗宴」は、コレクションの方向性を全然感じないのに、かなり良かったという、あまり無い例かも知れませんね。
で、私の今年一番というと、「日本の美・発見5 大雅・蕪村・玉堂と仙(せんがい)」を挙げておきたいと思います。
頭が固いんで、仙の良さが分かるまで時間がかかりました。
また、来年もよろしくお願いします。
では、もう一度。
>今年の美術に関する出来事というと、小樽美術館の新装と、知事に却下された、藤田嗣治作品の展示(時計台ギャラリー)を挙げておきたいと思います。
なるほど。
わたしは見られませんでしたが、確かにニュースですね。
で、道内とは関係ないけど、仙がい、いいですよね~。
あんなにテキトーでも、ま、いっか~、という感じで、癒やされます(笑)。
いまや札幌の情報はSHさんが頼りです。
来年もよろしくお願いいたします。
かつて公募展は自らの主張のもとでの美術運動の中核組織あるいは教育普及の正当化、具現化という使命を帯びていたと思うのですが、そこがチャリティーといういわば大儀をもって作品販売に乗り出したのです。
この動きが、案外今の状況というか公募展のもって行き方という方法論の舵の切り方ではないのかというのが筆者の印象です。
作品が売れれば作家はいろんな意味で作品の存在意義があることで、評価が高ければ高いほど意義が大きい。公募展も所属作家の人気が高ければ高いほど世間的な注目があるという証明になることですから売れるに越したことはない。
では、公募展が組織として作品を売ることが手段として容認されるのか否かという原理論が当然出てくると思ったのですが、筆者は論争を目にしなかった。
筆者は、作品の提供依頼があったら迷わず出品すべきという立場ですが、出品していない人が結構いるところを見ると、理由はいろいろあるでしょうが販売目的の展示が公募展によって市民ギャラリーを使って行うことに消極的な不参加の意志を持っている人が結構いるというのが意外な発見であったわけです。
道展が、作品をチャリティーの商品として位置づけていることに若干の衝撃や意外性があったのですがすんなりと世間的に受け入れられたことを見ると、世の中変わったなあと思います。
これまで、公募展を見る美術愛好家が作家の作品をお金を払って手にする。作品を自分の所有物として愛好する。大事にするという習慣が根付くことが案外言われてこなかったのではないかと思います。
美術の普及という観点から見ると、作品を購入するという芸術保護の身近な方法を公募展が分かりやすい形で提示したことが、少し特徴的であったという点を言っておきたいと思います。
今年もよろしくお願いします。
なにせ小生は札幌の動向に疎いもので、道展のチャリティーの話は初めて聞きました。
これ、全道展や新道展ではどうだったんですかね?
3大公募展での事情はわかりませんが、かつて行動美術でチャリティーを行っていた歴史があることは承知しています。
また、平和美術展、「九条の会」美術展などだと、あまり意外性はないんですよね。
ことし、じゃなかった昨年は、東日本大震災という事情があり、これが今後定着するかどうかは、ようすを見て行かなくてはなんともいえないところでしょう。
付け加えれば、川上さんもご存じでありましょうが、公的施設を借りる場合、そこで物販を行うか行わないかで、金額に相当の開きが生じます。
物販そのものを禁じている施設もあると思います。
チャリティーとはいえ、作品の売買を行うと、借り賃が高くなって割に合わない場合もあるかと。
>美術の普及という観点から見ると、作品を購入するという芸術保護の身近な方法
これについては、全くおっしゃるとおりで、異論はないです。
ただ、あまり公的な側からこれを強調されると、公的セクターの予算逼迫に伴う責任放棄ではないかという気もちょっとだけしてきて、むつかしい問題ではあると思います。