(承前)
半月も前に見たのに会期が終わった後の紹介記事になってしまい、申しわけありません。
言い訳がましくなりますが、強く感じたことは
ということでした。
もちろんアート鑑賞にも想像力は必要です。
しかし美術館では、そこにある作品(多くの場合、物質)と向き合うことがいちばんたいせつです。
極端なことをいえば、この展覧会では、陳列されているものは、知ったり考えたりするための機縁だと思うのです。
この展覧会のテーマは精神世界です。
といっても、怪しい意味合いのものではありません。
厳しい自然の中で暮らす北方の民族にとって、心のよりどころとなる世界観があります。
展示されているものは、その世界観の一端を示すものです。
だから、展示物だけを見て、それが美しいとかどうとか感じるだけでは、見た意味があまりないでしょう。
展示物の向こう側にある、北方民族の世界観を知ること。それが肝心なのだと思われるので、実際に展示物を見て何も考えないよりも、展示は見られなくても図録を読んでいろいろなことを知るほうがはるかに有意義でしょう。
図録には第一線の研究者が寄せた読み応えのある論文が多数収録されています。
特別展の軸になっているのは「シャマニズム」と「アニミズム」です。
とくに「シャマニズム」については関連する展示物が充実していました。
(なお、シャマニズムとシャーマニズムの違いについては、図録に津曲敏郎館長による関連論文「シャマンの語源をめぐって」が載っています)
冒頭と2枚目の画像は、五つの民族が着るシャマンの衣裳。
同館の学芸員によると、5点並ぶのはたいへん珍しいとのことです。
左から
・モンゴル/ハルハ
・モンゴル/ブリヤート
・ウデヘ
・ウイルタ
・ナーナイ
です。
ウデヘは、ロシア沿海地方に住む民族。
ウイルタは樺太東岸の民族で、戦後に一部が網走に移住してきました。オロッコは旧称です。この衣裳も、網走に移ってきた北川アイ子さんが作ったものです。
ウイルタのシャマンの衣裳の背面を見せてもらいました。
金属がいくつも腰にぶら下げられています。
シャマンが神や霊と交信してトランス状態に入ると、震えたり躍ったりするので、これがジャラジャラいうわけですね。
ナーナイはアムール川流域の民族で、ロシアと黒竜江省にまたがって分布しています。
5人並ぶと、アベンジャーズ感があります。
「ハルハ」という地名を目にすると、ぜんぜん別のことを思い出してしまいます(モンゴルと「満洲国」の境界をめぐって日本とソ連が衝突したノモンハンの激戦地です。藤田嗣治はこの戦闘を題材に大作「哈爾哈河畔之戦闘」を描きました)。
シャマンは北方民族の多くに共通する存在で(ただし、北海道のアイヌ民族にはほとんどみられない)、太鼓を打ちならしながら、霊と交信して、病気の治療と、予言を行います。
治療は、おまじないだけではなく、それぞれの患者にお守りを作って手渡します。
どんな病気にでも効くというものではなく、オーダーメイドなのだそうです。
次に掲げる4枚目の画像は、さまざまな太鼓とばちです。
太鼓といっても、盆踊り会場の真ん中にあるような和太鼓や、西洋のティンパニとは違い、手に持ってたたくハンディサイズです。
ユーチューブに上がっていたシャマンの映像を、ブログの末尾に貼っておきました(ロシアの制作ですが、英語版です)
手前にあるのはエスキモーの帯。
「このベルトを身に着けると病気やけがを治す力が備わると考えられており、女性の持ち物として母から蒸す毛に受け継がれていた。セイウチの皮にトナカイの歯がつけられている。」
と図録にあります。
トナカイの歯って、意外と小さいんだなあと感じましたが、それにしてもこれ、何頭分あるんでしょう。
「ウチの男たちは、猟がうまいのよ」
とアピールする下心もあるのでしょうか。
アイヌ民族のクマです。
クマ送りをするときに子グマに着せる帽子などです。これをもとに模作したものが、ウポポイにあるようです。
胴体に、わらで編んだ袋がいくつもついており、中にはお米が入っていました。
これをカムイにささげることで、カムイ世界から
「おっ、コメもくれて、丁重にまつってくれるんだな。これは良い。これからも人間世界を訪れることにしようか」
という評判を得ようというのでしょう。
いろいろな病気別の、シャマン手作りのお守りです。
シャマニズムはキリスト教や仏教などの普及で下火になりましたが(とくにキリスト教宣教師の横暴を聞くと、やれやれという気持ちになります)、今もシャマニズム的な発想は根強く残っています。それどころか、社会主義時代に宗教が禁圧されていた反動なのか、ロシアのブリヤート共和国(モンゴル系)では興隆となり、人口の1%がシャマンになっているという報告もあるそうです。
ただ古い物を陳列するのではなく、現代世界のありようも考えさせられる展覧会でした。
激動する世界で、精神的・宗教的なものに心のよりどころを求めること自体は、アマビエが人気を集める日本と、それほど異なっているとは思えないのです。
2020年7月18日(土)~8月23日(日)会期中は午前9時~午後5時、無休
道立北方民族博物館(網走市潮見309-1)
Shamans of Siberia: powerful healers chosen by spirits
半月も前に見たのに会期が終わった後の紹介記事になってしまい、申しわけありません。
言い訳がましくなりますが、強く感じたことは
美術展と違って想像力が何よりも大事だな
ということでした。
もちろんアート鑑賞にも想像力は必要です。
しかし美術館では、そこにある作品(多くの場合、物質)と向き合うことがいちばんたいせつです。
極端なことをいえば、この展覧会では、陳列されているものは、知ったり考えたりするための機縁だと思うのです。
この展覧会のテーマは精神世界です。
といっても、怪しい意味合いのものではありません。
厳しい自然の中で暮らす北方の民族にとって、心のよりどころとなる世界観があります。
展示されているものは、その世界観の一端を示すものです。
だから、展示物だけを見て、それが美しいとかどうとか感じるだけでは、見た意味があまりないでしょう。
展示物の向こう側にある、北方民族の世界観を知ること。それが肝心なのだと思われるので、実際に展示物を見て何も考えないよりも、展示は見られなくても図録を読んでいろいろなことを知るほうがはるかに有意義でしょう。
図録には第一線の研究者が寄せた読み応えのある論文が多数収録されています。
特別展の軸になっているのは「シャマニズム」と「アニミズム」です。
とくに「シャマニズム」については関連する展示物が充実していました。
(なお、シャマニズムとシャーマニズムの違いについては、図録に津曲敏郎館長による関連論文「シャマンの語源をめぐって」が載っています)
冒頭と2枚目の画像は、五つの民族が着るシャマンの衣裳。
同館の学芸員によると、5点並ぶのはたいへん珍しいとのことです。
左から
・モンゴル/ハルハ
・モンゴル/ブリヤート
・ウデヘ
・ウイルタ
・ナーナイ
です。
ウデヘは、ロシア沿海地方に住む民族。
ウイルタは樺太東岸の民族で、戦後に一部が網走に移住してきました。オロッコは旧称です。この衣裳も、網走に移ってきた北川アイ子さんが作ったものです。
ウイルタのシャマンの衣裳の背面を見せてもらいました。
金属がいくつも腰にぶら下げられています。
シャマンが神や霊と交信してトランス状態に入ると、震えたり躍ったりするので、これがジャラジャラいうわけですね。
ナーナイはアムール川流域の民族で、ロシアと黒竜江省にまたがって分布しています。
5人並ぶと、アベンジャーズ感があります。
「ハルハ」という地名を目にすると、ぜんぜん別のことを思い出してしまいます(モンゴルと「満洲国」の境界をめぐって日本とソ連が衝突したノモンハンの激戦地です。藤田嗣治はこの戦闘を題材に大作「哈爾哈河畔之戦闘」を描きました)。
シャマンは北方民族の多くに共通する存在で(ただし、北海道のアイヌ民族にはほとんどみられない)、太鼓を打ちならしながら、霊と交信して、病気の治療と、予言を行います。
治療は、おまじないだけではなく、それぞれの患者にお守りを作って手渡します。
どんな病気にでも効くというものではなく、オーダーメイドなのだそうです。
次に掲げる4枚目の画像は、さまざまな太鼓とばちです。
太鼓といっても、盆踊り会場の真ん中にあるような和太鼓や、西洋のティンパニとは違い、手に持ってたたくハンディサイズです。
ユーチューブに上がっていたシャマンの映像を、ブログの末尾に貼っておきました(ロシアの制作ですが、英語版です)
手前にあるのはエスキモーの帯。
「このベルトを身に着けると病気やけがを治す力が備わると考えられており、女性の持ち物として母から蒸す毛に受け継がれていた。セイウチの皮にトナカイの歯がつけられている。」
と図録にあります。
トナカイの歯って、意外と小さいんだなあと感じましたが、それにしてもこれ、何頭分あるんでしょう。
「ウチの男たちは、猟がうまいのよ」
とアピールする下心もあるのでしょうか。
アイヌ民族のクマです。
クマ送りをするときに子グマに着せる帽子などです。これをもとに模作したものが、ウポポイにあるようです。
胴体に、わらで編んだ袋がいくつもついており、中にはお米が入っていました。
これをカムイにささげることで、カムイ世界から
「おっ、コメもくれて、丁重にまつってくれるんだな。これは良い。これからも人間世界を訪れることにしようか」
という評判を得ようというのでしょう。
いろいろな病気別の、シャマン手作りのお守りです。
シャマニズムはキリスト教や仏教などの普及で下火になりましたが(とくにキリスト教宣教師の横暴を聞くと、やれやれという気持ちになります)、今もシャマニズム的な発想は根強く残っています。それどころか、社会主義時代に宗教が禁圧されていた反動なのか、ロシアのブリヤート共和国(モンゴル系)では興隆となり、人口の1%がシャマンになっているという報告もあるそうです。
ただ古い物を陳列するのではなく、現代世界のありようも考えさせられる展覧会でした。
激動する世界で、精神的・宗教的なものに心のよりどころを求めること自体は、アマビエが人気を集める日本と、それほど異なっているとは思えないのです。
2020年7月18日(土)~8月23日(日)会期中は午前9時~午後5時、無休
道立北方民族博物館(網走市潮見309-1)
(この項続く)