美空ひばり - 川の流れのように
天候が不順で安定しないのだけれど、天気予報では天候も曇りから晴れになるというてるし、ただ・・、この時期の海上の濃霧が少しばかり気にはなるのだけれど・・。
で、丸亀港に早くに着いたもので、まずは朝食を食べておかねば・・ということで、「まごころうどん」に行ってみた。

ここは朝の6時からやってるらしくて、造船所などにお勤めの方らしき制服姿のおじさんたちがずらりと並んで食べてはる・・。ここは完全セルフ式で、どんぶりに入った大小のうどんやおそばが置いてある。その好みのどんぶりをつかんであたためて、トッピングをしてお金を支払って出汁をかけて席について食べる・・。

お店は温室みたいだし、倉庫みたいだし、鯉の養殖場みたいでもあるが、ちゃんとした製麺所である。「宮武製麺所」の看板もちゃんとかかっている。

で、かけ小(200)+あげ(100)+生たまご(50)=350円なり。これでおなかをおこして、フェリーに乗り込んだが・・ものすごい人・・人・・人・・。7時40分の臨時便も押すなおすなの大盛況・・・。

今日は・・塩飽本島・・丸亀市沖にある・・「丸亀市本島町」で行われるお大師まいりに行くことになっている。というのも、長崎歴史文化協会の一行として、写真家の吉田幸男先生一行が本島のお大師参りを楽しまれ、塩飽本島の名所旧跡を散策されるそうで・・。

ま、その先生のご案内もあるし、私的(?)にも、本島の御大師参りははじめてだし・・ということで、勇気を出して・・本島に向かうことになった。
それだし・・今・・「山崎先生」をキーワードにして、塩飽の歴史が賑やかになってきていることもあって、一度、吉田先生ともお話しておきたいと思って・・。天候も回復したことだしということで・・。

これが・・吉田先生の有名な備讃の海の夕景・・・。ま、無断転載にはなるのだけれど。先生のメールに添付されていた写真だから・・・私信の一部だと解釈して・・。まだ、橋になっていない頃の・・ラットウォークというか、メインロープが流された当時の写真やね・・。
でも、メールだ、掲示板だ、ブログだではお仲間みたいにはさせていただいてはいるものの・・実際には逢ったことがない人なんだが、今日は緊張するね・・・。

さて・・、フェリーを降りてから、どちらに向かって歩き出せばいいんだろうかね。ま、吉田先生ほか長崎一行さまを探すんだけれど、みんな同じような服装だし・・誰が誰だかわからない・・・。まずは、吉田さんご一行を見付けないといけない・・・。でも、フェリーを降りてしまえば蜘蛛の子を散らすみたいなもので、どちらに行けばわからない・・・。まずは、順路に沿って行くとしましょうかね・・・。

このお大師まいりが終われば、さぬき広島で打ち合わせやら、咸臨丸乗組員の子孫捜しをやってから戻るもので・・・日曜日の夕方か、月曜日の朝には戻れるかな・・・。ま、美空ひばりさんの歌のように「川の流れのように」・・・ゆったりと行きましょうかね・・。

で、ようやく・・吉田先生には会えたものの、私の足がぱんぱんに張ってしまって歩きにくくなってしまって、先生一行とはお別れ・・・。全く、何をしに来たものやら・・・。
結局、14番札所の「来迎寺」でリタイヤ・・・。12時45分かのフェリーに乗って本島を後にした・・・。

じゃぁ、また、来週に会えるといいね。
天候が不順で安定しないのだけれど、天気予報では天候も曇りから晴れになるというてるし、ただ・・、この時期の海上の濃霧が少しばかり気にはなるのだけれど・・。
で、丸亀港に早くに着いたもので、まずは朝食を食べておかねば・・ということで、「まごころうどん」に行ってみた。

ここは朝の6時からやってるらしくて、造船所などにお勤めの方らしき制服姿のおじさんたちがずらりと並んで食べてはる・・。ここは完全セルフ式で、どんぶりに入った大小のうどんやおそばが置いてある。その好みのどんぶりをつかんであたためて、トッピングをしてお金を支払って出汁をかけて席について食べる・・。

お店は温室みたいだし、倉庫みたいだし、鯉の養殖場みたいでもあるが、ちゃんとした製麺所である。「宮武製麺所」の看板もちゃんとかかっている。

で、かけ小(200)+あげ(100)+生たまご(50)=350円なり。これでおなかをおこして、フェリーに乗り込んだが・・ものすごい人・・人・・人・・。7時40分の臨時便も押すなおすなの大盛況・・・。

今日は・・塩飽本島・・丸亀市沖にある・・「丸亀市本島町」で行われるお大師まいりに行くことになっている。というのも、長崎歴史文化協会の一行として、写真家の吉田幸男先生一行が本島のお大師参りを楽しまれ、塩飽本島の名所旧跡を散策されるそうで・・。

ま、その先生のご案内もあるし、私的(?)にも、本島の御大師参りははじめてだし・・ということで、勇気を出して・・本島に向かうことになった。
それだし・・今・・「山崎先生」をキーワードにして、塩飽の歴史が賑やかになってきていることもあって、一度、吉田先生ともお話しておきたいと思って・・。天候も回復したことだしということで・・。

これが・・吉田先生の有名な備讃の海の夕景・・・。ま、無断転載にはなるのだけれど。先生のメールに添付されていた写真だから・・・私信の一部だと解釈して・・。まだ、橋になっていない頃の・・ラットウォークというか、メインロープが流された当時の写真やね・・。
でも、メールだ、掲示板だ、ブログだではお仲間みたいにはさせていただいてはいるものの・・実際には逢ったことがない人なんだが、今日は緊張するね・・・。

さて・・、フェリーを降りてから、どちらに向かって歩き出せばいいんだろうかね。ま、吉田先生ほか長崎一行さまを探すんだけれど、みんな同じような服装だし・・誰が誰だかわからない・・・。まずは、吉田さんご一行を見付けないといけない・・・。でも、フェリーを降りてしまえば蜘蛛の子を散らすみたいなもので、どちらに行けばわからない・・・。まずは、順路に沿って行くとしましょうかね・・・。

このお大師まいりが終われば、さぬき広島で打ち合わせやら、咸臨丸乗組員の子孫捜しをやってから戻るもので・・・日曜日の夕方か、月曜日の朝には戻れるかな・・・。ま、美空ひばりさんの歌のように「川の流れのように」・・・ゆったりと行きましょうかね・・。

で、ようやく・・吉田先生には会えたものの、私の足がぱんぱんに張ってしまって歩きにくくなってしまって、先生一行とはお別れ・・・。全く、何をしに来たものやら・・・。
結局、14番札所の「来迎寺」でリタイヤ・・・。12時45分かのフェリーに乗って本島を後にした・・・。

じゃぁ、また、来週に会えるといいね。