火曜日にしこたま買い込んだスーパーの安売り目玉の卵(ちなみに7パックを変えたのだ)。それがまだ4パックも残っている。梅雨に入ろうかという時期にこいつはまずいと思い立って、今日のお昼は卵をどんどん使うことにした。まずはプリン、冷やして食後のデザートに戴こうっと。卵を5個割ると、牛乳500cc(無脂肪で97円の代物)、砂糖70gにバニラエッセンスをパッパッ。カシャカシャと混ぜ合わせて裏ごしする。その作業中にカラメルソースを作る。砂糖80gに水大匙4杯を加えて沸騰させる。鍋の真ん中あたりが焦げだしたら、微妙な勝負をかける。火をとめて水を少し加えて撹拌させる。てなプロセスを経てオーブンレンジで仕上げ中だ。次に厚焼き玉子にかかる。卵4個に砂糖と醤油が小さじ2杯づつ。青ネギのみじん切りをたっぷり加えたネギ焼きにする。もうてなれたものである。そして茶わん蒸しにかかる。卵5個にだし4カップ、みりんと醤油をそれぞれ小さじ2杯、塩小さじ一杯弱で駅は出来上がり。(やっぱり裏ごし。カラやよぶんなものも除去できる)。具は冷凍しておいたアナゴとかまぼこ、シイタケ、ホウレンソウだから、手間は皆無だ。さて、お昼の食卓に並べたのは、おなじみのお赤飯に茶わん蒸しに厚焼き玉子、卵のお吸い物……デザートはやはりプリン。これで卵2パックは消費できたぞ。上出来上出来、貧しきものよ、とにかく頭と、そこらにあるものを使うべし!人生66年を経た老人の述懐である。しかし、卵はいつ食ってもうまい。貧乏人の見方だよな。
いそがしい助手席の主の課題?
いまどき珍しい助手席専用のわたし。もちろん一度は免許を取ろうと考えはしたが、生来の不器用さのせいと、早く結婚したために時間がままならず、結局見送ってしまった。
それに夫の運転は安全着実だから、彼に任せておくほうがよさそうだ。それにラクである。ただし人使いの荒さは覚悟の上。
「おい!右に車は大丈夫か?」
「自転車によく注意するんやぞ。見たらすぐ教えろ」
「車線変更するぞ。後をちゃんと確認してくれ!」
なんて、とにかくいちいち細かくうるさい。しかも確認させておいてから、もう一度じっくりと自分で確認するのがクセ。そりゃそれで安全運転なのだけど……。
私に言わせれば、いい加減にしてほしい。二重手間だろう!
とはいえ、つらつら考えてみるに、助手席にいながらで、安全運転のなんたるかを教わっているわけだ。のほほんと乗っているより得をしている。
これは無条件で、夫に感謝する必要があるのかも知れないなあ。
(神戸・1988年7月30日掲載)
いまどき珍しい助手席専用のわたし。もちろん一度は免許を取ろうと考えはしたが、生来の不器用さのせいと、早く結婚したために時間がままならず、結局見送ってしまった。
それに夫の運転は安全着実だから、彼に任せておくほうがよさそうだ。それにラクである。ただし人使いの荒さは覚悟の上。
「おい!右に車は大丈夫か?」
「自転車によく注意するんやぞ。見たらすぐ教えろ」
「車線変更するぞ。後をちゃんと確認してくれ!」
なんて、とにかくいちいち細かくうるさい。しかも確認させておいてから、もう一度じっくりと自分で確認するのがクセ。そりゃそれで安全運転なのだけど……。
私に言わせれば、いい加減にしてほしい。二重手間だろう!
とはいえ、つらつら考えてみるに、助手席にいながらで、安全運転のなんたるかを教わっているわけだ。のほほんと乗っているより得をしている。
これは無条件で、夫に感謝する必要があるのかも知れないなあ。
(神戸・1988年7月30日掲載)
私だけでなく姑にも文句言ってよ!
「冷蔵庫の中、メチャクチャやないか!」
「電機が点けっぱなしやで!」
「水道はジャーッと出すな!」
……!いつだって重箱の隅をほじくるような小言の連発。
その物申す本人がどうかというと。目の前で水道がすごい勢いで出ていても、決して自分で止めようとしない。あわてて止めるわたしに、ニヤリと笑いかける。
「ホラ、やればできるやないか」
ムカーッとするが、相手は全く無とんちゃく。これがワガママで、ケチで、ズボラなわが亭主の実態。
子どもたちは姑に預かってもらって共働きをしているが、夫はわれ関せずと知らぬ顔。姑の要望、苦情、それに謝罪まで、みんなわたしに回ってくる。
「実の親でしょ。あなたの方がすべて丸くおさまるはずよ」と下手に出て頼んでも、無言でどっちつかずに首を振るだけの夫。よくまあ、こんな頼りない夫と一緒にいられるなあと、自分の忍耐力を再発見させられるだけ。
しかし考えてみれば、夫と姑のまともな会話は絶対ムリなのだ。結婚以来見て来たのは、「アー」「ウー」「ウン」「エ?」「ウウー」…と限られた語彙だけで不思議と会話を通用させている亭主。これじゃわたしがやっぱり最前線に立つしかないわけだ。
(神戸・1988年4月8日掲載)
「冷蔵庫の中、メチャクチャやないか!」
「電機が点けっぱなしやで!」
「水道はジャーッと出すな!」
……!いつだって重箱の隅をほじくるような小言の連発。
その物申す本人がどうかというと。目の前で水道がすごい勢いで出ていても、決して自分で止めようとしない。あわてて止めるわたしに、ニヤリと笑いかける。
「ホラ、やればできるやないか」
ムカーッとするが、相手は全く無とんちゃく。これがワガママで、ケチで、ズボラなわが亭主の実態。
子どもたちは姑に預かってもらって共働きをしているが、夫はわれ関せずと知らぬ顔。姑の要望、苦情、それに謝罪まで、みんなわたしに回ってくる。
「実の親でしょ。あなたの方がすべて丸くおさまるはずよ」と下手に出て頼んでも、無言でどっちつかずに首を振るだけの夫。よくまあ、こんな頼りない夫と一緒にいられるなあと、自分の忍耐力を再発見させられるだけ。
しかし考えてみれば、夫と姑のまともな会話は絶対ムリなのだ。結婚以来見て来たのは、「アー」「ウー」「ウン」「エ?」「ウウー」…と限られた語彙だけで不思議と会話を通用させている亭主。これじゃわたしがやっぱり最前線に立つしかないわけだ。
(神戸・1988年4月8日掲載)
坂手将太は刺身包丁でマグロの柵をひき続けた。三千台の切り数が必要だった。イカ刺しとサーモンはすでに数を切り終えた。凍えた手は神経がかなり鈍くなっている。
ゾクゾクする。足元から厳しい冷気が伝い上がる。生ものを扱う調理場だった。一年の大半は冷房を効かせた部屋となる。厳冬期はさすがに冷房は止められたが、ストーブなど暖房手段の持ち込みは禁じられている。何枚も衣服を着重ねて備えるしかない。制服の白衣はパンパンに膨れてボタンが引きちぎれそうだ。それでも寒さから完全に逃れられない。体を環境に慣らすしかこの仕事を全うする手段は他に見当たらない。
もっとも気を付けるのが風邪。一度ひいてしまうと長引くのは解り切っている。気の緩みが一番の敵だ。。緊張感が解けた時に風邪のウィルスはここぞとばかり襲い掛かってくる。首筋に悪寒を感じたらもう万事休す、手遅れである。
調理場の片隅にある事務机の上方にかけられた掛け時計を見た。一時四十三分。もちろん深夜だ。よく遅れる時計だった。人間と同じく厳しい環境は時計にも影響を与えているのかも知れない。作業に入る直前に調整しておいたからたぶん間違ってはいない。勤務は明け方の五時に終わる予定だ。とはいえ作業の物量の多寡で前後する。いくら超過勤務になろうと、残業手当はまずつかない。サービス残業をしたくなければ、作業を迅速に進めて終わらせるしかない。
将太がこの仕事についたのは五年前。2×4工法のパネル製造工場で働いていたが、収入を増やす必要に迫られて転職した。ハローワークで見つけたのが仕出し・弁当専門の食品会社だった。深夜勤務だと時間給千三百円と、2×4パネル工場で貰う自給の一・五倍以上になる。しかし生活のリズムは大幅に狂う。仕事内容も未体験の部類である。
「大丈夫なの?夕方から翌朝までずーっと立ち仕事でしょ。体を壊さないか心配だわ」
出産を控えた若菜は、額に皺を寄せて言った。あまり賛成ではないらしい。とはいえ子供が新たに家族に加わると、今の経済状態ではかなり無理を迫られる。考えれば他に選択肢はなかった。将太は妻に胸を叩いて無邪気に笑った。転職はそれで決まった。
「なにかやる事ある?」
調理場を覗いたのは、パートの佳美だった。白い帽子とマスクで目だけしか見えない。どんな顔かは想像するだけだ。若いのか年を食っているのかも分からない。ただ、その目の印象と声は将太好みだった。
(つづく)
ゾクゾクする。足元から厳しい冷気が伝い上がる。生ものを扱う調理場だった。一年の大半は冷房を効かせた部屋となる。厳冬期はさすがに冷房は止められたが、ストーブなど暖房手段の持ち込みは禁じられている。何枚も衣服を着重ねて備えるしかない。制服の白衣はパンパンに膨れてボタンが引きちぎれそうだ。それでも寒さから完全に逃れられない。体を環境に慣らすしかこの仕事を全うする手段は他に見当たらない。
もっとも気を付けるのが風邪。一度ひいてしまうと長引くのは解り切っている。気の緩みが一番の敵だ。。緊張感が解けた時に風邪のウィルスはここぞとばかり襲い掛かってくる。首筋に悪寒を感じたらもう万事休す、手遅れである。
調理場の片隅にある事務机の上方にかけられた掛け時計を見た。一時四十三分。もちろん深夜だ。よく遅れる時計だった。人間と同じく厳しい環境は時計にも影響を与えているのかも知れない。作業に入る直前に調整しておいたからたぶん間違ってはいない。勤務は明け方の五時に終わる予定だ。とはいえ作業の物量の多寡で前後する。いくら超過勤務になろうと、残業手当はまずつかない。サービス残業をしたくなければ、作業を迅速に進めて終わらせるしかない。
将太がこの仕事についたのは五年前。2×4工法のパネル製造工場で働いていたが、収入を増やす必要に迫られて転職した。ハローワークで見つけたのが仕出し・弁当専門の食品会社だった。深夜勤務だと時間給千三百円と、2×4パネル工場で貰う自給の一・五倍以上になる。しかし生活のリズムは大幅に狂う。仕事内容も未体験の部類である。
「大丈夫なの?夕方から翌朝までずーっと立ち仕事でしょ。体を壊さないか心配だわ」
出産を控えた若菜は、額に皺を寄せて言った。あまり賛成ではないらしい。とはいえ子供が新たに家族に加わると、今の経済状態ではかなり無理を迫られる。考えれば他に選択肢はなかった。将太は妻に胸を叩いて無邪気に笑った。転職はそれで決まった。
「なにかやる事ある?」
調理場を覗いたのは、パートの佳美だった。白い帽子とマスクで目だけしか見えない。どんな顔かは想像するだけだ。若いのか年を食っているのかも分からない。ただ、その目の印象と声は将太好みだった。
(つづく)