Q2・6「心理学の研究では実験が必須とのことですが、なぜですか。また、心理実験とはどんなものですか」---心理実験
心理学の研究をしている教官や大学院生の近辺にいくと、「被験者をしてくれませんか」と頼まれことが多くなります。時には、心理学の授業への積極的関与の証しの一つとして、被験者体験を単位認定の一部として使うようなこともあります。それほど、心理学では、人を使った実験や調査がごく日常的に行なわれています。それがどれほどのものか、60人の学生の卒論発表会で使われた被験者の実数を紹介しておきます。
幼児136人、小学生1318人、中学生2127人、大学生10902人(!!)、
成人576人
さて、心理実験ですが、実験室で被験者に何かをしてもらうことによって、そのときの心理過程を明らかにするために行なわれます。たとえば、
例1 まばたきの多少がその人への印象評価にどのような影響があるか
例2 バックグランドミージック(BGM)は作業能率を高めるか
例3 意符(意味を表す部首)の明確な漢字のほうが、意味理解が速いか
筆者の行なった例3の実験について、もう少し詳しく説明してみます。
まず、次のような3個一組の漢字のセットを50個用意します。
意味
類似 異なる
部 同じ 「河 池 湖」 「汗 法 派」
「松 杉 桐」 「村 枝 枚」
首 異なる「豚 馬 牛」 「空 家 板」
「腹 脳 足」 「道 石 光」
期待さ
れる反応 「はい」 「いいえ」
図 例3の実験でで使う漢字の刺激のサンプル
これらの漢字のセットを一セットずつ見せて、3つの漢字が同じ意味カテゴリーに属するかどうかをできるだけ速く判断してボタンを押すように指示します。
もし部首に意味カテゴリーを指示する意符機能があるなら、「同じ部首-類似意味」の漢字セットに対する判断時間が最も速くなるはずとの仮説を検証しようとする実験です。被験者は、大学生20名です。
結果は、仮説をあまり明確には支持するものではありませんでしたが、その理由の吟味がさらなる実験研究を生み出します。頭のトレーニングの意味も込めて、どうしてうまくいかなかったか考えてみてください。そんな吟味が好きなら、あなたは実験心理学の研究者の有力な卵と言えます。
心理実験も、実際の実験のやり方や結論の引き出し方には独特のものがありますが、基本的には物理や生物での実験と同じです。条件を統制して、吟味したい因果関係だけが浮き出るようにしたものです。
例3では、意符の有無が、実験者が制御する原因(独立変数)、「はい」と答えるまでの反応時間が、結果(従属変数)になります。
心理学を自然科学と同じような科学にしたい/しなければとの先達の思いが、こうした心理実験の図式(パラダイム)を生み出しました。
もっとも、心理実験の元祖であるW.ブントが、はじめてライプチヒ大学(独)に心理実験室を作った1979年頃の実験は、因果関係の吟味よりも、従属変数(結果)である意識的な心理過程そのものを浮き上がらせるほうに重点が置かれていました。W.ブントは内観法と呼ばれる手法を考案して、徹底して「今なにがどのように見えているか」を内省させて報告させました。
これは、因果関係を知るためではなく、心の動きを記述するための枠組作りをねらいとしたものです。一般には、実験観察研究と呼び、実験研究に先立って行われます。なお、観察研究には、このように実験室で行なうときと、教室や作業現場などフィールド(現場)で行なうときとがあります。
心理実験の基本的な図式は、自然科学のそれと同じですが、人、あるいは人の心理を対象にすることによる、心理実験特有の問題がいくつかあります。そのうち一番のやっかいな問題は、実験条件の統制の問題です。
そもそも人を実験室にきてもらうこと自体、一体なんの権利があってそんなことをするのということがあります。
さらに、何が何やらわけがわからないことをーーー実験意図を先に言うと歪んだ反応が出てしまう可能性があるのでーーー長時間やらされるのは人道上からも問題があると言われると、なんとも言訳ができません。あくまで、アカデミック・ボランティアとしてお願いしたいということになります。心理実験や調査の倫理規定が心理関係の学会では用意されています。Q2・3で述べたようなことに最大限の配慮をしながら実験に協力してもらうことになります。
実験では、どうしても吟味したい因果関係だけを浮きだたせたいために、それに影響すると思われる要因をできるだけ排除する必要があります。真空状態のようなものを作って実験をしたいのですが、それでは人は死んでしまいます。たとえば、幼児期の体験が青年期の問題行動を起こすことを実験的に検証はできません。しかし、この限界は、ときには実験結果を歪めたり、あいまいなものにしてしまうことがあります。
またあまり条件統制を厳密にやろうとすると、見たい現象が、現実生活の中で起こる現象とは違ってしまうことも起こりえます。これを生態学的妥当性のない実験と呼びます。実験室では確認できた現象でも、現実には起こらないということになりかねません。
そこそこの条件統制でそこそこの雑音のある実験事態で、心理実験は行なわざるをえないことになります。これが心理学の研究のパワーを弱めていますが、いたしかたありません。