放浪のページ別冊ブログ

キャンプ・ツーリングに林道ツーリング。スキーや食べ歩きも。ホームページや巡礼と芸術の別ブログもあります。左下のリンクで。

車のタイヤを夏タイヤに交換

2020年04月20日 08時48分25秒 | 車の話題


車のタイヤをスタッドレスから夏タイヤに交換した。例年ならGWくらいまでスキーにゆくので、まだ換えない時期なのだが、今年は新型コロナ・ウィルスの影響で、緊急事態宣言のでている地域から出ていない県のスキー場にゆくのははばかられるし、スキー場自体も営業を打ち切っている状況なのでそうした。なんとも残念なスキー・シーズンの終わりとなった。

タイヤの交換はプロにおまかせした。工賃は2500円である。この料金で作業してくれるなら自分でやることはないと思う。

走行距離は86912キロ。今シーズンのスタッドレスの走行は3591キロだった。タイヤの山はまだあるので4年目の来シーズンも使えそうである。
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日本縦断ライダーと日本一周ライダー

2020年04月12日 18時11分38秒 | バイク・旅の話題


2019年の北海道トランポ・ツーリングで、小樽からフェリーにのる際にカワサキZ650Fがいた。ザッパーだ。軽い車体とパワフルなエンジンでナナハン・キラーとよばれたモデルである。何十年前のバイクだろうか。カウリングがついていて集合管がはいっている。CRキャブにパワー・フィルターもついていた。



キャスト・ホイールになっているが、これはザッパーから派生したアメリカン・モデルのZ650LTDのものだろうか。フロント・ブレーキもダブル・ディスクになっているが、これもLТDのものかもしれない。Z650LТDと言えば思い出すことがある。


カワサキZ650リミテッド ウェブ・オートバイより あらためて見るとカッコイイ!

1983年の北海道ツーリンクのことだ。当時私は大学生で網走駅に泊まろうとしていた。あのころの野宿場所は国鉄(JRの前身)の駅がいちばんで、二番かキャンプ場だった。今では考えられないことだが、鉄道の駅に若者が泊まるのは大目にみられていたのである。興味のある方は『1980年代の札幌駅での野宿風景』もどうぞ。


ホンダXL250S ホンダのHPのカタログより

私が網走駅の待合室のベンチに座っていると、ホンダXL250Sに乗るライダーがやってきた。私よりも年上の28くらいの方だった。XL氏は日本縦断の記録作りに挑んだ直後だと語った。当時自転車による縦断記録への挑戦はさかんにおこなわれていて、記録は人間の能力の限界まで達した感があった。最短記録をつくるために不眠不休で走ったのである。一方でバイクによる挑戦は聞いたことがなかった。

私はこれはたぶん日本ではじめてのことだから、オートバイ誌とかモーターサイクリスト誌のような専門誌に連絡すべきだと言った。しかしXL氏は自分のためだけにバイクに乗っている人で、そんな気はまるでないのだった。

XL氏はZ650LTDも所有していて、20代の後半になる今まで、ツーリングばかりの人生をおくってきたとのこと。しかしバイト先のスーパーが正社員になってくれと言うので、この旅から帰ったらそうするつもりだと語った。XL氏は網走駅に泊まるのかと思ったら、もう少し走れると言って夜の国道にもどっていった。



1983年の北海道ツーリング。



網走湖。



バイクはスズキGSX400F。



俱多樂湖。


ホンダCB250T ホンダ・ホーク ホンダのHPのカタログより 当時はヤカン・タンクだとか座布団シートなんて言われたけど、今見るといいね。

そのXL氏と函館のむつ行きのフェリー乗り場で再会したのである。私は日本一周の旅に今日でたと言う札幌の年下の青年といっしょだった。彼はホンダCB250T、ホンダ・ホークにのっていた。XL氏は友人にもらったと言うホタテをたくさん持っていて、今夜は八甲田の友人のところでホタテ・パーティーをするとのこと。そこにいっしょにゆかないかと私たちを誘うのだ。船がむつにつくのは夕刻で、その後で八甲田までゆくのはかなりの時間がかかりそうだが、その話にのることにした。

ホンダ・ホークの日本一周ライダーは20才の人で、旅に出るために仕事をやめてきたと語っていた。ホーク氏は当時は少数派だったジェット・ヘルをかぶり、コンペ・シールドをつけていた。ジェット・ヘルもそうだが、バイクも古臭くて不人気車にのっている方で、自分の好きな形にこだわる人だった。そして無口な男だった。

フェリーで海をわたり、むつにつくと雨がふりだした。3台で八甲田にむかうがXLがとまってしまう。以前から雨降りだとリークしてエンジンがとまる癖があるとXL氏は言う。右ハンドル部のキル・スイッチから水が入って、リークするというのだ。キル・スイッチを分解して組み直すとエンジンはかかった。しかし走りだすとまたリークしてしまう。XLのエンジンはとまってしまった。

雨は降りつづく。またキル・スイッチの修理をしても、降雨がやまなければまたXLはリークしてしまうのだ。私は近くにあるむつのユース・ホステルに泊まろうと提案した。しかしXL氏は民家の倉庫の軒先をかりて、そこで雨がやむのをまち、キル・スイッチを乾かして八甲田にゆくと言ってきかない。私たちにはユースにいってくれと言うのだ。そこでホーク氏とむつユースに泊まるとこにしてXL氏と別れた。


恐山でホーク氏に撮ってもらった。

夜のうちに雨はあがった。XL氏は八甲田にむかったのだろう。私はホーク氏と恐山をめぐって青森にでた。私は酸ヶ湯をとおって十和田湖にゆきたかった。ホーク氏は日本海側の日本キャニオンを見たいとのこと。そこで青森でホーク氏と別れた。それじゃ、と言って。私はXL氏が通ったであろうルートをとったが、彼に会うことはなかった。ホーク氏と再会することもなかった。

Z650LТDは不人気車だった。大型免許があれば、皆ナナハンに乗りたかったのだ。650は中途半端だった。ホークも4気筒エンジンが全盛のときに、時代遅れのバイクだった。400の車体なのに、エンジンだけ250にして、車検がないというのが訴求ポイントだったから、若者がえらぶオートバイではなかった。その2台に乗っていたふたり。自分にあったものをえらんでいたのだなと思う。

1983年の北海道ツーリングもどうぞ。
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2020スキー13日目ホワイトワールド尾瀬岩鞍 春の重い新雪

2020年04月05日 18時20分50秒 | スキー


3月29日の日曜日。2020年シーズン13日目のスキーにでかけた。ゲレンデのコンディションを考えて、かぐらか川場スキー場にゆこうと思ったが、この日は大雪の予報がでていたので、ホーム・グラウンドの尾瀬岩鞍にゆくことにした。都内でも雪の降った日曜日である。



前日の夕方に出発し、沼田の道の駅白沢で車中泊をした。夜は刺身と焼き鳥で一杯である。夕方から大雨で、夜には雪になるとのことだが、24時頃まで雨のままだった。



翌日起きると雪がふっていた。積もっているが湿った雪でシャーベット状だ。スニーカーで歩いたら靴が濡れてしまった。



スキー場に着くとゲレンデには新雪がつもっている。リフト代は春スキー料金になっていて、シニア1日券は3700円+デポジット料500円。そして駐車場代は無料である。



ゴンドラが動くのをまつ。この日はボーダーが多かった。



新型コロナウィルスの感染防止のため、ゴンドラの窓も開いていて、換気されていた。ゴンドラをおりると国体女子方向は閉鎖されている。



ミルキー・ウェイは開いているので、こちらをゆくことにした。



ゲレンデは全体に湿った重い雪がつもっていて、滑りづらい。雪を押しのけるようにして滑るので体力もつかった。



板がひっかかるような感じで、ポジションやフォームなどかまっていられない。ボーダーのほうが有利な雪質で、ミルキーではじめてボーダーたちにおいてゆかれてしまった。



ふたたびゴンドラにのって山頂にゆくと、国体女子方向はまだ閉鎖されている。しかしこの後すぐにオープンした。



国体女子西山をくだる。重い雪でときに深く雪がたまっている。



大雪で視界が悪くて重い雪。滑っていて楽しくない。辛いほどだ。



上はチャンピオン・コース。



ぶなの木コース。新雪がつもってコブが埋まってしまっている。



ここはは気温が低いせいか雪はあまり重くない。



ほとんど誰もすべっていないぶなの木を連続で滑走した。11時でゴントラは臨時点検とのことで止まってしまう。その代わりにロマンス・コースのクワッドが稼動した。



各コースは荒れてきた。昼は車にもどってカップ麺など。湿った雪でかなり足をつかったので、ブーツを脱いでゆっくりと休んだ。



午後になると空いてきた。状況がきびしいので、午前中で帰ってしまった人も多いようだ。



霧もでて視界がわるい。



大雪はつづく。すでに疲れきってしまったが、ねばる。



そんな中で雪が木々に積もって樹氷のようになりきれいだった。



時間とともに人が減ってゆく。



国体女子西山のリフトにのってゆくと、女子コースを誰も滑っていなかったりした。



雪はやんだが霧ははれなかった。



国体女子西山のリフトは16時20分まで。この後はファミリー・コースのリフトが16時45分までだが、16時半で切り上げた。



道の駅かたしなにより、家内の大好きな焼き芋を買う。



水も汲ませてもらった。今シーズンの岩鞍はこれが最後だと思う。スキー・スノボ・アプリのスノーウェイによると、リフト乗車24回、滑走23回、滑走距離34、3キロ、最高速40、4キロ、と記録されている。修行のような1日だった。
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独酌 三四郎 北海道旭川

2020年04月02日 19時31分54秒 | グルメ北海道


2019年の9月。何年も前からいってみたいと思っていた、旭川の有名居酒屋の独酌・三四郎をたずねた。店に入るとほぼ満席だったが、カウンターにひとつ席があいていてそこに腰をおろす。まず生ビールたのむとお通しは酢豆だ。しぶいね。箸袋には毛筆の手書きで『風』とかかれている。私の前には女将さんがいて、知らなかったが特等席らしかった。



メニューを見てホッキ貝の刺身とタコの串焼きをたのむ。するとホッキは品切れだ。せっかく決まったのにねぇ、と女将さんが言う。刺身はツブ貝にかえた。女将さんは70くらいの人だが、背が高くて、知的で、押しが強い。ちょっといないタイプの女性だ。



ツブ貝はすぐにでてきた。鮮度が抜群の上物だ。包丁の仕事も見事だった。



ビールを飲み終えて、名物だと言う焼酎のとうきび茶割りにした。



でも酒がうすい。薄い酒は嫌いなんだよね。



タコの串焼きがやってきた。2本で650円だ。これも上質で、うすいしょう油味をつけて焼いてあり、噛むとほんのりとタコの甘味がのこる。



焼酎のとうきび茶割りが気に入らないので日本酒のリストをみる。カウンターにいるのは私のような、ひとり客の観光客が多かった。次は何にしようかな、と隣りの男性が女将さんに話しかけると、あれがいいんじゃないの、と答えている。若い女性は、他にもう一軒バーにゆくつもりだったけど、今夜はここで最後まで飲む、と女将さんに言っていた。



地元、旭川の国士無双の烈の燗酒をおねがいする。するとこの酒では名物の炭で焼く燗にならないとのこと。これをこの店では焼き燗と称している。北海道以外の酒は飲みたくないので烈にした。焼き燗はほとんどの客がたのむようだ。それと若どりの半身焼きの新子焼きも。



店内は年季の入った雰囲気のあるしつらえで、酒器や食器、コースターなども趣味がよく、凝っていた。



もう少し何かたべたくて、カウンターにおいてある万願寺とうがらしを焼いてもらうことにする。若い女性のスタッフに辛いのかたずねると、そうでもないとのこと。しかし辛いのは苦手なので、なるべくそうでないものをお願いすると、炭焼き担当の方がとうがらしを入念にえらんで焼いてくれた。



万願寺とうがらしは焼いた後で、一口大にカットし、かつおぶしを大量にかけて供された。シンプルでおいしい。もちろん辛くなかった。これは帰ってから自宅でも真似をしてつくってみたが、簡単で乙なつまみである。



烈はツンとくる酒だった。冷酒で〆ることにする。店のおすすめの、風のささやき、550円にした。酒の名がいささか鼻につくが、サッパリとした飲みやすい日本酒だった。



これでお会計は5400円だ。



ここの料理は刺身か炭火焼きだ。手はこんでいないが、素材がよくて、誠実な仕事をするからとてもおいしい。でも刺身にしたり、炭で焼くなら自分でもできそうである。そして有名店であるが故に、客が店を祭り上げてしまっている。客が店におもねっているところがあり、客が店に気をつかっている。

まちがいなくおいしい。文化的でセンスもいい。でも私はもういかないな。☆5点満点平均3点で4点。
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