創作日記&作品集

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ムッシュ 1

2008-03-19 14:20:33 | 創作日記
「失われた言葉の断片」という言葉は、「グレート・ギャッビー」スコット・フィッツジェラルド作 村上春樹訳のP204にある。

言葉を入れる瓶。青の瓶には悲しい言葉。透明な瓶には美しい言葉。赤い瓶には熱い言葉。もう一つの瓶には失われた言葉の断片。

私は勝手に彼(?)をムッシュと呼んでいる。時々、夕食に立ち寄るファミリーレストラン。夕食時も混雑していない。私は大きなテーブルで、小さな夕食をとるのが好きだ。今日はミラノ風ドリアとトマトサラダ。気が向けば仕事もする。派遣社員は、社員のことを社員さんという。蔑視か、羨みか。もちろん私もそう呼ぶ。同じ仕事をしながら待遇がまるで違う。ああ、こんなのでいいのかなあ。年は容赦なし。結婚。気の小さな私が、他人と暮らしていけるだろうか。それも男と。ムッシュが来た。メニューを広げる。私はボタンを押す。
「ミラノ風ドリアとトマトサラダ。ありがとうございました」ムッシュは復唱する。
料理を待つ間、小説を読む。「老人と海」・ヘミングヴェイ・福田恆在。短い小説を何度も読む。
「この男に関する限り、何もかも古かった。ただ眼だけがちがう。それは海と同じ色をたたえ、不屈な生気をみなぎらせていた」
海と同じ色。長い間、海を見ていない。次のお休みに行ってみようか。海が見たくなる。
「お待たせしました」
ムッシュが料理をテーブルの上に置く。
「ありがとう、ムッシュ」
私は声に出さずに言う。
冬の日、仕事で遅くなった。ファミリーレストランは閉まっているだろう。コンビニで何か買って帰ろう。色々考えながら、冬の夜道を歩いた。ファミリーレストランに電気がついていた。何気なく覗くと、ムッシュがいた。床に掃除機をかけていた。彼は眠る必要も、食べる必要もない。私はそんなムッシュを見ていた。一筋涙が流れた。