『突然ジーコのように』は作品集に入れなかったラジオドラマである。
高校二年生の真知のモノローグから始まる。
*
真知(語り)「寝転がって、安部公房の『飛ぶ男』を読む。
氷雨本町二丁目四番地の上空を人間そっくりな物体が南西方向に滑走していった。
時速二、三キロ、読み間違いじゃないかと読み返す。
歩くより遅いスピードで男は飛んでいる。
飛ぶ、スーパーマン、ピーターパン、それは人の夢だ。
だが、歩くより、遅く飛ぶとは、それでも、夢だろうか。
夢でも、痛ましい夢だと思う。
何かを左手に持ち、耳に当てがっている。
唇の動きも、誰かに喋りかけてる感じ。
携帯電話だ。
荒い晒しのパジャマを着て、電話で話しながら、時速二、三キロで飛ぶ。
すっごく無防備だ。案の定、不眠症の女に空気銃で撃たれた。
深く考えない。漫画を読むように安部公房を読む。
それが結構楽しい。
どんなに読み違えてもかまわない。
誤解、誤読は私の自由だ。
安部公房は、何を真剣にこんなことを書いているのだろうと思いながら、主人公の保根治と言う名前に笑ってしまう。
『方舟さくら丸』の巨大な核シェルターの中心には、むき出しの巨大な便器があった。
そこに座っておしっこをしたら爽快だろうなあ。
『密会』と言う小説のラスト。
人間の形からますます遠ざかって行く、骨が溶けて行く病気の少女を抱きしめて、明日の新聞に先を越され、僕は明日と言う過去の中で、何度も確実に死につづける。
やさしいひとりだけの密会を抱きしめて。
意味もなく、そこで、私は、声をあげて泣いていた。
『飢餓同盟』。
花井太助のように、尻尾が生えていないかと心配になって、そっとお尻を触って見る。
そして、『砂の女』。
さらさらと落ちて来る砂の音だけが残った。
まだ、二人は砂の中にいるのだろうか。
そこには、そっけなく、乾いた砂のような幸せがある。
ページを飛ばしてもいい。
分からない言葉はいい加減に読み飛ばしてもいい。
私は国語も、文学も全く好きじゃない。
ただ、青い背表紙の安部公房の文庫本は好きだ。
好き勝手に開いて、一行だけ読む事もあれば、夜明けまで読みつづける時もある。
そして、読むと同時に忘れてしまう。
ただ、青い背表紙の小さな本の中で、彼は次々にドアを開けて行く。
私は、何も考えずに、彼が開けてくれる世界をさ迷うのだ。
そうして、いつも、いつの間にか小さな眠りが私を包む。
これはそんな生活を繰り返していた高校時代、1994年1月から始まる物語だ。
*
青い背表紙の安部公房の文庫本は処分してしまった。
もう一度探してみるが、やはり、なかった。
高校二年生の真知のモノローグから始まる。
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真知(語り)「寝転がって、安部公房の『飛ぶ男』を読む。
氷雨本町二丁目四番地の上空を人間そっくりな物体が南西方向に滑走していった。
時速二、三キロ、読み間違いじゃないかと読み返す。
歩くより遅いスピードで男は飛んでいる。
飛ぶ、スーパーマン、ピーターパン、それは人の夢だ。
だが、歩くより、遅く飛ぶとは、それでも、夢だろうか。
夢でも、痛ましい夢だと思う。
何かを左手に持ち、耳に当てがっている。
唇の動きも、誰かに喋りかけてる感じ。
携帯電話だ。
荒い晒しのパジャマを着て、電話で話しながら、時速二、三キロで飛ぶ。
すっごく無防備だ。案の定、不眠症の女に空気銃で撃たれた。
深く考えない。漫画を読むように安部公房を読む。
それが結構楽しい。
どんなに読み違えてもかまわない。
誤解、誤読は私の自由だ。
安部公房は、何を真剣にこんなことを書いているのだろうと思いながら、主人公の保根治と言う名前に笑ってしまう。
『方舟さくら丸』の巨大な核シェルターの中心には、むき出しの巨大な便器があった。
そこに座っておしっこをしたら爽快だろうなあ。
『密会』と言う小説のラスト。
人間の形からますます遠ざかって行く、骨が溶けて行く病気の少女を抱きしめて、明日の新聞に先を越され、僕は明日と言う過去の中で、何度も確実に死につづける。
やさしいひとりだけの密会を抱きしめて。
意味もなく、そこで、私は、声をあげて泣いていた。
『飢餓同盟』。
花井太助のように、尻尾が生えていないかと心配になって、そっとお尻を触って見る。
そして、『砂の女』。
さらさらと落ちて来る砂の音だけが残った。
まだ、二人は砂の中にいるのだろうか。
そこには、そっけなく、乾いた砂のような幸せがある。
ページを飛ばしてもいい。
分からない言葉はいい加減に読み飛ばしてもいい。
私は国語も、文学も全く好きじゃない。
ただ、青い背表紙の安部公房の文庫本は好きだ。
好き勝手に開いて、一行だけ読む事もあれば、夜明けまで読みつづける時もある。
そして、読むと同時に忘れてしまう。
ただ、青い背表紙の小さな本の中で、彼は次々にドアを開けて行く。
私は、何も考えずに、彼が開けてくれる世界をさ迷うのだ。
そうして、いつも、いつの間にか小さな眠りが私を包む。
これはそんな生活を繰り返していた高校時代、1994年1月から始まる物語だ。
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青い背表紙の安部公房の文庫本は処分してしまった。
もう一度探してみるが、やはり、なかった。
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