今朝もいいお天気。早朝、頭痛のため、目が覚めてしまう。昨日の600段の階段昇降のおかげで、ふくらはぎがかなりはっている。
昨日の朝食会場と変わって最上階のパノラマレストランでの朝食。成田空港で調達した痛み止めを飲んでおく。食事中、水平線の辺りが急速に灰色がかったと思うと、あっという間にスコールがやって来て、僅か30分もせずに陸まで駆け抜けた。
今日の午前中は、一昨日とは逆の経路でハノイまで移動。
途中で民芸品屋さんに立ち寄った。ここでは、ベトナム戦争時の枯葉剤の影響で障害者になった人たちが、刺繍の作業中だった。ベトナム人はとても手先が器用で有名だが、言葉を発することが出来なかったり、音を聞くことができなかったり、あるいは歩行もままならない人たちがもくもくとひたすら刺繍をする姿に胸が痛んだ。
刺繍の雑貨や漆の工芸品等を購入して、一路ハノイへ向かう。途中何度も雨が降ったり止んだり忙しいお天気。
市内到着後は、ベトナム風中華料理の昼食を頂く。またも12人一緒のテーブルで大皿料理。取り分けに気を使ってなかなか大変だ。中華料理といっても、日本で食べるそれとは随分違っていて、ずっと頂いているベトナム料理とあまり変わらない印象だ。
そして、もう1件お土産物屋さんに連れて行かれたが、ここでは特に収穫はなし。
雨上がりで湿度がかなり高くサウナのようだが、陽射しがそれほど強くなく、東京よりずっと楽に感じる。
ここハノイは、ベトナムの政治・文化の中心である。川と湖が点在し、街路樹の多さにも目を見張る。由緒正しい寺社、フランス統治時代に建てられた洋館や教会が残り、落ち着いた雰囲気を醸し出している都市という印象だ。
観光で廻ったホーチミン廟には、1969年に亡くなったホー・チ・ミンの遺体が安置されている。大理石造りの廟は蓮の花をかたどったデザインだという。実際に見学出来るのは午前中だけということで、外観を背景に記念撮影にとどまったが、正面には滑走路にもなるという道路が続いていた。この界隈は官庁街だが、黄色い建物が多い。
それから徒歩で、「一柱寺」へ。ここは1049年、李朝時代に建立された仏教寺院内の楼閣。こちらも蓮の花を模して建てられたもので、その名の通り、本堂が池の中に建つ一本の柱で支えられている。急な階段を上り千手観音像にお参り。観音様には何やらミラーボールの様な後光が差していたのにびっくりする。
その後、旧市街散策へ。いきなりアジアの熱気に放り込まれた感じ。20年以上前に訪れたシンガポールの裏町といったところ。細い路地にもバイクがどんどん割り込んで飛ばしてくる。ひったくりやスリも多いということで、緊張しながら歩く。市場は、カエルやら鶏やらの肉やエビ、カニの魚介類、生花、麺類等、雑多な匂いで充満している。僅か30分ほどの散策だったが、交通量が激しく誰も信号を守らない。“皆で渡れば怖くない”を信じて、道路を横断。走るのはとても無理な父はバスでお留守番に。
その後、車窓からホアンキエム湖を見ながらメトロポールホテルに移動。緑の多い水辺はこの辺りのデートスポットだという。
午後のひと時、1901年創業のフランス系ホテルのラウンジでチョコレートビュッフェのアフタヌーンティーを楽しむ。ここ数日、ベトナム料理、中華料理の連続だったが、久しぶりに洋風のサンドイッチやスコーン、20種類以上の綺麗なチョコレートケーキ等で眼も舌も癒され、疲れが飛んでいく有難さ。フレンチコロニアルな館内には、可愛らしいメイドさんのようなヘッドドレス風の帽子と、白いアオザイ姿のユニフォームに身を包み、蓮の形のランタンを持った従業員の姿。しっかりツーショットの写真撮影に励んだ。
その後、一路ハノイ国際空港へ。途中ちょうど夕刻のラッシュに重なり、大渋滞。割り込むバイクの数が半端ではない。皆、排気ガスの中バイクで飛ばすので、カラス天狗のような色とりどりの派手なマスクをしているのが面白い。1時間ほどかかって、真っ赤な夕日を横目に見ながら空港到着。古都フエへの移動のためのチェックイン。
3日間お世話になったガイドさん、運転手さん、アシスタントさんと握手をしてお別れする。ガイドさんは、今日夜中にまた新しいお客さんをお迎えして、明日はハロン湾だという。何ともハードなお仕事である。
空港では、父のチケットにしっかりWCHR(車いす)と印字されており、再びフルアテンドされて空路、フエへ。1時間強のフライトで、到着は9時半近く。バスではいきなり眠気が襲う。ホテルにチェックインしたのは10時を大きく回った。部屋に入れたのは11時近く。夕食は軽めのルームサービスが用意された。
今夜の宿泊はフォン川を眺められる全室リバーサイドのホテル。トリプルルームかと思いきや、バスルームが2つあるスイート風の大きな部屋でラッキーなのだが、ろくに探検も出来ないまま10時間足らずの滞在というのは、何とももったいないことだ。
昨日の朝食会場と変わって最上階のパノラマレストランでの朝食。成田空港で調達した痛み止めを飲んでおく。食事中、水平線の辺りが急速に灰色がかったと思うと、あっという間にスコールがやって来て、僅か30分もせずに陸まで駆け抜けた。
今日の午前中は、一昨日とは逆の経路でハノイまで移動。
途中で民芸品屋さんに立ち寄った。ここでは、ベトナム戦争時の枯葉剤の影響で障害者になった人たちが、刺繍の作業中だった。ベトナム人はとても手先が器用で有名だが、言葉を発することが出来なかったり、音を聞くことができなかったり、あるいは歩行もままならない人たちがもくもくとひたすら刺繍をする姿に胸が痛んだ。
刺繍の雑貨や漆の工芸品等を購入して、一路ハノイへ向かう。途中何度も雨が降ったり止んだり忙しいお天気。
市内到着後は、ベトナム風中華料理の昼食を頂く。またも12人一緒のテーブルで大皿料理。取り分けに気を使ってなかなか大変だ。中華料理といっても、日本で食べるそれとは随分違っていて、ずっと頂いているベトナム料理とあまり変わらない印象だ。
そして、もう1件お土産物屋さんに連れて行かれたが、ここでは特に収穫はなし。
雨上がりで湿度がかなり高くサウナのようだが、陽射しがそれほど強くなく、東京よりずっと楽に感じる。
ここハノイは、ベトナムの政治・文化の中心である。川と湖が点在し、街路樹の多さにも目を見張る。由緒正しい寺社、フランス統治時代に建てられた洋館や教会が残り、落ち着いた雰囲気を醸し出している都市という印象だ。
観光で廻ったホーチミン廟には、1969年に亡くなったホー・チ・ミンの遺体が安置されている。大理石造りの廟は蓮の花をかたどったデザインだという。実際に見学出来るのは午前中だけということで、外観を背景に記念撮影にとどまったが、正面には滑走路にもなるという道路が続いていた。この界隈は官庁街だが、黄色い建物が多い。
それから徒歩で、「一柱寺」へ。ここは1049年、李朝時代に建立された仏教寺院内の楼閣。こちらも蓮の花を模して建てられたもので、その名の通り、本堂が池の中に建つ一本の柱で支えられている。急な階段を上り千手観音像にお参り。観音様には何やらミラーボールの様な後光が差していたのにびっくりする。
その後、旧市街散策へ。いきなりアジアの熱気に放り込まれた感じ。20年以上前に訪れたシンガポールの裏町といったところ。細い路地にもバイクがどんどん割り込んで飛ばしてくる。ひったくりやスリも多いということで、緊張しながら歩く。市場は、カエルやら鶏やらの肉やエビ、カニの魚介類、生花、麺類等、雑多な匂いで充満している。僅か30分ほどの散策だったが、交通量が激しく誰も信号を守らない。“皆で渡れば怖くない”を信じて、道路を横断。走るのはとても無理な父はバスでお留守番に。
その後、車窓からホアンキエム湖を見ながらメトロポールホテルに移動。緑の多い水辺はこの辺りのデートスポットだという。
午後のひと時、1901年創業のフランス系ホテルのラウンジでチョコレートビュッフェのアフタヌーンティーを楽しむ。ここ数日、ベトナム料理、中華料理の連続だったが、久しぶりに洋風のサンドイッチやスコーン、20種類以上の綺麗なチョコレートケーキ等で眼も舌も癒され、疲れが飛んでいく有難さ。フレンチコロニアルな館内には、可愛らしいメイドさんのようなヘッドドレス風の帽子と、白いアオザイ姿のユニフォームに身を包み、蓮の形のランタンを持った従業員の姿。しっかりツーショットの写真撮影に励んだ。
その後、一路ハノイ国際空港へ。途中ちょうど夕刻のラッシュに重なり、大渋滞。割り込むバイクの数が半端ではない。皆、排気ガスの中バイクで飛ばすので、カラス天狗のような色とりどりの派手なマスクをしているのが面白い。1時間ほどかかって、真っ赤な夕日を横目に見ながら空港到着。古都フエへの移動のためのチェックイン。
3日間お世話になったガイドさん、運転手さん、アシスタントさんと握手をしてお別れする。ガイドさんは、今日夜中にまた新しいお客さんをお迎えして、明日はハロン湾だという。何ともハードなお仕事である。
空港では、父のチケットにしっかりWCHR(車いす)と印字されており、再びフルアテンドされて空路、フエへ。1時間強のフライトで、到着は9時半近く。バスではいきなり眠気が襲う。ホテルにチェックインしたのは10時を大きく回った。部屋に入れたのは11時近く。夕食は軽めのルームサービスが用意された。
今夜の宿泊はフォン川を眺められる全室リバーサイドのホテル。トリプルルームかと思いきや、バスルームが2つあるスイート風の大きな部屋でラッキーなのだが、ろくに探検も出来ないまま10時間足らずの滞在というのは、何とももったいないことだ。