ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2017.12.31 2017年総決算、どんな1年だったか

2017-12-31 23:14:20 | 日記
 2017年大晦日。前記事のとおり今日から親子3代で近県に旅行中。おかげさまで賑やかな年の瀬を迎えている。
 今日も心は穏やかだ。振り返れば、今年も公私ともに実に色々なことがあった。そして昨年に続き、相変わらずそれなりに動き回っている。

1月
 伊豆高原で2泊3日のSさんのヨガリトリートに参加。
 2年近く頑張ってくれたカドサイラ(T-DM1)に別れを告げて、ジェムザールとハーセプチンの治療に切り替え。
2月
 ジェムザールの副作用が思いのほか強く、減薬しながら調整するが、なかなか2週連続投与が叶わずスケジュールが確定しない。
 息子が入学後2年ぶり2回目の引越しのため夫が助っ人に。今年は腰を落ち着けて学業に励む予定。
3月
 息子の帰省のタイミングにゴスペル初体験(7ヵ月後講師だった亀渕友香さんの訃報を聞く。合掌)
 相変わらずジェムザールは副作用のため2投1休の投与が出来ない。
4月
 来日中のインドの大聖人、シュリシュリ先生によるヨーガコースに参加。 
 昨年のヒーリングの基礎、応用コース受講から1年余りが経過。Sさんのディグディーパーのコースを受講。
5月
 連休は関西へ。アルバイト中の息子とも面会するが、後半は夫とテーマパークを満喫。
 月末、母が黄斑前膜の手術のため大学病院に1週間の入院。
 ジェムザール2投1休は断念して隔週の治療に切り替え。
6月
 均整術養成前期基礎コース開始。
 無事56歳を迎える。誕生日旅行は夫とテーマパーク1泊。
 母の快気祝いも兼ねて、昨年に続きホテルでお誕生日プラン宿泊。
7月
 父一周忌の法要、納骨の儀無事終了。中旬は夫と1泊で秋田乳頭温泉へ。
 OB・OG合唱団に3年ぶりに参加。練習スタート。
 半年に渡る、月に1度6回のM先生のハタフローヨガインテンシヴコーススタート。
8月
 夏休みは親子三代で6年ぶりに3泊4日の台湾旅行。
9月
 淡々と治療を続ける。体調管理をしながらヨガ、均整術、合唱練習等に励む。
10月
 均整術師養成後期応用コーススタート。
 OB・OG合唱団本番無事終了。夫と2泊3日で「北の国から」の舞台を旅行。
11月
 均整術師養成後期応用コース無事修了。均整術師の資格を得る。
 月末、患者会スタッフ対象に瞑想ヨーガクラスのお試し会実施。翌年からコンスタントに開催することに。
12月
 ハタフローヨガインテンシヴコース無事修了。
 画像上両肺腫瘍の増大が続いており、年明けから薬剤変更確定。
 年末年始は親子三代で近県へ厄除けとお買い物の旅行。

 と、こう書きながら、今年も腰を落ち着ける暇もなく、ひたすら動き回っている、とつくづく思った。
 今年の3大ニュースは、均整術師養成コース修了、ハタヨガインテンシヴコース修了と来月からの瞑想ヨーガのクラス実施決定(インストラクターデビュー)だろうか。
 通院は後半からは隔週で落ち着いた。読書量は少し盛り返して81冊。昨年は72冊、一昨年は87冊、3年前は84冊。少なくとも100数十冊、300冊を超えていた頃が遠い昔のようだ。レビューもろくに書く時間がとれない。当日の治療日記でちょっと触れるだけが精一杯。
 映画はその分結構観た。機内やWOWOWを含めて98本。映画館で観たのはその半分弱。観っぱなしで、レビューが書けていないのも去年と同じ。

 京都通いはほぼ途絶え、関西へ旅したのは息子の引越し先確認で1回のみ。その分息子がいつになく足しげく帰省した。
 それでも台湾3泊、秋田1泊、北海道2泊、などそれなりにショートトリップに出ている。

 地元のヨガスタジオにはあまり通えなかったけれど、均整術師養成コースやハタフローヨガインテンシヴコースなどで密度の濃い時間を過ごした。今年レッスンを受けた回数は昨年の164回に及ばないが、ワークショップなども含めて136回。
 
 治療を続けながらこうしてコンスタントに運動を続けられること、つまり体調をセルフコントロールが出来ていることは、本当に有難いことだ。治療を続けていくうえで体力維持は必須である。階段の昇り降りがきつくなったり、これ以上息切れが酷くなったりしたら、毎日仕事には出られないどころか、片道1時間半かけての治療にも通えないだろう。

 昨年に引き続き、土日に2日連続で人と会うために都心に出かけることはしなかった。今年、土日連続で都心に出たのは、1泊でヒーリングコースと均整術師養成コースに行っただけ。どちらも行き先はSさんスタジオ。自分のために使わせてもらった。
 それでも、物理的に時間が足りない。家の掃除も満足に出来ない。断捨離も根を詰めて行うと、すぐにグッタリくる。埃を吸えば鼻水は出るし、咳き込む。曲がりなりにもフルタイムで働いて、家のことを人様と同じレベルで完璧にやろうなどというのはやはり欲張りな話だろう。寝る時間を削ってまで家事をやる元気は今の私には、ない。

 去年同様、クリスマスもお正月も特段の準備もしなかったし、正直出来なかった。普段の手抜きの家事だけで既にオーバーフローしている。丁寧な家事仕事は全くもって出来ない。大掃除も無理。それでも仕方ない、と思えるようになった。それが嫌なら仕事を辞めるしかないのだろうと思う。ただ仕事をやめてずっと家にいて家事をするかと問われればおそらく・・・。

 大学卒業後33年近く、産休と6ヶ月の病気休職以外休みなく働いてきた。健康な身体を頂いたのだから、働くことで社会に少しでも還元することは当然と思ってきた。
 けれど、昨年辺りから平日のゴールデンタイムを全て取られていると、家のことは二の次になっているという当たり前のことに気付くことが多くなった。まあ、家にいられる方たちと同じように自宅を綺麗にキープしておくのは、健康な働き手でも難しいことだろう、ともはや開き直っている。

 明日からの2018年はどんな年になるのだろう。来月から治療変更。必要以上に気負うことなく、心穏やかに潔く精一杯生きていきたい。私なりに、私らしく、細く長くしぶとくがモットーであることは変わらない。

 長々と書き連ねてしまいましたが、今年も一年お付き合い頂きまして、どうもありがとうございました。
 来年も気力・体力が続く限り細く長く綴っていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
 皆様にとって、来たる新しい年、2018年がより健やかで穏やかなものでありますことをお祈りして、今年最後の記事としたいと思います。
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2017.12.31 初雪にびっくり、2泊3日北関東の旅スタート

2017-12-31 20:51:28 | 
 昨夜の体調ではかなり心配だった今日からの旅。薄紙を剥がすように少しずつ復調してきて、朝食も4日ぶりに普通に頂くことが出来た。
 寝坊助の息子を起こしていざ、出発だ。

 予定通り準特急で最寄り駅を出発し、ターミナル駅でJRに乗って来た母と合流することに。息子に、母が乗ってくる快速電車が到着するホームに先着させて、母をピックアップし、無事4人で日光詣と金色に新装しているスペーシアに乗り込んだ。
 随分前のこと、まだ車体が白とオレンジだった頃、家族揃って日光に出かけて以来。ボックス席ですっかり旅気分。1時間半足らずの旅だ。お天気はあいにく雲り空だけれど、車窓からは山々の稜線がとても綺麗。遠く雪を被ったのは赤城山だろうか。

 江戸から明治期に北関東有数の商都として栄えた「蔵の街」栃木に降り立つ。さすが北関東の空っ風の冷たいこと。皆で厚着をしてきたが、底冷えがするようだ。レトロな建物巡りが出来るから降りよう!という夫に乗せられて歩き始めた大通りは、あいにく大晦日でどこも寂しくシャッターが下りている。
 蔵が立ち並ぶ巴波(うずま)川のほとりまで歩くが、江戸時代にタイムスリップ出来るという遊覧船もカバーがかけられて残念ながらクローズ。観光館や美術館もどこもかしこも休館だ。寒いと思ったら、チラチラと雪が舞ってくるではないか。そんな中、鯉や鴨が泳ぐ姿に息子が触発されて餌を買い求める。ここで、すっかり童心に帰ってしばし餌やりに熱中する母子である。この頃から大分復調して笑顔が戻ってくる。

 旧町役場まで歩き、蔵造りのスタバに目を見張りつつ、お目当ての洋食屋さんを探しに行った夫と息子は、残念ながらクローズだと戻って来た。諦めてホテルのレストランでランチにする。静かな店内でゆっくり出来て、リーズナブルなお値段で美味しいランチを頂く。ドンペリドンの助けは借りたけれど、シェフからデザートまで振舞って頂き、皆「栃木はいい街だ」と大満足。
 外は霙か冷たい雨か、雲行きがかなり怪しくなったので、タクシーを呼んで頂き、1時間に1本の電車に乗ることに。息子はわざわざミニバスに乗っていきたいと、ホテル向かいのバス停から一人でふれあいバスに乗るという。先に駅に到着した私たちの気を揉ませてくれる。いつでもどこでもこじらせるのが得意な奴である。

 なんとか予定の電車に乗り込み、3駅先まで移動。初詣に行く予定にしている厄除け大師で有名な佐野の街に降りる。雨はやんでおり、寒さも栃木ほどではなくほっとする。
 タクシーでホテルまで移動して荷物を預け、クリスマスプレゼントとお年玉と、それに早くも頂いた来月のお誕生日祝いの軍資金を片手にした息子ともども、皆でアウトレットモールへ急ぐ。
 まずは彼の目的の靴とシューツリーをゲット。思いのほか混んではいない。母と私はパジャマ等を買って、しばしぶらぶら。明日のハッピーバッグに並ぶのかは体調次第だ。それでも昨日とは別人に元気になったので、皆をほっとさせている現金な私だ。

 2時間ほど歩いてカフェでお茶をして一服。ホテルに戻って態勢を整え、レストランへ繰り出した。
 夕食にはご当地ラーメンが有名なこの街ならでは、年越しそばならぬ年越しラーメンを頂く。再びホテルの展望露天風呂でゆっくり手足を伸ばし、冷えた身体を温めた。

 2017年大晦日、旅初日、あと数時間で新しい戌年がやって来る。
 
 

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