卍の城物語

弘前・津軽地方の美味しいお店と素晴らしい温泉を紹介するブログです

津軽観音巡礼第二十一番 鬼泊巌屋観音堂

2009-02-10 01:25:22 | 神社・仏閣
津軽三十三霊場カジュアル巡礼第二十一番札所の鬼泊巌屋観音堂へ行く。

前回も二十一番では?カブってるのでは?とお思いだろうが、ご名答で、二十一番札所はカブってます。

津軽三十三霊場巡礼は藩政時代から始まっているが、その当時の巡礼箇所と現在の巡礼箇所は結構違い、順番もかなり違う。寛延時代に再編されて現在の形が完成されたとされているが、そのために過去の巡礼だった寺社も今尚存在しているわけであり、三十三番から取り消された巡礼地も重要な場所である場合は訪れた方がいいとされ、それは各々の受け止め方次第である。
そんな複雑な理由によって重複した観音巡礼の最たる場所がこの鬼泊巌屋観音である。

1647年、海中の洞窟に観音堂を建て、聖観世音菩薩を安置されたのが始まりとされる。
1716~36年頃には場所柄、堂宇は損壊してしまい、貞伝和尚が本覚寺に仮移遷した。
明治の大悪法・神仏分離令によって鬼泊巌屋観音堂は消滅した。
明治20年代に海雲堂釈迦堂に本尊だった聖観世音菩薩が安置された。
昭和30年代に現在の場所に観音堂が再建したが、本尊は戻ることはなかった。

海雲堂釈迦堂から国道280号を東へ。海岸線の眺めは大変美しく、陸奥湾には遥か北海道の地まで見渡せる。
6kmほど走ると案内標識がある。見落とすと確実に通り過ぎ去って探せなかったかもしれない。
辺りには集落も無く、目印になるものも無い。ただそこに観音堂があるのみだ。
車を路上駐車し、海岸近くに行くと鳥居がある。鳥居を幾つか潜ると、小さな堂があらわれる。もちろん本尊は無い。
目の前には波しぶきがあがり、潮の香りとさざなみの音を聞きながら拝んだ。

この場所は袰月観音堂と呼ばれていたが、現在の袰月村にある釈迦堂が袰月観音堂となってしまった。
しかし元来はこの地が袰月観音堂である事を知った巡礼者たちは、海雲堂釈迦堂と鬼泊巌屋観音堂のどちらも巡礼し、現在ではそれが定番となったようだ。

国道280号線は今別から青森市の油川まで続く、陸奥湾の外ヶ浜をずっと眺め続けていける最高のドライビングコースであった。
陸奥湾はとても穏やかで、静かな海であった。日本海しか知らない自分には結構驚きであった。
家々も波打ち際ギリギリに建てられており、もちろん道路もそうである。海が荒れたらどうなるのか心配するも、湾なので大丈夫なのであろうか。津波もそんなに被害なさそうだし、穏やかな海だからこその立地状態なのだろう。
しかしながら、海岸線には神社が数多くあった。稲荷神社も幾つか見受けられ(中には何故か岩木山神社もあった・・・。見間違えか?)、漁で成り立つ村には、海難を防ぐ為に多くの神社を建立したのだろうと推測される。
それにしても天気の良い外ヶ浜は美しかった。夏場になったら訪れてみたいものである。

最後に鬼泊巌屋観音のご詠歌
~いにしえの 鬼の岩屋に 神立ちて 悪魔はあらず 外ケ浜にも~

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。