そうだそうだ。私は自分のこの思い付きにパァッと心が明るくなった。
それまでの私といえば、家の中という陽光を遮る場所に入った事で物質的に日影に身を置き、光線の弱い環境にいる事から気分的にも翳った物を感じて来ていた。そんな私が帰宅して先ず1番に祖母に会い、彼女の話から、私の今迄の見解とは真逆に当たるという、全く予期せぬ彼女の見解を聞く事になり、今迄の自分の僅かな人生で得た人生観が引っ繰り返るという様な、そんな突拍子もない精神的な衝撃を受けた訳だ。その為屋内に入って来てから翳っていた私の感情はどんどんと暗闇に沈み込んで行った。
そんな私の気持ちが漸くここで好転したのだ。兎に角、私はほっとした。漸く得た希望の光を胸に、私は足を踏みしめて我が家の家の奥へと向けて歩き出した。
先程ぐらついて回り出した様に感じた居間だったが、私が足を1歩前に出してみると、そこには何の異常も感じ取られる事の無い現実世界が在った。辺りの光景には何の異常も感じられな無かった。また、上げた足を下ろしてみると、それは自身の足であり、足の裏に当たる畳の感触も確りと感じ取る事が出来た。その為自らの感覚も極めて正常だと私は感じた。私は自身で自らの容体を推し量っていたのだ。よく風邪を引く私は、今しがた起きた現象から具合が悪いのだろうかと自らを訝っていたが、自身の容体を探った事で、気分的にも肉体的にも異常を感じ無かった結果を喜んだ。風邪じゃない、自分は元気な状態だと感じた。
『と、すると、何だったんだろう?。』
私は先程自身が目にした流体と色彩の流れる光景を疑問に思った。何が起こったんだろう?、何だったんだろうと、ふと立ち止まり考えてみたが、私には想像も付かない出来事だっただけに、単に首を捻るに留まった。地震という物を私は既に体験し、その言葉も知っていたが、そういった天災とは趣が異なる様に感じた。やはり私は再度首を捻った。
『私に答えは出せないな。』
考えるだけ無駄だ。そう思うと、そこでその儘深い考えに囚われる事無く私は歩み出したが、また同様の出来事が起こる事を懸念すると、落ち着いて畳の上に足を運んだ。
私はもう居間を通り過ぎて台所に向かう暗い廊下に入っていた。廊下が暗いといっても、台所に向かう途中に中庭に面した明るい縁側へと出る戸口が有る。その時その戸口の障子戸は丁度開いていた。お陰で廊下は庭から届く陽光でそれなりに薄明るかった。
『外は雲が晴れて太陽が出たんだな。』
私は思った。そして廊下は外より暖かく体感出来た。私は体に感じるこの気温の暖かさにもほっと心が癒される自分を感じていた。ひたひたと廊下を歩きながら、私は先程思い付いた「私」というものについて再考し、記憶の新しい内に「私」、つまりは自分というものを確立しておこうと思考し始めた。