よし!
私はこれで完全に目が覚めた。と思った。目を瞬いて、私は大きく丸く目を見開くと、暗い廊下から明るい縁側の入り口に戻った。
私はそこにいる母の姿を確りと目で捉えた。そして私と母の目が合った。が、私の視界は又直ぐに霞掛かって来るのだ。おかしいな、ちゃんと目は覚めたはずなのに…。
『史君の方法は当てにならないな。』
と私は思った。
私の頭は益々ぼんやりしてくる。しかしここで母と目が合った手前、あからさまに目に手をやって擦る訳には行かないと私は思った。私は母に、自分が尋常では無い状態だという我が身の不利を知らせたく無かったのだ。
母の方は私の、一度壁に身を隠して再度姿を現したという行動がやはり不可思議だったようだ。ちょっと顔をしかめたが、それでも直ぐに又元の笑顔に戻った。いくら私の視界がぼやけているといっても、この彼女の微妙な変化は私にも分かった。
彼女は前同様手招きして私を呼んだ。今回は両の手を私に向けて広げ、「ほら抱っこだよ。」等と甘い言葉も投げつけて来た。
ふふふ、と私は不覚にも口元に笑いを漏らした。きっとふやけた笑顔だった事だろう。私には母の下心が見え見えだった。彼女はそれだけ何か思う所が有って私を自分の元に呼び寄せたいのだ。どんな理由が有るのだろう?。眠気が勝ってぼんやりして来た私の胸の内には、警戒心も揺らいで来て、確りと自分を保つという事が出来ない。何しろ何時もなら心の内でだけ漏らす忍び笑いだ。私はやはりこの時点で夢現だったのだ。何時しか縁へと下ろした自分の足も、踏みしめると何だか覚束無い感覚に私には思えた。頭はくらくら、足元もゆらゆらする。
縁側を来る我が子のこの体たらくの様子を見て取ると、母は流石に私の睡魔を察知した。自分の元へと近付いて来る私に向かって
「お前、眠いんだね。」
と一言断言した。
お前、もう昼寝は卒業したんだろう。そう呆れた様に私に向かって言う母に、私は
「子供は昼寝がお仕事の一つ。そうだろう、そうお母さんは言っていたじゃないか。」
筋の通りそうで通らなそうな、自分でも何を言っているのか全く覚束ない訳の分らない様な事を、ぐたぐたと私はぼやいた。そして辿り着いた母の胸に倒れ込むと、私は如何やらそこでぐぅ…と眠り込んでしまった様だ。