Jun日記(さと さとみの世界)

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うの華3 176

2021-06-21 13:07:37 | 日記
 そういう訳で、彼女達母娘がこの食堂を出たのは午後の1時半近く、もう半も過ぎようかという時刻となっていた。

「もう遅いかしら。」

彼女は義弟三郎の嫡男、彼女の甥に当たる子が既に舅の家に来ているか、もう彼の用を済ませてしまって自分の家に戻ったかもしれないと感じた。帰ったら帰ったで、それも世話無しで返って良いかもしれない、と、彼女は気持ちが軽くなって来た。道に出た彼女達母娘は、彼女を先頭に、家の裏手に続く通路入り口のある方向へとやおら歩き始めた。

 と、

「姉さん、一寸、一寸。」

不意に舅の声がした。この言葉は彼女の背後から掛けられたのだ。彼女は振り返った。娘達の頭上の先、今出て来た食堂の戸口、その食堂の勝手口に当たる入り口の所に彼はいた。彼女の舅は暖簾の陰から顔を出すと、ちらちらと彼の孫達の顔に視線を遣った後、微笑して彼女を手招きした。

「向こうに行ったら、」

彼は戻って来た嫁に言葉を続けた。

 あの子は未だきっと来ていないよ。多分そうだろう。あの子だって人の子だもの、損得勘定も有るが、人としての憐憫の情も持ち合わせている様だ。この前話した時にはそんな様子だった。こんな時にはそう早くもやって来れまいよ。

 だから、もう少しここでお前さんにあの子の事を話して置く猶予も有るだろう。この後若しあれに会ったら、こうしなさい。そう舅は彼女に前置きすると、ポソポソと小声になり、彼にとっては三男の上の子で有る孫、嫁にとっては甥っ子に当たる男の子について、その処遇の助言をした。彼女は考え込むと、そんな物なんでしょうかと舅に応じた。

『そうだよ。あれにはその方がお前さん達にとっても得策、お前さん達にとって良い目に転がるだろう。』

舅は言うと、彼は目を細めて笑み、したり顔となった。「下は下で、また追々と言う事で、今は良いからね。」

分かりました、心得て置きます。嫁は彼に答えると、お義父さん、何から何まで気を配っていただき、誠に有難うございました。私は恐縮致しました。と、丁寧にお礼の言葉を返した。

 舅は暫し微笑んだ儘無言だったが、ウンと頷くと節目がちになり、彼の片手を横に振ると彼女にもう行くようにと合図した。

「これであの子の事も、上手く行くよ。」

「さっきの事も、お前さんのよい様に、もう言ってしまっていいからね。」

それで良いんですねと念押しする嫁に、彼は、もうその方があれの為にも良いだろう、そう言うと、彼女の先刻の考えを後押しするのだった。