もう一つの話?、彼女は考えた。何だろう?。あの子が知っている、暗黙の了解、その様な話とは?。彼女はつらつらと考え込んでみる。
舅はそんな、考え込む彼女の顔を、瞬きもせずにきつい顔付きで見詰めていた。考え込みながら彼女は、時折厳しい表情の舅の顔に目を向けると、彼から答えを急かされているように感じた。しかし彼女には胸に思い付いて来る物が無く、焦る気持ちが募るばかりで困って仕舞った。
弱り切った彼女は恥ずかし気に舅に目を向けた。「何ですか?。」、もう一つの話とは?。何でしょうかと彼女は舅に尋ねた。舅の方は嫁のそんな言動を見透かす様に、または確かめる様に注視していたが、その内納得した様にホッと息を吐いた。
「違うね。」
彼は言った。やはりお前さんは他の嫁とは違っているよ。彼はホッとした様子で脱力した。緊張で力んでいた瞳をしょぼつかせて彼は目の前の嫁に言った。
「さっき言った通りにして、後はお前さんに任せるよ。」
今日の所はね。その様子なら今日はそこ迄だね。彼は引き下がる風情となり、ゆるりと彼女に背を向けた。暫し、彼は無言でいる嫁の怪訝そうな様子を背に感じると、ちらりと視線を彼女に投げて寄越した。
「いいよ、行って来なさい。」
「何か思う所があるなら、お前さんの用が住んでから此処へ戻って来るといい。」
私は未だ暫く此処にいるから。舅は嫁にそう言うと、この後彼がこの食堂で電話と人を待つ事になると簡潔に説明した。
舅の言葉で、彼女は自分の用件を思い出した。舅に問いかけたい事、話したい事は山程有った。が、今は自分の為すべき用件は向こうである。彼女は幼い甥との約束を思い出し、急ぎ舅の家に向かう事を決定した。「では、お義父さん、後程此処で。」彼女はそう舅に言い置くと踵を返した。
スタスタと、気持ちを切り替えた彼女は無心になると娘達の待つ場所迄戻って来た。そこには如何言う訳か彼女の長女1人だけが立っていた。怪訝に思いつつ、次女は如何したのかと彼女が尋ねると、一寸、と娘は答えた。
「先に様子を見て来るって言って…。」
彼女の長女は言い淀んだ。母の許可無しで子供達だけで何か行うという事を、彼女達の母がよく思わ無い事をこの長女はよく知っていた。彼女は母の顔色を窺うと決まり悪そうに俯いた。この日の彼女は機嫌が悪く、そんな長女の悪怯れた様子を見ると、忽ち彼女の眉間には皺が寄った。
「あなた達は、」
母親の私があなた方のお祖父様と大事な話をしているというのに、と、その僅かな間もじっと出来無いのか、と、叱る様に矢継ぎ早に残っていた娘に小言を言い始めた。
そんな彼女の弁舌爽やかとなる前に、タタタ…、脇道の細い路地から軽い足音が聞こえて来た。彼女達の立つ道路に、嬉々とした顔付きで彼女の次女が姿を現した。次女は自分の母のきつい顔と、項垂れた姉の背に出会うと一瞬ハッと顔色を変えた。