さぁさぁと、おばさんに導かれるままに店内を進むと、この家のご主人も珍しく笑顔でやって来た私を出迎えてくれる。
「こんにちは、元気かい?。」
等と彼の愛想もよかった。そしてほらほらと、目の前の椅子によっこらしょと私を持ち上げると、ちょこんと座らせなどしてくれた。
「いやぁ、驚いただろう。」
頭上から掛けられた言葉に、私がご主人の顔を椅子の上から見上げると、彼のその目は笑っていたが、内面には何だか悲しそうな色が浮かんでいた。
「何というか、…。」
そう言うと彼は私から顔を逸らして背を向けると、うっくく…と、声を漏らした。彼の背は片肘を顔に当てがった。そして、この子の顔を見ていると目から汗が出て困る、お前言ってくれと奥さんの方に話を任せた。
おばさんの方はあらまぁと、私の目の前で相変わらず笑顔の儘だった。彼女は困った事は皆私にやらせるんだから、と少々不平を言いながらも、ふふふと笑うと、
「まぁいいわ、私も知りたいのよね。」
と、何だか楽しそうで、興味津々という様な、好奇心に溢れる様な面差しで私を見た。
「ねぇ、智ちゃん。あんたの家今日は何だかバタバタしてたんだってね。」
と彼女は言った。私はこのお店の前のお店、そのお店で聞いたその家のおばさんの言葉を思い出した。あんたの家バタついてたねという言葉だ。
「内がバタついてたって言う事?。」
私は目の前のおばさんに尋ねた。「あら、この子分ってるんだね。」おばさんは急に笑顔を引っ込めた。
「じゃあどう話したらいいんだろうね、あんまり笑顔で聞くのはおかしくないですか?。」
彼女はそうご主人に問い掛けた。ご主人の方は相変わらずこちらに背を向け、無言で返事をして来なかった。それで奥さんの方は、如何したんです、如何しますと彼に何度か声を掛けなくてはいけなかった。
するとその内、蚊の泣くような声でご主人は言った。
「内にも似たような年端の子がいるだろう。」
…、それを思うと、…泣けて来てね。途切れ途切れに、そうこちらに背を向けてご主人が言う物だから、奥さんは夫に近付いて何やら声を掛けていた。妻の言葉に数回頷いた夫は、本人が分かってるんだったら、と、
「笑顔は引っ込めてお悔やみ風にした方がいいぞ、だがなぁ、こんな小さい子に本当の事が理解出来ているのかどうか、怪しいもんだな。」
と答えた。
それでも商談だからと、奥さんは夫に声を掛けると、頼まれた事は伝えないといけないからと、自分の方から言いますかと彼に尋ねた後、やや緊張した面持ちで私の方へ数歩あるき掛けた。そんな奥さんに、商談ならとご主人は言うと、自分の方から話すよと奥さんを制して、一呼吸置くと、彼はふんと体に気合を入れてぐっと踏ん張ると、くるりと振り向きやや下を向いた。視線を落としたまま、彼は私に近付いて来た。
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