「お前なんか、…。」
母は憮然として言って言葉を切った。
彼女はそのまま言葉を飲み込んだ儘黙って私から顔を背けた。
裏庭に向き直った母は不機嫌な様相で黙りこくっていた。そして身じろぎ一つせずに石の様に身を固くしていた。私はそんな頑なな母の姿に、何とか彼女の気持ちを解きほぐそうと試みた。
私がその時想像していた祖母と母の関係という物は、当時の私の耳に入って来る世相から、よく世間の人の口に上る嫁姑にありがちな紛争の仲という物だった。その為、祖母と母の間を何とか円満に取り持ちたいと考えていた。私の大好きな祖母を母にも大好きになってもらいたいと考えていたのだ。
そこで私は黙ったまま返事をして来ない母の横に腰かけると、せっせと祖母の良い所や優しい所等を母に訴え始めた。私にはこの時の母の姿がまるで駄々っ子のように見えていたので、如何にも諭す様な口調になると繰り返し訴え続けた。そして、それでも彼女が身じろぎ一つせずに沈黙した儘でいるので、そんな寡黙な彼女を見詰めている内に、私は突如として閃いた。
私は母に、それでは祖母のどんな所が気に入らないのかと尋ねてみた。祖母の短所を彼女から聞いて、それを祖母に直してもらえばよいのではないか、そうすれば母と祖母の関係が仲良くなり全ては万事上手く行くと考えたのだ。この考えはとても良い様に私には思えた。
「お母さん、お祖母ちゃんに気に入らない所が有るんでしょう。」
「それはどんな所なの?。」
この問いかけに、今迄ピクリとも動かなかった母の口から吐息が漏れた。固くなった彼女の体からふっと力が抜けた感じになった。母は脱力したのだ。そこで私はしてやったりとばかりにここぞと思うと、自分からその点を祖母に言って直してもらうからと進言した。そうすれば万事解決するでしょうと言うと、
「正直に私に話してみて。」
とにこやかに母の顔を見詰めて彼女を促した。そしてその場の雰囲気が打開されることを期待して彼女からの返事を待った。
『悪い所を直せば良い所だけが残るのだ、相手から嫌われる理由は無い、無くなるのだ!。』
自身の閃きを頭の中でもう1度確認してみて、これは何て素晴らしい考えなのだろうと私は思った。にこにこして母の顔を見詰める私に、母は不承不承、私の顔を見て言い淀んでいた。私はそんな母にさぁさぁと、思いやり深く声を掛けて彼女の返事を待った。すると母は私を見詰めたまま意外な答えを返してきた。
「私は別に、お義母さんが嫌いじゃないんだ。」
あの人が気に食わない訳では無いんだ。ぼそぼそとそんな事を言う。私は母の意外な返事に確かに少々驚いた。しかし、母に驚かされるのはこれが初めての私では無かったので、そんな事も有るのだろうと気持ちにはゆとりが持てていた。自分の見当が外れた時の気持ちの逃げ道が、もう心の片隅に用意出来ていたのだ。それで私はまたかという感じで酷く面食らうという事をしなかった。
そんな私を母は見て取ると、胸に一物風で続いて言った。
「私が気に食わないのはお前の方なんだよ。」
母は私から顔を背けると、私はお前が嫌いなんだ、と言った。正直な所を言うとそうなのだ、と言うのだった。
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