「ほらほらそれだ。お前さんのそんな所がいけないよ。」
ご主人はそう言うと、「また客を減らすつもりじゃないだろうね。」と付け足して注意した。
奥さんの方はこのご主人の言葉に非常に驚いた様子になった。えっ!という感じで、咄嗟に振り向いてご主人を見た。そして無言でまたこちらに向き直った。彼女は肩を落とし顔を曇らせていたが、次に困惑したようにご主人に言った。
「減らすって?、お前さん、それは一体如何言う意味だい?。」
今迄縮めていた首をぐっと上げると、彼女はその儘後ろに首を振り向け夫に挑むように彼を見詰めた。
「私が何時客を減らしたって言うんだい。」
「こうやってお前さんの目の前で、何時も身を粉にして働いているのを、お前さんも何時も見ているだろうに。」
そう言うと、彼女はこちらに向き直り、如何にも立腹したという様に口を尖らせた。そして自分の夫に聞こえよがしに
「お前さんの方こそ、お愛想が過ぎて向かいの奥さんから嫌われたくせに。」
と言った。これには今迄無言だったご主人が、「何だって?、今の言葉聞き捨てならないな。」、と返して来た。ここで如何やらこの夫婦は夫婦喧嘩を始めたらしい。
「智ちゃん、おばさん達これからちょいと仕事で忙しくなるからね。」
「また今度ね、また遊びにおいで。」
そうおばさんにバイバイをされて、私は瀬戸物屋の店先から追い出されるようにして往来に出て来た。
さて、これから何処へ行こうか。私が思い迷って道に佇んでいると、ドカン!バタン!。今し方出て来た背後の店の中から物音がする。『商品の荷物整理だな。箱を積み上げたり降ろしたりしているのだ。』おばさん仕事に忙しいんだなと私は思った。その後もどこへ行く当てもなく行き先が決まらない私は、家にだけはもう暫く帰らない方が良いとだけ考えると、家と反対の方向へ足を向けた。去って行く店の中から怒鳴り合う声が聞こえてきた。「大体お前は間が悪すぎるんだよ。」「言いたいこと言ってどこが悪い。」等、ご夫婦の仕事熱心が高じてお互いの意見を言い合っているのだ、何処も商売屋さんは同じだなと私は一人合点すると、時間を潰す為にやや普段よりものんびりとした足取りで、往来の側溝に沿って町並みを歩いて行った。
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